第51話 再び邂逅する冒険者たち

 ギルダがシェナミィを襲撃したのと同時刻。


 小鬼討伐からの帰還中、王女クリスティーナと冒険者カイトたちは崖から落ちる人影を目撃していた。


「な、おい! あれ!」


 急いで近づいてみると、崖下の道端に一人の少女が横たわっていた。彼女の顔と服は赤黒く汚れており、穏やかではない。

 カイトたちは一斉に彼女へ駆け寄り、囲んで様子を確認する。少女は呼吸していたが、浅く途切れ途切れ。すぐに救命措置を施さなければ危険なのは誰の目にも明らかだった。


「この崖の上から転がり落ちてきたみたいだ……」

「酷い怪我をしてる! プラリム、早く治癒魔術を!」

「はい!」


 傷の状態を確認するために衣服を剥ごうとしたところ、すでに大きな切れ目があった。そこから服を広げると、腹に細長い傷と刺されたような小さい傷を確認できる。

 それは間違いなく何者かに斬られた傷だった。その異様な光景に、一同の表情がさらに強張る。


「おい、斬られた傷もあるぞ」

「まさか、誰かに襲われて、逃げるために崖から落ちてきたんじゃ……」

「気を付けろ。まだ彼女への追っ手が近くにいるかもしれないからな」


 クリスティーナは剣を抜き、姿勢を崩さぬまま周囲の様子を窺う。

 遠くで鳥がギャアギャアと騒がしい。何かに怯えているのだろうか。


 そのとき――。


「カ、カジぃ……」


 プラリムの治療を受ける少女が意識を失う寸前、ポツリと呟いた。

 カジ――まさか、この少女を襲った犯人の魔族だろうか。

 ヤツが近くにいる。クリスティーナの緊張はより一層高まり、剣を握る力が強くなった。


 一方、プラリムによる治療を見守っていたロベルトは、少女の顔色を覗っているとき、に気付いた。


「やはり、この人は――」

「どうした、ロベルト?」

「この女性とは、以前にも街で会った」


 ロベルトはシェナミィと街でぶつかったときのことを思い出した。背の低い、眼帯をした少女。

 尻餅をついた彼女に手を差し伸べようとしたら、顔を真っ青にして逃げられた記憶がある。何か恐がらせるようなことをしてしまったのかと心配していた。


 あのときの少女が、こんな場所にいる。

 これも不思議な縁だろうか。


 ぼんやりと少女の顔を眺めている間に、プラリムによる応急処置は終わりに近づいていた。傷口は塞がれ、出血は止まっている。骨折していると思われる箇所には添え木をして、動かぬよう固定。これでしばらくは大丈夫だろう。


「応急処置、終わりました」

「とりあえず、組合の治療施設に連れて行かないと……」


 ロベルトがぐったりとするシェナミィを抱え上げると、一同は街に向かって再び移動を始めた。


 自分が初めて一目惚れした女性と、まさかこんな形で彼女と再会するなんて。

 ただならぬ状況ではあるが、ロベルトは彼女の顔に魅入っていた。彼女を必ず無事に街まで届けることを胸に誓う。


 そのとき、彼らの前に黒いコートを着た男がぬらりと現れた。

 魔族の特徴的な赤い瞳。

 見回りに出ていたカジである。


「お前は――」

「お前らは――」


 カジの視界に映ったのは、血だらけのシェナミィを抱える大男。

 自分たちのキャンプで料理を作っているはずの彼女が、なぜこんな場所で、しかも傷だらけで、冒険者たちに囲まれているのだろうか。

 シェナミィの姿に、カジは動揺した。息を呑み、一瞬心臓が高鳴る。


「シェナミィ、その傷は――」

「見つけたぞッ! カジィィ!」


 カジが尋ね終える前に、剣を構えていたクリスティーナが走り出していた。青く輝く長剣が、カジの胸元へ接近する。


 その声と機敏な動きから、カジは察知した。

 この仮面を着けている女の正体は、前にも会ったあの非常識な王女だ、と。


「チッ、お前までいるのか!」

「今度こそ、貴様を倒すッ!」


 次々と繰り出される剣を、カジは身を翻して回避する。一撃は空を切り、クリスティーナは怯むことなく懐へ飛び込んできた。


「私も加勢します!」

「俺も! こいつには借りがあるんで!」


 クリスティーナの背後から、弓兵ウラリネと剣士カイトも武器を構えて参戦する。

 ウラリネは木陰に身を隠しながら次々と矢を飛ばし、カイトもクリスティーナとは別の角度からカジへ斬りかかった。自分のすぐ横を矢が通り抜け、剣が間髪容れずに振るわれる。


「クソッ! 鬱陶しい!」


 自分はシェナミィの身に何が起きたのか知りたいだけなのに、なぜこんな猛攻を受けているのだろうか。


 今はカジにとって圧倒的に不利な状況だった。王国最強の騎士と言われるクリスティーナを中心に、補助役が二人も同時に攻撃してくる。


「カイト! お前は下がっていてくれ! これは私たちの戦いなのだ!」

「で、でも! 俺だってこいつに悔しい目に遭わされたんだ!」


 王女と青年剣士が何やら言い合っている。


 このとき、カジは彼らに付け入る隙を見出した気がした。

 よくよく観察すれば、男性剣士の動きは太刀筋はしっかりしているものの、体全体の動きは素人くさく、まだまだ修行途中のような印象がある。

 反撃を仕掛けるならば、この中で一番弱いヤツを狙うしかない。


 カジは一瞬の隙を突いて、カイトの剣を天高く蹴飛ばした。


「ああっ……!」

「ここまでだ」


 カジは丸腰になった剣士の腕を掴み寄せると、そのまま首を腕で拘束した。

 突然カジとの間にカイトが挟まれ、王女たちの剣と矢が止まる。


「それ以上俺に近づいたら、この小僧の首をへし折る」

「カイト……! このッ、卑怯な……!」

「全員、そこから一歩も動くな」


 カイトを盾としたまま、カジはクリスティーナたちと距離を取っていく。

 もうすぐ、彼らから十分逃げられる距離に達しようとしていた。


 今、自分が生殺与奪の権限を握っているこの男の命はどうしてやろうか。彼には特に生かしてやる義理もないし、首の骨を折ってその辺に捨てることも簡単だ。


 しかし、そうしようとすると、シェナミィの顔が脳裏にちらつく。

 この剣士も、かつて彼女の介入に救われた男。ここで命を奪ってしまえば、彼女と出会った意味や一緒に過ごした日々が失われてしまう気がした。


「お、俺を殺すのか……?」

「いいや……運が良かったな、小僧がッ!」


 カジはカイトを解放した瞬間、彼の尻を蹴った。カイトは地面の泥の中へ突っ込み、うつ伏せに倒れ込んだ。

 それと同時に、カジは近くの木陰に飛び込む。あの王女がここにいる以上、下手に戦えばこちらが斬られてしまう。シェナミィのことは気になるが、逃げないと危険なのは確かだった。


「ああっ! カイトさん!」

「待て! カジ!」


 カイトに駆け寄る仲間たち。泥から引きずり出され、彼はようやく新鮮な空気を吸った。


 一方、カジは森の中へ完全に消え、最早クリスティーナたちに追跡は不可能だった。

 せっかく最重要人物と遭遇できたのに、これまでの苦労が水の泡だ。苛々する。

 クリスティーナは彼の逃げていった方角を睨みながら、近くにあった木を殴った。


「やってくれたな! カジ!」


 魔族に対する怒りを露にするクリスティーナに、他のメンバーは息を呑んだ。

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