第52話 カイト渾身の土下座
「ほんっとうに、すいませんでしたッ!」
カイトはクリスティーナとウラリネに土下座した。額を泥だらけの地面にめり込ませ、ひたすら姿勢を低く構える。
自分が未熟なせいで、二人に迷惑をかけてしまった。せっかく本来の目的であるカジに出会えたのに、それを見逃す形になったのは、自分が身の程をわきまえず格上の戦闘に首を突っ込んだからである。
「予め言ったはずだ! 魔族は我々に任せろ、と!」
「はい! 仰る通りです!」
「下手したら、お前が死んでいたんだぞ!」
「はい! 申し訳ございません!」
クリスティーナの怒りは凄まじかった。ギルダに繋がる手がかりを逃し、仲間の命も危険に晒した。
仮面で表情は分からないが、その下で鬼のような剣幕をしていることは明らかだった。
「フフッ、カイトとイザベルティーナは似てますね」
「そ、そうですか?」
「ええ。危険を顧みずに突っ走るところが、彼女とそっくりです。ただし、それは短所なので真似しないように」
「は、はい……」
ウラリネは優しく微笑み、カイトの頭を撫でた。
しかし、笑顔も逆に恐い。クリスティーナのように感情を表へ出してくれた方が、周りが楽なこともある。カイトはさらに縮こまり、額を地面に着ける力が強くなった。
「ところで、あなたもあなたですよ、イザベルティーナ」
「へっ、私?」
「前に出すぎです。後衛の援護が届かない場所にまで移動されると困ります」
「そ、それはだな、仲間に危害が及ばないように――」
「あなたの命はどうなってもいいのですか?」
「む、無論、仲間を救うために死ねるなら本望だ!」
クリスティーナは仁王立ちし、その大きな胸を張って見せた。まるで自分には非がないことを体現しているかのように。
「はぁ……」
そんな王女の態度に、ウラリネは額に手を当てながらため息を吐いた。
本当に、この女性は自分が王女であることを自覚しているのだろうか。クリスティーナが命を落とせば、王国は大混乱に陥る。
王女を守れなかった責任は勇傑騎士のウラリネにも押しかかってくるだろうし、魔族も大きな反撃の機会を得ることになるだろう。
もちろん、王女という立場の人間が戦闘に出ること自体おかしいのだが、彼女自身そう感じてはいない。
彼女は自分の立場を忘れるほどに、ギルダへの復讐にのめり込んでいる。ギフテッドとして訓練所で過ごした仲間の仇を討つため、その生涯を捧げるつもりなのだ。
前回の戦争でギルダを討ち、彼女の復讐は果たされたはずだったのに……。
それに加え、このままギルダの生存が世に明らかになれば、王女という立場から失脚する可能性が高く、弟のジュリウスもそれを理由に「虚偽の報告をした重罪人」として彼女を投獄するかもしれない。
「あなたも人が変わりましたね……」
「そんなことより、早く街に戻るぞ。この少女を、早く安静な場所に連れて行かなければ」
クリスティーナは早々に話題を切り上げ、街に向かって歩き始めた。それに率いられるように、他の面々も彼女を追っていく。
王女はまるで自分の話に聞く耳を持たない。ウラリネは今の状況に不安を抱えていた。このまま突き進んでしまうと、何か大変なことが起きるのではないか、と。
「少し気になったのですが――」
歩きながら、ウラリネは先程の戦闘で感じたことを呟いた。
「私には、カジが襲撃してきたようには見えませんでした。この少女を見て、何か動揺していたような……」
カジと遭遇した瞬間、彼の視線は確実にロベルトの抱える少女へと向いていた。
目を見開き、敵との遭遇以上に驚いていたようにも見える。
「それは、彼女へ止めを刺そうと思ったのに、突然横からアタシたちが救援に駆け付けたから驚いたんじゃないの?」
「……そうですね。そう考えるのが、一番妥当かもしれません」
アリサの意見に、ウラリネは頷いた。
少女も意識を失う直前、カジの名前を呟いている。きっと自分たちに迫る危険を知らせようとしたのだろう。
あの崖の近くには、上から降りられそうな段差もある。きっと、敵はそこを下ってきた。
「なあ、どうしてカジは俺を殺さなかったと思う?」
ふと、今度はカイトが疑問を口に出した。
「あのとき、ヤツは俺の首を折って捨てることもできたはずなのに、それをしなかった」
「そう言われると不思議ですね。ここでカイトさんを生かしておくメリットってあるんでしょうか?」
そこにいた全員が首を傾げた。
カイトを含め、当時は誰もが彼の死を覚悟していた。カジの腕力をもってすれば、簡単にねじ折ることができたはず。
あの行動には何か深い意味があったのではないか、とも思ったが、全く予想ができない。
「さぁ、アタシたちの怒りを本気で買うことを恐れたんじゃないの?」
「えぇ……今更かよ?」
「カイトさんが無事なだけ良かったじゃないですか。襲われていた女性も助けられましたし、ここは生還を喜びましょうよ」
きっとカジは緊張で冷静さを失って、判断ミスでもしたのだろう。各々、そうやって自分を納得させた。
* * *
その頃、カジは自分のキャンプに帰還していた。
誰もいない、不気味なほど静かな空間。焚き火の炎は消え、シェナミィが作っていた料理は冷め始めている。
「何があったんだよ、シェナミィ……」
苔の生えた石畳には、微かに血液が付着していた。カジはそこに落ちていた彼女の冒険者用ドッグタグを拾い上げ、じっくりと見つめる。
彼女が襲撃されたのは明らかだ。
まさか、ギルダだろうか。
しかし、キャンプの中に彼の姿はなく、あの魔剣の気配もしない。
「まさか、あの王女が……?」
俺とシェナミィの関係を察知した王女が、冒険者を雇って彼女を捕縛しに現れた――という可能性も考えられる。シェナミィのように、王国民が魔族と手を組む行為は、国家反逆罪として受け止められても仕方ない。
謎が謎を呼ぶ、今回の騒動。
様々な疑念が人々の中に渦巻いていた。
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