第40話 勘違いの塊
「何だったんだ、あの女は……」
謎の金髪の女はシェナミィを連れ去り、キャンプ地に静寂が訪れる。
あの強さといい、あの面倒くさい性格といい、できれば二度と会いたくない相手だが、きっと彼女は再び戦場へ戻ってくることだろう。すでにカジには彼女への苦手意識が植え付けられていた。
あの金髪の女が洗濯場に落としていったアーマーを拾い上げる。女神を象った紋章が彫られており、それは己が勇傑騎士団であること示すものだった。
「ったく、ご丁寧に面倒なものを押し付けてきやがって……」
カジは左腕に絡み付く金色の鎖を眺めた。鎖が自分の力を抑え付け、今は指を動かすのがやっとの状態だ。
これを外すのは、かなり煩わしい。鎖に触れるとその部分も力を抑えられてしまうため、なるべく触れずに鎖を剥がす必要がある。
勇傑騎士団がこれを持ち出してきたということは、彼らは自分の捕縛を狙っているのだろうか。
カジは先程の女との会話を振り返り、何が起きたのかを整理する。
彼女はここを冒険者のキャンプと勘違いしていた。さらに、カジがキャンプを襲撃してきたと勘違いを重ね、シェナミィを守るため連れ去って逃げた。
もう話が滅茶苦茶だ。話が捩れていて、どこからどう処理すればいいのか分からない。
「何か、疲れたな……」
シェナミィを奪還する気力が湧いてこない。カジはその辺にあった瓦礫の上に座り込み、彼女たちの消えた方角を呆然と見つめていた。
まあ、あの正義感の強そうな女ならシェナミィを悪いようにはしないだろう。多分。
* * *
「ふう、危なかったな……どうやら追っては来ないようだ」
シェナミィを脇に抱えたクリスティーナは、森林の出口付近まで走っていた。もうすぐ街に辿り着いてしまう位置。徐々に地形が緩やかになり、陽樹も多くなってくる。開けた視界に刺してくる日光が眩しい。
シェナミィは未だ状況を完全に飲み込めずにいた。頭が混乱し、一言も発せずにいる。
「ご無事でしたか、クリスティーナ様!」
そのとき、馬に乗った騎士たちがこちらに走ってくる。
クリスティーナ。
「どこかで聞いた名前だ」とシェナミィは彼女の顔をもう一度確認する。艶やかな金髪に、鋭くも優しい瞳。色白で弾力のある肌。同性でも見とれてしまうほどに麗しい。
そして、シェナミィはついに思い出した。
「えええええええええ! クリスティーナ様って、あの王女様の!」
当然、シェナミィは驚いた。
王国の最高権力者が自分の目の前にいる。勇傑騎士団の団長だと聞いてはいたが、まさかモンスターだらけの森林にも現れるなんて。
「さ、街まで送り届けようぞ」
どこからともなく現れた白馬に、シェナミィを乗せ、その後ろへ跨がり、手綱を握る王女様。さらに国内の最強騎士団の護衛が付いている。
まるで、自分がお姫様みたいではないか。獣の返り血で変な匂いがするのはいただけないが、それ以外は誰もが憧れるシチュエーションだ。
シェナミィが動揺している間に、彼女たちは街に到着していた。石の門を潜り、中央通りを進んでいく。
「ここまで来れば、もう大丈夫だろう。先程のことを、冒険者組合に報告するといい」
シェナミィが降ろされた場所は、冒険者組合集会所の前。
別にあのまま眠っていても大丈夫だったのだが、ここは彼女の話に合わせないと面倒なことになりそうなのは明白だった。シェナミィは適当に相槌を打ち、話を流していく。
「相棒については、我々が責任をもって探しだし――」
「いえいえ大丈夫です! 先にこの街へ戻ったはずですから!」
シェナミィはさらに嘘を重ねる。
やはり相棒がカジであることには気付いていない。シェナミィは余計なことを口に出さぬよう、縮こまり、発言を最小限に留めた。
「何だ、そうなのか。安心したぞ」
「それじゃ、私はこれで……」
「ああ、それと、くれぐれも私がここにいることは内密にな」
「は、はい。承知しました……」
こうして、クリスティーナは再び白馬に跨がり、雑踏の中へ去っていった。
自分がカジと共闘をしていることはバレなかったらしい。そのことに安堵しつつも、シェナミィは周辺の景色を見渡す。
「はぁ……嫌だな。この街に戻ってきちゃった」
昨夜から波乱続きだ。カジ以外の魔族と戦って、王女に連れられて、街の中央まで来てしまった。
自分を強姦した男、マーカスと出会った冒険者組合の集会所。こんな場所、二度と行きたくないと思っていたのに。
肩同士がぶつかりそうな距離を、屈強そうな男性冒険者たちが通り過ぎていく。彼らの体格がマーカスを思い起こさせて焦燥感に駆られ、心臓がバクバク鳴っていた。
早く、この街を出なければ。
しかし、集会所の前を抜けようとしたとき、入口から出てきた男性冒険者に衝突してしまう。その巨体に弾き返され、シェナミィはストンと尻餅をついた。
「あぅ……」
「大丈夫か?」
自分に手を差し伸べる大男。巨大な盾を背負う冒険者だ。
「ご、ごめんなさい!」
シェナミィはあたふたと立ち上がり、行き先も決めぬまま全力疾走した。
やはり男性冒険者が恐い。またあんな目に遭うのではないかと、全身が彼のことを拒絶していた。冷や汗が流れ、思うように言葉が出てこない。
そんなシェナミィを、男は追いかけることもなく後方で眺めていた。
一体、あの娘は誰なのだろうか。
何か、彼女を恐がらせてしまったのだろうか。
「どうしたんだ、ロベルト?」
いつまでも集会所の玄関に立ち止まっている大男ロベルトに、彼とパーティを組むカイトは目の前で手を振ってみせた。
「実は、カイト殿……先程、冒険者らしき女性とぶつかってな」
「お前は図体がでかいんだから、足元に注意しろよ?」
「わ、分かっている」
ロベルトの顔は、少し赤くなっていた。
脳内で先程の出来事が何度もループする。視線が彼女の顔に釘付けとなり、他の女性が目に入らなくなる。何なのだろうか、この感覚は。
「この辺では見ない顔だったが、なかなかの美人でな」
「ロベルト、もしかして一目惚れかぁ?」
「うーむ……これが一目惚れなのか」
「……おいおい、マジなのかよ」
これが、冒険者ロベルトの片想いの始まりだった。
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