第49話 料理のリクエスト募集中

「おかえりぃ、カジ」

「ただいま」


 ギルダとマクスウェルによる一連の騒動を黙視し、どうにか無事にカジは自分のキャンプ地へ戻ってきた。

 朝から小鬼のコロニーを殲滅したり、リアカーを引っ張ったり、奇妙な化け物と会ったり、師匠と同期の喧嘩に巻き込まれそうになったり、体力的にも精神的にも疲労が溜まっている。

 少し休憩をとってから、夕食を作ろう。カジはふらふらと、夕焼けに赤く色づけされたキャンプ内を歩いていた。


 すると、ハンモックで横たわっていたシェナミィは突然起き上がり、カジの前に立ち塞がる。ニコニコと笑みを浮かべ、嬉しそうな雰囲気が伝わってきた。自分がキャンプを離れている間に、何かあっただろうか。


「カジ、何か食べたい物ない? 作ってあげるよ。リクエストカモーン!」

「急にどうしたんだ? いつも料理は俺に任せるくせに」

「た、たまには私が作ってあげてもいいかな、って思っただけだよ!」


 カジに優しくしてあげたい。


 先程マクスウェルと話してから、シェナミィはそんなことを思っていた。まずは小さなことからでもいい。少しはカジの要望を聞いてあげて、心の奥に隠された本心を表へ出してあげたい。カジのことをもっと知りたい。


「それじゃあ、何が食べたい?」

「別に、何でもいいが……そうだ、お前の食べたい物でも作ったらどうだ?」

「そういうの、一番困るんだよね! 私はカジの食べたいものを聞いているのに! 他人の厚意を無下にするのは良くないと思います!」

「な、何を怒ってるんだ、お前は……」


 シェナミィはカジの前に仁王立ちし、眉間にしわを寄せて睨んでくる。

 夕食の献立を決めるだけなのに、彼女は何をこんなに真剣になっているのだろうか。カジの頬が引きつる。


「もっと、心の内に隠している自分をドーンと曝け出すのです。デトックスデトックス……」

「何だよ。新手の宗教か?」

「欲望のままに自分の好きな食べ物を打ち明けるのです。今ならどんな食べ物を挙げても、偉大なる主様が許してくださるでしょう……」

「はぁ?」

「たまには我が儘を言っても良いのよ? 自分の好きなことやってスカッとしないと」


 シェナミィは自分の腕を大きく広げ、カジに向かって歳に似合わず豊満な胸を張った。


 今日、ギルダにも同じことを言われたな。


 カジは昼の出来事を思い出した。

 自分はそんなに禁欲的だろうか。カジは首を傾げ、近くにあった石段に座り込んだ。

 自分のことは、自分ではなかなか気付かないものだ。


 ふと「以前バーで注文したタワークラッシュフルーツパフェを食べたい」とも思ったが、今ここに必要な食材はないため、そんなこと言ってもどうにもできないだろう。


「ま、どうしても思い浮かばないなら、勝手にメニューを決めちゃうけど。どうせお腹は減るからね、迷ってる時間がもったいないし」

「何なんだよ、結局……」


 シェナミィは踵を返し、台所へスキップで跳ねていく。

 結局、食欲が優先された、ということだろうか。即席の炎魔法陣で火を起こし、保存してあった素材をナイフで切り始めた。夕食はいつもの肉鍋と山菜の炒め物になるのだろうか。美味しいから、特に問題はないのだが。


 そのとき――。


「カジにはさ、好きな異性とかいるの?」


 シェナミィは鍋に具材を詰めながら、そんなことを尋ねてきた。

 カジは恋愛事に疎く、これまで男女交際などしたことがない。急にそんなことを聞かれてもピンと来ない。


「ねぇ、カジは私のこと、どう思ってる?」

「どうって……?」

「こんな一緒に過ごしているんだから、さすがに何かあるでしょ」

「何かって……?」

「例えば、もっとこうしてほしいとか、普段は言えないけど本当はこう思ってるよ、とか」

「何でそれをこのタイミングで言わなきゃならないんだよ」

「ああっ、ほら出た。面倒くさい理由をつけて、そうやって思ってることを隠そうとするんだから」


 シェナミィは立ち上がると振り返り、カジの顔を見上げた。

 彼女と彼の間には、かなりの身長差がある。彼女の大きく澄んだ瞳が、胸の内を覗き込もうとしていた。


「私はさ、カジのこと好きだよ。優しい人だと思うし」

「そ、そうか……」

「だから、もっと信頼できる関係になりたいなぁ、って」


 シェナミィはカジの手を握り、その温かさを確かめるかのように頬へ擦り付ける。


「だからさ、隠していることがあったら、何でも話してくれていいんだよ?」


 シェナミィに隠していること。

 真っ先に思い浮かぶのは、彼女には相談せずにギルダと共にクリスティーナの殺害計画を進めていることだった。きっと、シェナミィはそんなことを認めてはくれない。

 それと、彼女の父親に関する機密事項もある。もし彼女がそれを知ったら、今あるこの関係は確実に崩壊してしまうだろう。


 シェナミィは自分を信頼しようとしているのに、どうして自分はそれを裏切るようなことばかりしているのだろうか。


 彼女は人間族で、赤の他人に過ぎない。冷静に考えれば彼女の期待に沿う必要なんてないのだが、彼女の悲しむ姿を想像する度に胸が締め付けられるような気分になる。理屈では分かっていても、それを越える何かが今の関係に留まらせようとする。


 今まで多くの騎士を殺してきた自分だったが、心のどこかで王女殺害を拒んでいた。

 もし作戦が成功してしまったら、シェナミィとの関係はどうなるのだろうか。やはり「私を裏切った」と彼女から後ろ指をさされるのだろう。


 シェナミィは自分を求めているから、それに応じたいのかもしれない。

 自分は何て弱い存在だ。求められると、寄り添いたくなってしまうなんて。


 もしかしたら、彼女との決別は近いのかもしれないな。

 そんな予感が、カジの頭を過った。


「いや、俺から話すようなことは何もない」


 どうせ近いうちに酷い形で別れてしまうくらいなら、あまり仲を深める必要もないだろう。その方が互いに引きずることが少なくていい。

 最初から彼女とは住む世界が違い過ぎたのだ。


 カジはシェナミィの肩を掴んでゆっくり離すと、キャンプ地の外に向かって歩き出した。


「カジ、どこに行くの?」

「いつもの見回りだ。すぐ戻る」


 急にシェナミィと同じ場所にいることが窮屈に感じた。こんなにも彼女は自分と一緒にいたがっているのに、辛い仕打ちを与えるかもしれないなんて。胸に絡まる罪悪感から早く逃げたかった。


「料理、作ってくれるんだろ?」

「うん!」

「せいぜい頑張れよ。あまり期待しないでおくからさ」

「絶対に美味しい料理作ってやるんだから、覚悟してよね!」


 シェナミィはカジの本心など知らぬまま、シェナミィは再び焚き火の前に戻った。

 美味しい料理を作って、カジを喜ばせたい。そんな熱意を胸に、味付けに取り掛かる。


「うん、味付けはこれでいいかな」


 この後、惨劇が起きることも知らずに。

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