第5節 ラフィル
第36話 ついにラフィル出撃
カジとギルダが洞穴でクリスティーナ抹殺について会議を行っている頃、冒険者カイト一行は依頼のために森林へ出向いていた。
カイトが先頭に立ち、前方を光魔結晶で照らしながら歩いていく。
「すっかり遅くなっちまったな……」
「早く戻った方が良いですね」
魔族出没のために騎士団から森林へ無闇に立ち入らぬよう冒険者組合に向けて警告は出ていたが、やはり定期的にモンスターの駆除はしなければならない。森から溢れたモンスターが、近くの農場や街道で人を襲うからだ。
今回、モンスターの新たな巣を探すのに手間取り、依頼達成まで時間がかかってしまった。夕方までに街へ戻るはずが、今は完全に日が暮れている。
「こんな暗い場所で、また魔族と遭遇したくはないもんなぁ」
「あんなのと戦うのは、もう懲りごりですよ」
「やっぱり、まだアイツはこの森にいるのかな」
「今もこっちを見ていたりしてね」
「そういうの、恐いから止めてくださいよ」
そんな会話をしていると、近くに敵がいないか気になってくるものだ。
他の面々が冗談と笑い飛ばす中、人一倍臆病なプラリムだけはキョロキョロと周囲を見渡していた。腐りかけた倒木。大樹を覆う苔。大型モンスターの朽ちた骨。
そのとき、プラリムは何かと目が合った。
「ひゃっ!」
「どうした?」
「あそこに、目が!」
それは殺意の込められた視線をカイトたちに向けており、暗闇の中で瞳が真っ赤に光っていた。
カイトが光魔結晶で照らすと、岩の上に小さなシルエットが浮かび上がる。小柄な体型に、童顔。子供のような可愛らしい容姿でありながら、その手には巨大なハンマーが握られていた。
その正体は、カジの後輩であるラフィルだ。
ギルダに一晩だけカジの拠点を見回るよう頼まれ、その途中でカイト一行を発見したのである。
「まさか、魔族!」
「見つけたぞォ! 冒険者のクズ共ォォォォッ!」
冒険者といえば、魔族にとっては様々な事件を引き起こす厄介者でしかない。
今こそ、数々の同胞の恨みを晴らすとき。
仲間を奪われた過去が、ラフィルを目の前の冒険者たちへ突き動かす。
ラフィルの使う武器は、ハンマー。
剣や槍と比べて圧倒的な重量を持つ武器ではあるが、ラフィルの小さな体躯からは想像できない圧倒的な筋力でそれを軽い玩具のように振るう。
「な、何だこの魔族!」
「破ァ!」
カイトは咄嗟に剣を抜き、その攻撃を防御しようと試みる。
しかし、ラフィルの繰り出す強烈な一撃を、安物の剣と並みの腕で防ぎ切るのは不可能だ。カイトの剣は一瞬にしてボロボロに砕け、彼は地へ叩き伏せられた。
「がっ……!」
「カイトさん!」
「プラリム殿はカイト殿の回復を! 某がヤツを引き受ける!」
ロベルトは巨大な盾を構えながら前方に飛び出し、ラフィルに突進した。
「チッ、邪魔なデカブツめ!」
「仲間を殺らせはしない!」
「なら! 出力、全開!」
ラフィルのハンマーには、加速装置が取り付けられている。これにより、低い位置からでも高い威力を生み出すことが可能だ。
ロベルトはラフィルの動きにギリギリのところで付いて来てはいたものの、その速さと威力に体のバランスを崩しつつあった。攻撃を盾で受け止める度に、衝撃で体を浮かされる。ロベルトはフラフラになりながら徐々に後退した。
「さっさと潰れろ! 盾野郎!」
「こいつ……い、一撃が重すぎる……!」
「ぶっ飛べええええええあああああッ!」
盾が防御に追いつけなくなった一瞬の隙を突いて、ラフィルはロベルトに渾身の一撃を叩き込む。鎧を砕く、バキリという音。甲冑を纏ったロベルトの巨体は、その衝撃によって空へ高く打ち上げられた。
「ロベルトさん!」
「こいつ、よくもロベルトを!」
アリサは杖に溜めていた魔力を一気に炎へ転換すると、それはラフィルへ勢いよく飛んでいく。真っ赤な閃光を放つ爆発で火花が四方八方へ散り、辺りに熱風が吹き荒れた。
大抵のモンスターなら、この一発で仕留められる威力。ラフィルに大ダメージを与えられたという期待が高まる。
「当たった!」
命中に喜んだのも束の間、炎の中から影が再び立ち上がり、アリサへ突進してくる。
「魔術に何も対策してないと思ったか!」
ラフィルが装着していた籠手が淡く青い光を放ち、それが盾のように炎魔法を防いでいた。
「高出力結界!」
「この程度、楽に防げるんだよ!」
ラフィルの籠手には、高出力結界発生装置が埋め込まれている。矢や魔術を防ぐ結界を発生させ、飛び道具による遠距離攻撃を弾きつつ相手の懐に飛び込み、ハンマーによる一撃を叩き込むのだ。
「アリサさん、危ない!」
プラリムも咄嗟に結界魔術を発動させるも、ラフィルを止めることはできない。力技でプラリムの結界を強引に砕き、アリサとの距離を縮める。
「無駄なあがきなんだよ! 人間!」
アリサの横腹にハンマーが食い込み、彼女の華奢な肉体が木の幹へ叩き付けられる。その激痛に声を上げることもできず、彼女の意識は夜の闇に溶けていった。
「残るは、貴様だけ!」
「あっ……!」
プラリムの脳裏に、昔の記憶が蘇る。冒険者になりたての頃、この森に入ったときのことだ。自分たちパーティは魔族の襲撃者と出遭い、全滅寸前まで追い込まれた。
あれから己の弱さを見つめ直し、モンスター討伐依頼の中で修行を積んできたつもりだ。プラリム自身も新たに結界魔術を習得し、他の面々も技を磨いている。冒険者組合の中でも強さを認められてランクは上がったし、自分たちの実力は本物だと信じていたのに。
当時のトラウマが全身の力を奪っていく。
プラリムはぺたりとその場に尻餅をつき、襲撃者を眺めていた。じょわじょわと、恐怖による失禁をしてしまう。
「あ、ああ……」
「戦意喪失したところで、容赦しない!」
ラフィルは動けなくなったプラリムに近づくと、ハンマーを高く振り上げた。
「やってやりますよ先輩! あなたのキャンプに近づこうとする輩は、この私が消してやります!」
自分の愛するカジのため、彼の使う生活拠点は守らなければ。特に、あちこちを好き勝手荒らし回る冒険者連中は排除する必要がある。
ラフィルはプラリムの脳天に向け、ハンマーを降り下ろした。
「……は?」
しかし、命中はしなかった。
途中で軌道が横に逸れ、ハンマーはプラリムの足元へめり込んだ。
おかしい。
確実に、この女の頭を狙ったはずなのに。
考えられる原因はただ一つ。
何者かが、外部からの力で軌道を変えたのだ。
「そこかぁ!」
どこからか聞こえる小さな爆発音。
ラフィルに銃口を向ける冒険者らしき影を、遥か遠くに見つけた。おそらく、あの銃から放たれた弾丸がハンマーに当たり、軌道が逸れてしまったのだろう。
「貴様も冒険者か!」
彼はそこに向かって駆け出し、藪の中に消えていった。
「あっ……あぅぅ」
腰を抜かしていたプラリムも、徐々に力を取り戻し始める。
またしても魔族に遭遇したカイト一行は、今回も謎の狙撃手によって助けられたのだった。
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