第35話 それぞれの秘密

 ギルダに案内されて辿り着いた場所は、森の木々に隠された洞穴だった。

 ギルダの部下と思われる連中が見回りをしており、雰囲気はかなり物々しい。彼らは猛獣のような目つきでカジを睨む。纏っている装備はかなり使い古されていて無骨だ。聞いた噂によると、ギルダが山賊や海賊から選んで迎え入れた仲間らしい。「類は友を呼ぶ」とはよく言ったものだ。


「ここがお前の隠れ家か」

「おぅ、なかなか良い物件だろ? 人間族の盗賊共が使ってやがったんだ」

「で、そいつらはどうした?」

「殺して谷底に捨てた。今頃、モンスターの餌にでもなってるさ、ハハッ」


 呼吸するように恐ろしい言葉を吐く男だ。


 中途半端な悪党は、さらなる凶悪な悪党に食われてしまう。法や道徳をとことん無視した底のない深淵に、その盗賊は何が起きたのか理解できぬまま落ちていったのだろう。


「ほら、座れよ。久々の再会に、祝杯でもあげよう」


 洞穴の中には椅子や机など家具が置かれている。カジが適当に選んだ席に腰かけると、ギルダはその隣に座り込んだ。魔力結晶ホットクリスタルのランプが洞穴のあちこちに吊るされ、ゴツゴツとした岩肌を照らしている。


「どうして俺をこんな場所まで連れ出した?」

「はぁ?」

「作戦会議なら俺のキャンプでもできただろう? どうしてわざわざ俺をここに案内した?」

「あぁ……ここの盗賊、俺好みの酒を沢山密造してたんだよ。お前にもおすそ分けしようと思ってな!」


 洞窟の奥には酒樽が大量に並べられている。ギルダはそこからジョッキにギリギリまで酒を注ぐと、それをカジに差し出した。

 しかし、下戸のカジは首を振ってそれを拒否する。


「あ、そっか、お前、酒が飲めないんだった! 悪い悪い! アッハハハハハハハッ!」

「……笑うなよ」

「いやぁ、こう、何年も会ってないと忘れちまうもんだなぁ。そうかそうか。まだ下戸かぁ」


 今の彼は随分と機嫌が良さそうだ。

 昔から変わらない。ギルダは酒豪で、毎晩のように酒をどこからか持ち出してくる。

 魔王を引退した頃から「昔の戦友と食事会をしたい」なんて思っていたカジだったが、その戦友がまさかこんな危険なヤツになるなんて、皮肉のような気がしてならない。もっとまともな仲間はいなかっただろうか。


「ほらほら、料理もあるぞ」


 ギルダの部下が干し肉や漬け物をカジの前に置いてくる。

 おそらく、この料理は人間族の農家から奪ってきたものだろう。この食事のために、一体何人の血が流れたのか想像もつかない。そんなことを考えながらする食事なんて、かなり不味いだろうが。


「しかし、かつての開発拠点を使うなんて大変だなぁ。あの辺りはモンスターが多くて大変だろう?」

「別に、やって来たら晩飯のおかずにするだけだ」

「それに、冒険者のクズ共も多い。誰かが見張ってやらないと、荒らされちまうかもなぁ?」

「まあな」

「だから今日くらいは羽を伸ばして、食事を楽しめ。きっとさ」


 そのとき、カジは気付いた。

 巧くやってくれる――とは、一体何の話だろうか。


「おい、今の……」

「うん?」

「さっきの言葉はどういう意味だ、ギルダ?」

「別に……あの拠点が留守中、誰かに占領されたら困るだろう? だから、お前がここにいる間、代わりにあそこを警備しておくよう魔王様の副官殿に頼んだんだよ」

「お前、何を勝手に――!」


 思わずカジは席から立ち上がった。

 ギルダの言うことが事実なら、自分の留守にしている拠点に何者かが送り込まれていることになる。そうなれば確実にシェナミィが身内に発見されてしまうし、カジの立場も危うくなる。

 カジの反応に、ギルダはニタニタと笑っていた。


「カジ、まさか、あそこに何か見られたくないものでも隠しているのか? 例えば、夜伽用に仕入れた人間族の女とか」

「知られたくない過去や秘密くらい、誰にだってあるだろ。お前にもな」

「ハハッ、まあな。だが、ある程度弱味は握っておくもんだぞ。それが敵でも味方でもな」

「チッ……」


 ギルダもシェナミィの存在を怪しんでいるのかもしれない。「手を組むにはやはり信頼できる相手にしたい」という探りなのか、弱みを握って自分を自由に操りたいのか、単純に自分の反応を見て楽しみたいだけなのか、その目的はよく分からないが。


 カジは席に座り直し、再び平静を装う。皿の干し肉に手を伸ばし、ゆっくりと頬張った。

 ここは、シェナミィが巧く凌いでくれることを祈るしかない。


「ギルダ……お前、きっと碌な死に方しないぞ」

「俺は死なねえよ。知ってるだろ?」

「それがお前の弱味……か」


 数年前、ギルダは女騎士クリスティーナと対峙して敗北し、彼はそのときに死んだとされた。

 そうなった原因は、当時クリスティーナが「ギルダは死んだ」と勘違いするような状況が生まれたからである。


 ではなぜ、彼女は「ギルダは死んだ」と錯覚したのか。

 その理由をカジは知っている。

 それこそ、ギルダ最大の弱点であり、敵に知られるのは致命的だ。


「ま、これからあの王女様を殺す作戦を推敲するんだからよ、目一杯時間かけようや」

「そんな大事な会議の前に酒を飲むのか……」

「俺にとっちゃ、その方が良いんだよ。あの女に試したい凌辱方法が次々浮かんでくる」

「全く、お前は……」


 もしクリスティーナが敗北したら、ただ殺されるだけでは済まないだろう。最終的に彼女がどんな屈辱を味わい、どんな最期を迎えるのか、あまり想像したくはない。

 グビグビと豪快に酒を喉に流し込むギルダ。「プハァ!」と息を吐き出すと、傍に立っていた部下へ次の酒を持ってくるよう要求する。クリスティーナが惨めな姿になる予想図を肴に、樽の中身をかなり早いペースで空にしていった。


 そんな彼に、カジはを切り出す。


「そういえば、パンタシアっていう男を覚えているか?」

「ああ、覚えているよ。……だろ」


 ギルダは自慢げに腰の刀を撫でた。


「どうして急にそんなことを聞くんだよ?」

「何か、思い出したんだよ」

「どうして急にそんなこと思い出したんだよ?」

「思い出したんだから仕方ないだろ」

「何じゃそりゃ」


 シェナミィ・パンタシア。

 彼女の父親に関して、カジもまた大きな秘密を抱えていた。

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