第41話 何て非常識な王

 その日の夕方。


「全く、何て非常識な王女だ!」


 シェナミィがカジの元に戻り、謎の金髪美女の正体を知った彼は激怒した。

 廃墟となった開拓拠点の石段にどっかりと座り込み、溜まっていた鬱憤を怒鳴り散らして発散する。


「あんな滅茶苦茶なヤツが王女だと! ふざけるのもいい加減にしろ! いつから俺の基地は冒険者用のキャンプになったんだ!」

「さ、さぁ……」


 シェナミィの膝はカクカク震え、視線が横に逸れている。嘘を吐いているのは明らかで、カジは彼女を鬼のように睨み付けた。


「まさかシェナミィ、何か知ってるんじゃないだろうな?」

「な、何のこと?」

「分かりやすく目が泳いでるぞ」

「そ、そうかなぁ……?」


 まあいい、とカジは気を取り直して小屋の修理に取り掛かる。

 何にせよ、あの王女は予想以上に厄介だ。やはり彼女に対抗するには、ギルダの協力が必要なのかもしれない。新しく小屋の屋根を作り直す手に、力が篭った。






     * * *


「全く、何て非常識な魔族なんだ!」


 その頃、街の宿屋でもクリスティーナが自室でベッドに腰かけ、部下の前で怒鳴り散らしていた。


「冒険者用のキャンプを占拠して、自分のものだと言い張っていたぞ!」

「そうですか……」

「しかも、寝込んでいる冒険者を襲おうとしてたんだ! 不埒な輩だと思うだろ?」

「そうですね……」


 クリスティーナは最愛の部下、ウラリネに同意を迫る。

 当然、王女のそれを無視できるはずもなく、彼女は愛想笑いを繰り返し、どうにか王女のご機嫌をなだめようとする。


「しかし、あの一撃を避けられたのは……」


 かつて前線で戦っていたとき、クリスティーナは多くの敵と対峙した経験がある。ギルダの部下を多数仕留めてきた自分の剣術を、あの魔族はあっさりと回避した。

 彼もまた本気を出していたわけではなさそうだが、腕の立つ相手であることは分かる。


「もし、ギルダの強さに匹敵する魔族がいるとしたら、それは誰だ?」

「それはもちろん、カジでしょう」

「カジ? あの『騎士殺し』と言われているヤツか」

「ギルダみたいに王国内まで頻繁に出てきていたわけではないので、知名度はギルダと比べて低いですけど、カジが陣取った場所を生きて通過できた人間はいないと言われてます」

「私の知らないところで、そんな魔族も暗躍していたんだな」


 かつての戦争で、クリスティーナはカジと対峙した記憶はない。互いに自陣に篭って防衛に専念していた者同士が出会うことなど、あまりないだろう。


「防衛に専念していた魔族ですね。かつての王女様みたいに……」

「もし、私が出遭った魔族がカジだとしたら、ヤツはどんな理由であそこに陣取っているのだと思う?」

「そうですね、データから少し面白いことが分かりましたよ」


 ウラリネは懐から手帳を取り出すと、これまで森で起きた魔族との遭遇事件の詳細を記したページを見せてきた。魔族に襲われた場所や時間など、当時の状況が表形式でまとめられている。


「これまでの記録を見る限りでは、ヤツは冒険者の前にしか姿を現していません。先に調査していたリミル隊が向かったときも、我々国家騎士団の前には現れませんでした」

「狙いは冒険者にある、と言いたいのか?」

「ここの冒険者組合には、魔族領でしか入手できない資源を集める依頼が多く集まるそうですから、それを妨害しているのではないか、と」

「そうか……」


 クリスティーナはパタリとベッドに倒れ込んだ。

 少し、自分の目標であるギルダから遠ざかった気がする。「魔族が出没した」という、ざっくりとした情報に踊らされてしまっただろうか。

 だとすると、本物のギルダはどこにいるのだろうか。

 いや、そもそも、本当にギルダは生きているのだろうか。

 自分がここまで来たことが無駄足だったように思えて、クリスティーナは頭を抱える。


 いや、しかし、あの難攻不落と言われていた砦が落とされ、周辺の農村も襲われてしまったのだから、ギルダ本人、もしくはそれに匹敵するほどの危険な魔族がカジとは別にいるはずだ。

 しかし、有力な手掛かりはなく、手詰まりの状態だった。


「もし、私がギルダならどこを狙うか……」


 砦に向かった部隊への補給物資や、さらに内陸の農村、この街も標的になり得る。考えれば考えるほど的外れな答えに行きつきそうで、クリスティーナは思考を停止した。


「ここは一旦、王城に戻りませんか、クリスティーナ様?」

「否、戻らぬ。私はこの事態の真相を突き止めるまで戦うつもりだ!」


 正直なところ、帰還したくない理由は他にもあった。

 彼女の美貌故に、貴族や他国の王族から縁談が次々と寄せられる。性格も知らない殿方と縁を結んで跡継ぎを残すことに、彼女は恐怖を感じていた。せめて戦場で自分の背中を預けられるような、頼りがいのある男性がいいのに。王族として生まれなければ、こんな境遇にも置かれなかったのだろうか、と庶民を羨む。

 それに、弟ジュリウスに政策の嫌味を言われるのも頭に来る。実際に戦場に立ってきたクリスティーナとは違い、彼は貴族とばかり遊んで平民の心が分かっていない。年貢を引き上げるなどと言い放ち、彼が主権を握れば国民の生活を圧迫させることは目に見えていた。


「とにかく、今の我々には情報が必要だ」

「しかし、すでに我々もあちこちに調査員を派遣していますが、有力な情報は未だ入って来ていません」

「ああ、どこかに情報は転がっていないのか……」


 クリスティーナはベッドの上をゴロゴロと転げ回り、枕に自分の顔を埋めた。事態解決の糸口が見えず、気分が悶々とする。

 そんな王女にウラリネは「あの」と小さく声を上げた。


「かなりリスクの高い方法なのですが……」

「言ってみろ」

「カジを尋問してみる、というのはどうでしょうか?」

「アイツを?」


 クリスティーナはベッドから身を乗り出し、ウラリネに顔を近づける。その美しく爛々とした瞳に、ウラリネは思わず目を逸らした。


「カジは魔族の中でも高位な戦士ですし、ギルダの居場所についても知っている可能性はあるかと……」

「なるほど、魔族のことは魔族に聞くのが一番早い……か」

「ですが、捕まえたところで簡単に話してくれるとも思えませんし、そもそも捕まえることすら難しい相手ですよ?」

「だが、あの森にいるのは確かなんだ」

「ま、まさか本当にやるつもりですか?」

「どうせ、他に情報はないんだろ? だったら、やるべきじゃないか!」


 クリスティーナの心は決まっていた。

 ギルダを倒すためなら、どんな可能性の低い手段だって実行する。件の戦でも、そうやってギルダを追い詰めてきた。

 もう一度カジと会うのは気が引けるが、虎穴に入らずんば虎子を得ず。彼女の目の奥はマグマのように熱い闘志に燃えていた。


「彼は冒険者を狙って襲撃しています。これを逆手に取って、冒険者を装うか、もしくは冒険者に同行して森林に入れば、カジと対峙できる確率が高まるかと……」

「よし! それでいこう!」


 こうして、クリスティーナ王女は冒険者組合に向かって宿屋を飛び出した。

 背後でウラシルが自分を呼び止めようとする声が聞こえたが、それを無視して街の中を突っ走った。

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