第47話 お前はよく分からない
小鬼のコロニーから強奪した女性たちを謎の化け物に渡した後の出来事。
カジとギルダは踵を返し、深い森の中をやや早足で歩いていた。ギルダの背中が、どこか遠く感じる。昔、一緒に戦ってきた仲間だったが、あんなわけの分からない巨大な亜人種と親しげに話す姿を見ると、まだまだ知らないことが沢山あるような気がしてしまう。
「おい……」
「んあ?」
「さっきの化け物は何だ?」
あれは、カジも初めて見るモンスターだった。
おそらく亜人種の仲間だろうが、
「アイツはダイロン。俺が名付けた」
「何て名前の種族だ?」
「さあ、俺もよく分からんが亜人種だろ」
「お前、あの化け物とどういう関係だ?」
「見世物市で売られていた変な猿みたいなモンスターを買って育てたら、あんな風になったんだよ」
「お前が……育てた?」
少し意外だった。
まさかあの残虐非道なギルダが、モンスターを育てていたなんて。
「昔はあんなに小さかったのによぉ、いつの間にか俺よりもでかくなっちまった。いやぁ、感動だよなぁ」
ギルダは相手が民間人だろうと容赦なく斬り捨てるくせに、謎のモンスターを買って飼育したり、山賊や海賊を集めて酒を飲んだり、愛情を向けるベクトルがよく分からない。
よく分からないから、恐い。
本当に気まぐれで、ギルダと付き合うのには苦労する。だからこそ、彼は件の戦争で王国に大きなダメージを与えられたのかもしれない。動きや思考が読めず、王国騎士は彼による虐殺を許してしまった。
「アイツには同じ種族の仲間がいないせいか、性欲が滅茶苦茶強くてな。必死になって手当たり次第人間の雌を犯し続けているのさ」
「一人ぼっちの亜人種……か」
「ま、産まれてくるガキは皆奇形で、すぐに死んじまうんだけどな。その理由は俺もよく知らん」
先程の洞窟に放置されていた大量の猿のようなモンスターの死骸は、ダイロンの子どもなのだろう。あの手入れされていない様子からして、生まれてくる子どもに愛情や執着を持っているわけではなさそうだ。
人間族の雌を犯し、孕ませられれば、そこでヤツの子育ては終了する。とにかく多くの女性を孕ませたいという欲望が、あの地獄のような光景を生み出したのだろう。
「……お前の仲間には変なヤツが多いな」
「お前だけには言われたくねぇよ。あのオカッパの小僧に、ミーハー小娘に、孫の世話焼きジジイだろ? 俺から言わせりゃ、あんなヤツらとつるんでいる方がストレス溜まりそうだがな」
おそらくラフィル、アルティナ、マクスウェルのことを指しているのだろう。
ここは、ギルダの言うことにも一理ある。ラフィルはカジに尽くそうとして暴走するし、アルティナは世間知らずな高飛車乙女だし、マクスウェルも孫第一主義で無理難題を押し付けてくる。
「たまには、好きなことやってスカッとした方がいいんじゃねぇのか? 気に入った女を犯すなり、気に入らないヤツをぶちのめすなりしてな」
「気が向いたらやる」
「いつ気が向くんだよ」
「それは分からん」
「へっ、そんなことだから、いつまでも童貞なんだよ」
「……うるさい」
「一度、あのミーハー娘をお前のデカいイチモツでグチャグチャに犯してやったらきっと面白いぞ。あのジジイも大激怒だ。ハッハハ!」
そのとき、通り過ぎようとした木の陰から、ぬらりと何者かが現れ、進行方向を塞いだ。
白髪の年老いた男。杖をつき、落ち葉の上を音も立てずに歩く。
カジの師匠、マクスウェルだ。
突然の師匠登場に、カジの背筋は凍りついた。
確実に今の会話は聞かれてしまったはずだ。マクスウェルの表情は異様に冷静を装っていたが、その瞳の奥は憤怒に満ちていた。カジの心臓はバクバクと鳴り、手が震える。
「久し振りだな、ギルダ」
「よぅ、ジジイ。まだくたばらずに孫の世話なんかしてるのか」
ヘラヘラ笑うギルダに、マクスウェルの眉間がピクリと動く。
元上司に何て態度をとるんだ、ギルダ。
正直、この二人を見ていられなかった。いつ戦闘が始まるか分からない圧倒的なプレッシャーがカジにひしひしと迫り来る。
今すぐこの場から逃げ出したい。
しかし、無言の圧力がそこに留まらせる。二人の影が自分の足をがっちり掴んでいるような気がした。「お前はどちらの味方につくのか?」と間接的に問われている。
「そんでぇ、俺に何の用だよジジイ」
「お前、儂に断りも入れず勝手にアルティナを戦場に出させたな?」
「さぁ……何の話だ?」
「惚けるな。アルティナの能力を使わずに、あの砦に潜入できるわけがない」
砦――おそらく先日ギルダが陥落させたという国境付近の基地のことだろう。
あの周辺には侵入者探知用の結界が厳重に張られ、気付かれずに潜入するのは不可能と言われていた。
しかし、ギルダはそれを簡単にやってのけ、駐在中だった勇傑騎士を全員殺害し、砦の兵器を丸ごと入手している。
砦の陥落には、アルティナが何らかの形で現場で関わっていた、ということなのだろうか。
「あの、師匠……話が見えないのですが」
「カジ、貴様は黙っていろ!」
「は、はい! 申し訳ありません!」
凄まじい剣幕で怒鳴られてしまった。
カジは一歩後退すると、頭を深く下げる。
所詮、自分の立場なんてこんなものだ。師匠には頭が上がらないし、ギルダとは敵対しないように神経を尖らせている。
「だったら、何だ?」
「儂の可愛いアルティナを、妙なことに使うな」
「今は上司でもねぇくせに、俺に指図すんじゃねぇ……」
「それと、先程のアルティナを
気が付けば、ギルダは腰の鞘から、マクスウェルは仕込み杖から、二人とも剣を抜いていた。
刀を互いに構え、間合いを調整しながら、相手の集中が途切れる一瞬を狙う。
カジは「やめてくれよ」と願っていたが、今さら斬り合いを止められるような状況ではない。
二人の目は殺意で赤く光り、完全に頭へ血が昇っていた。
「っらぁ!」
先に動いたのはギルダだった。
渾身の力を溜めた一撃は、マクスウェルごと後ろにあった巨木の幹をバッサリと切り裂いた。木は轟音を立てて地面に倒れていく。
だが、そこにマクスウェルの姿はなかった。彼の纏っていた外套だけが真っ二つの状態でそこに落ちる。外套を身代わりに、姿を隠したのだ。
倒れゆく巨木の葉がパラパラと落ちる。それがギルダの視界を塞ぐ中、木葉の霧の中から飛び出したマクスウェルはギルダに突きを繰り出した。
「チッ、そこかッ!」
しかし、マクスウェルの刃はギルダの衣服を裂いたものの、肌にまで届くことはなかった。反射的に刀で仕込杖を弾き、カウンターとして刃を振るう。
その一撃を、マクスウェルは外套の下に仕込んでいた高出力結界発生装置付きの篭手で防いだつもりだった。
しかし――。
「結界ごと斬った……!」
矢や魔術すらも防ぐ結界が、簡単に破られた。力任せの剣だが、刀の切れ味といい、腕力といい、一撃が強すぎる。威力の軽減はできたものの、マクスウェルの腕には深い傷を作っていた。
ボタボタ垂れる血液。篭手がポロリと落ち、袖が真っ赤に濡れている。
「ここまでか……!」
マクスウェルは木の陰に身を隠し、そのまま気配を消した。どこかへ逃げたのだろう。
ギルダは彼を深追いすることもなく、血を拭った刀を鞘に戻す。
「分かったかジジイ! 今はもうテメエの時代じゃねえんだよバーカ!」
静かになった森で、ギルダは大きく吠えた。
その様子を、カジは背後で呆然と見ているしかなかった。
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