第46話 小鬼猛王の証言によると
「何だ、これは……!」
ようやく辿り着いた小鬼たちのコロニーは死体だらけで、大量の血だまりができていた。
屍喰鳥や蝿が集まり、鳴き声や羽音が喧しい。
「うっ……酷い臭いだ」
「
強い衝撃で体型が変形した者。
何か刃物で体をバッサリと切断された者。
そんな死体が多く、周辺の森から巣穴らしき洞窟の奥まで骸の山脈と血痕の海が続いていた。
古びた槍に団子状にして突き刺された小鬼の幼生たち。
死後、ナイフで腹に侮辱的な言葉を刻まれた亡骸。
「これは――」
そんな状況に、クリスティーナの脳内で過去の記憶がフラッシュバックする。
剣術を習うために訪れていた訓練所。惨殺されていた師匠と弟子たち。死体に放たれる炎。自分の悲鳴だけが聞こえる。
その景色の中央で、楽しそうに笑う魔族。手には刀を握り、大好きだったあの人の死体に何度も何度も刃を突き立てる。
そんな回想から戻ると、いつの間にか自分はウラリネに体を後方から支えられていた。
「大丈夫ですか、イザベルティーナ。顔色が優れませんよ?」
「少し、昔を思い出しただけだ」
気を取り直し、巣穴の調査に戻る。ふらふらとした足取りで、さらに洞窟の奥へ潜っていった。
「他に組合から
「いいや。受けたのは俺たちだけのはずだ」
「じゃあ、誰が何のために小鬼をこんなに殺すんだよ?」
ようやく辿り着いた洞窟の最深部。
しかし、そこにいるはずの囚われた女性たちがいない。切られた縄や壊された拘束具などが転がっているが、彼女たちの行方は分からなかった。
「こいつらに連れ去られた女性たちは?」
「いや、見つからない。どこかに移動したか」
そのとき、クリスティーナは「ヒュウヒュウ」という微かな呼吸音を感じた。
その方向へ振り返ると、そこには全身が血だらけの小鬼が虫の息で岩に寄り掛かっていた。
「こいつ、まだ生きている……」
「体の大きさからして、
それは、
腹や胸に太い杭が打ち付けられ、手足が片方ずつ切り落とされている。
しのぎを削るような戦闘ではなく、一方的に痛め付けられたような傷だ。
「お前、この群れのボスか? 人間の言葉は分かるな?」
「ぼ、冒険者共か……」
「言え。ここで何があった?」
クリスティーナは刃を先端を猛王の喉元に当てながら尋問を続ける。
猛王は薄く開いた目で、彼女の真っ直ぐな瞳を眩しそうに見つめていた。
「魔族だ……二人の魔族が、我々を……襲撃し」
「たった二人で、こんなに被害が?」
「我々は、為す術なく殺られ……女共が連れ去られた」
「相手はどんなヤツだった?」
「刀の魔族と、拳の魔族……オゲエエエエッ!」
突然、猛王は大量の血液を吹き出し、それから何も喋らなくなった。
おそらく胃の中に溢れた血液が溜まっていたのだろう。それを抑え切れなくなり、気道に入って窒息死した。
「死んだか」
それを見届けたクリスティーナは、ゆっくりと剣を鞘におさめた。
これでコロニーの小鬼は全滅した。二度と再起することはないだろう。
この惨状を作り出したのは、たった二人の魔族。
刀の魔族と、拳の魔族――おそらく、ギルダとカジのことではないだろうか。
「イザベルティーナさん、どうかしましたか?」
「いや……思っていたよりも事態は深刻らしくてな」
魔族の中でも最強と言われる二人が、今は手を組んでいる。
その目的は、王女である自分を倒すことである可能性が高い。
問題は、何のために小鬼のコロニーを壊滅させ、女性を連れていったのか。
「これ、組合に報告した方がいいよな?」
「ま、これで亜人種が減ったんだから、周辺の被害も減ってくれるといいけど」
「でも、肝心の女性たちがいなかったんだから、依頼としては失敗じゃないのか?」
「とりあえず、小鬼が死んでいた証拠だけは集めないと……」
カイトたちは小鬼が死んでいた証拠として、彼らの右耳を切り落としていた。これを組合に提示することで、報酬が発生するらしい。
今回、カジと遭遇もしなかったし、小鬼とも戦闘を繰り広げることはなかった。
しかし、大きな波乱が起きるカウントダウンは、着々と進んでいる。
クリスティーナの胸には、きつく締め付けるような不安がぐるぐると渦巻いていた。
* * *
クリスティーナが小鬼の巣穴を訪れていたのと同時刻、カジとギルダもとある洞窟を訪れていた。
天井から岩盤を浸透してきた水が、ポタポタとカジの頭を濡らす。その洞窟には、どうも異様な気配が奥から漂っていた。
「ったく、俺は荷物持ち係かよ」
「お前の馬鹿力の見せ所じゃねえか。ヘヘッ」
カジの引いているリアカーの車輪が、小石とぶつかってパラパラと音を立てる。
その荷台の中では、先程の小鬼たちに捕らえられていた女性たちが手足を拘束された状態で身を寄せ合っていた。洞窟の冷気が全裸の彼女たちの肌を刺し、二人の屈強な魔族の視線が全身の筋肉を硬直させ逃亡を許さない。
「それで、こんな場所に女を連れ出してどうするつもりだ?」
「ここに、仲間に加えたいヤツがいるんだよ」
やがて洞窟の内部は開け、広い空間が現れる。
その中央には大きく盛り上がった岩がある――最初、カジはそんな風に思った。
しかし、よく見てみると、それは岩ではなかった。
花崗岩のような色をした肌が、微かに上下している。聞こえてくる荒い呼吸に、精液のような鼻をつまみたくなる悪臭。
まさか、これは生物なのか。
カジとギルダはそれの少し手前で立ち止まり、じっと頂点付近を見つめた。
「よぉ、久しぶりだな! ダイロン!」
「んあ……」
ギルダがそれに向かって声を上げると、ゆっくりとカジたちへ振り返った。
人間のような顔を持ち、水晶のような目玉がギルダの姿を捉えると、ニタァと気色の悪い笑みを浮かべる。
「あれ、ギルダじゃんか。お前、生きていたんだナァ……」
ゲップのような、低い声が返ってくる。
「お前もな。相変わらず精液臭い野郎だ」
「ゲヒヒッ……ギルダも相変わらず血の匂いばっかりするナァ」
その正体は、巨岩のような亜人種だった。
モンスターとの戦闘経験豊富なカジも、こんな化け物は初めて見る。小鬼や巨漢鬼よりも遥かに巨体で、丘のように筋肉が盛り上がっていた。
周囲の岩壁には、多くの若い女性が全裸状態で張り付けられていた。妊娠しているのか、彼女たちの腹は大きく膨れていて、ぐねぐねと動く。
彼女たちの足元には、体の歪んだ猿のようなモンスターの死骸が積み重ねられている。これも酷い異臭を発し、そこから先へ進むことを拒んでいた。
そんな光景に、カジは絶句する。
一体、ここは何なのか。
目の前にいる化け物は何なのか。
なぜ、こんな化け物とギルダは楽しそうに喋っているのか。
「また俺に手を貸せ、ダイロン」
「そんで、今回は褒美に何をくれるんダァ?」
「捕虜にした女は、お前に全員くれてやる」
そう言うと、ギルダはカジの引いてきたリアカーを蹴り飛ばす。乗せられていた女性たちは謎の化け物の前に転がり落ち、これから何が自分の身に起こるのかを想像し、恐怖に震えた。
「ほらよ。この女共は土産だ」
「ゲヒヒッ、美味そうな女ダァ……」
「好きに犯して構わん。前金として受け取ってくれ」
「やっタァ!」
化け物は女の一人を掴み上げると、その場ですぐに犯し始めた。
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