第6節 クリスティーナ

第45話 精神衛生上よくない依頼

 翌日、カイトの選んだ依頼は「小鬼ゴブリン退治」だった。

 女性冒険者などが拉致され、巣穴に監禁されているらしい。


 その巣穴があると思われる場所は、魔族領に近い森林の中。人間族も魔族も滅多に立ち入らない手付かずの地域であることから、群れの発展に障害がなく、相当大きなコロニーが形成されていることが予想される。


 今回はカジが襲撃してくる可能性高いルートを通過する。もしカジが現れなくても、囚われている女性たちを助けられるのだから、この依頼は決して無駄ではないはずだ。


 早速、街の門に集合すると、一同は目的地に向けて出発した。

 ウラリネは偵察として先に出発し、道に印を残しながら小鬼のコロニーを捜索する。


「亜人種……まあ、小鬼ゴブリンとか巨漢鬼トロルのことだな。アイツらに捕らえられた女性は犯されて、子どもを産まさせられる、みたいな話はよく聞くだろう」


 森林の中を歩く途中、クリスティーナは持っている知識を披露し始めた。

 カイトたちはそれに耳を傾ける。


「私が読んだ論文では、亜人種の精子は人間の精子よりも格段に濃くて、運動能力と速さも優れているらしい。子宮の中に潜り込んだ精子は一瞬にして卵子を見つけ出し、受精する」

「そんな精子が入ってくるなんて、あまり想像したくないですね……」

「さらに、受精できなかった精子は受精卵が着床するのを手助けする。これによって亜人種による強姦は、人間同士の性行為と比べて圧倒的に妊娠率が高い」

「出されたら最後……ってことですか」

「亜人種は絶倫で早漏だからな。中に入れられた瞬間に出される。挿入された瞬間こそ最後だ」

「ひぇ……」


 僧侶プラリムは犯される自分を想像し、顔が真っ青になる。


「辛いのは、子どもを産まされることだけじゃない。彼らから与えられる環境も、食事も劣悪極まりない。ヤツらや自分の汚物の悪臭が酷い場所に縛り付けられ、食事は血抜きも加熱もしてない獣肉や人肉ばかりだ。ある女性冒険者は、元々自分と一緒に依頼へ出掛けていたメンバーの内臓を食わされ――」

「ああ、もう止めましょう、この話は!」


 ずらずらと小鬼に関する知識を吐き出すクリスティーナに、アリサは怒声を浴びせた。


「暗いことを話して、これから戦う相手への恐怖心を煽るのは、精神衛生上よくないと思うんだけど!」

「だが、事実だ。特に、経験の浅い戦士は次々と彼らの餌食に――」

「小鬼の恐さは十分に分かったから!」


 再度アリサに怒り声を浴びせられ、ようやくクリスティーナも口を閉じる。

 悪い癖が出てしまった。自分の知識を共有しなければ、どこかで作戦に不備が出てしまうかもしれない。そんな恐怖からか、作戦に関わるなら些細な情報でも口に出してしまう。


「……すまないな。君たちは駆け出しの冒険者で、まだ若い。こんな場所で死ぬようなことがあっては、君たちの親族や友人が深く悲しむと思ってな。ついつい口煩く忠告してしまった」

「あなただって、まだ若い新人冒険者でしょうが」

「確かに君たちと年齢は近いがな、これでも私は勇傑騎……あっ、そうだった!」


 クリスティーナは「しまった」と言わんばかりに、両手で自分の口を塞いだ。

 うっかり、そういう設定でこの場にいることを忘れてしまった。

 どうにか話題を変え、カイトたちの意識を別の方向に向けさせなければ。


「な、何でもないんだ! 今の言葉は忘れてくれ!」

「そう言われると、逆に気になって受け流せないんだけど……」

「アリサの出身地はどこだ?」

「何なのよ、その唐突な話題転換は……」


 アリサは小さく溜息を吐き、顔を上に向ける。


「別に、出身地について話すことなんてないわよ」

「なぜ……」

「アタシの村、亜人種に滅ぼされたから、今はもう存在しないの」

「えっ……」


 暗い話題をうまく変えるつもりが、またしても暗い話題になってしまった。

 話題転換に失敗したクリスティーナは肩をすぼめ、パーティの隅で縮こまる。


「アタシね、いつか村を襲った亜人種を見つけ出して、いつか敵討ちするつもりなの。そのために冒険者になったんだから」

「そなたが冒険者になったのには、そんな理由が……」

「そいつ、小鬼や巨漢鬼とも違う巨大な亜人種でね、随分と珍しい種族みたいなの。目撃情報が少なくて、今はなかなか追う機会がないけどね」


 そう語るアリサの目は、好戦的にギラリと光っていた。

 そうか。自分とギルダの因縁のように、彼女にも倒したい相手がいるのだな、とクリスティーナはそんなことを思いながら彼女の横顔を見つめる。


 それからしばらく無言の時間が続いた。

 出身地の話題なら比較的簡単に雑談を長続きさせられるとウラリネから聞いていたのに、まさかこんなに辛い身の上話が出てくるなんて予想外だ。

 しかし、このまま空気を悪くしておくわけにもいかない。こんな雰囲気になったのは自分の責任だ。クリスティーナは脳をフル回転させてどうにか言葉を捻り出し、話題を終わらせようと試みる。


「すまない。辛いことを聞いたな」

「別に。こうやって情報を振り撒いていた方が、アイツに関する情報が返ってくる可能性もあるし」

「……私の方でも、情報を仕入れておこう」


 件の戦争でギルダが王国内で虐殺行為を繰り返していた時期、クリスティーナも「未知の亜人種が暴れている」という噂を耳にしたことがある。当時はギルダへの対応に手一杯で、そちらへの対策は疎かになっていたが。

 いつか王城へ帰還したら、資料庫から情報を引き出し彼女へ渡そう。王女様はそんなことを思った。


「ところで、もうすぐで小鬼共の巣に着くはずなのだが……何か妙だな」

「何か気になるのですか?」

「この周辺、全く小鬼の気配がしないのだ」

「言われてみると、確かに変ですね。見張り役とも遭遇しないなんて」

「森が異様に静かだ」


 大きなコロニーを持つ小鬼は、常に見張り役を周辺に立たせているはず。

 彼らのものと思われる足跡は見られるが、小鬼そのものは見当たらない。


 そのとき、森林の奥から偵察に出ていたウラリネが戻ってくる。


「イザベルティーナ! 小鬼のコロニーを、この先の方角に発見しました!」

「おおっ! でかしたぞ!」

「ですが……」


 ウラリネは言葉を詰まらせる。

 そこで目にした光景を、一体どう説明すればよいのか。


 ひんやりとした風に乗って、むせ返るほどの血の匂いが漂っていた。

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