第37話 彼に救われた人
シェナミィにとって、カジ以外の魔族と一対一で出会うのは初めてだ。
魔族は人間よりも筋力や魔力量が上で、危険な存在なのは理解している。
しかも、あの魔族の言動からして冒険者に恨みがあるのは明らかだ。少しでも自分の気配を漂わしてしまったら逃げ切るのは難しいだろう。
しかし、シェナミィは自分とほぼ同じ年齢の冒険者たちが絶体絶命な状況になっているのを見逃せなかった。
彼らにも恋人や家族だっているだろうし、自分の父親のような悲劇を生ませたくはない。
そんな思いから、彼女はライフルの照準のラフィルのハンマーに合わせ、トリガーを引いた。僧侶らしき少女の頭部へ命中する直前、ハンマーは軌道を変え、魔族の注意を自分に逸らすことができた。
「逃がさん!」
ラフィルはシェナミィの追跡を開始。弾道に微かに残った光を頼りに、シェナミィの射撃位置を的確に割り出していく。藪や幹などの遮蔽物を転々としながら、少しずつ距離を詰める。
一方、シェナミィも移動を繰り返し、完全に位置を把握されぬよう立ち回る。
「どこに行った!」
夜目が利く魔族だが、隠れる場所が多すぎて敵の位置を捉えられない。地面に残る足跡も途切れ途切れだ。
そのとき、ラフィルの腕に鈍い痛みが走る。
咄嗟に藪へ身を隠し、痛む箇所を確認すると、籠手の結界発生装置に穴が空いていた。
盾型の結界と籠手の僅かな隙間を狙い、シェナミィが魔晶弾を命中させたのである。これで結界は消失し、ラフィルは防御力を大きく削がれた。
「どういうつもりだ、冒険者ァ!」
ラフィルは疑問に思った。
これだけの芸当が可能ならば、頭などの急所を狙撃するのは簡単なはずだ。そちらの方が早く勝負がつくのに、なぜ遠回りな戦法を行うのか。
「なぜ私を直接狙わない! ふざけているのか!」
「私は……誰も殺したくないだけよ!」
ようやく探している狙撃者から返答が来た。
その声の方角から、ラフィルは敵の居場所を掴む。狙撃者を相手に長期戦は厄介だ。早々に決着をつけなければ。彼は隠れていた藪から飛び出し、敵の方向へ走り出した。
「誰も殺したくないだと! なら、どうして私の両親を殺したァ!」
「あなた、冒険者に家族を……!」
「地獄で詫びろ! 女狐ェ!」
ラフィルは巨木の幹を蹴って飛び上がり、木から木へ走るようにシェナミィへ近づく。上空から振り下ろされるハンマー。それを彼女は後方宙返りで回避すると、その一振りは地面の岩を粉砕した。
「私を救ってくれたカジ先輩のように、仲間を守るんダアッ!」
ここで冒険者を見逃せば、次はどんな事件を起こすか分からない。
発見した冒険者を片っ端から排除することが、魔族の仲間を守ることに繋がるはず。
ラフィルは追撃を緩めない。ハンマー加速装置の最大出力で放たれた一撃が、伏せたシェナミィのすぐ上を通り過ぎていった。空振りとなった一撃は巨木に直撃し、湿った幹の表面に大きな凹みを作る。木の皮の細かな破片がパラパラとシェナミィの頭上に降り注いだ。
先程の冒険者たちとの戦闘を見る限り、彼の攻撃を受け止めるのは危険だ。剣を一撃で破壊し、盾を使っても押し切られてしまう。
彼のハンマーを凌ぐには、攻撃を避けるしかない。接近戦で反撃のチャンスがあるとすれば、彼がハンマーを大きく振った直後だ。
ラフィルが攻撃を外した瞬間、シェナミィは彼の懐に飛び込み、落ち葉だらけの地面に押し倒した。
「うぐぁ……!」
「戦いはここまでよ」
いつの間にか彼女の向ける銃口は、ラフィルの喉元にピッタリと密着していた。トリガーに指を当て、いつでも撃ち抜けるよう指先に力を込める。
「その結界は、もう張れないでしょ?」
「ぐっ……」
「それに、いくら魔族の強靭な皮膚でも、魔晶弾までは防げない」
逃げ回るだけでは埒が明かない。この魔族を引き返させるには、自分が彼よりも強いことを示さなければ。そうして冷静さを取り戻させた後は、交渉に賭けるしかない。
「お願い、私はトリガーを引きたくない。このまま退いて……」
「冒険者に屈しろ、とでも言うのか?」
「きっと、あなたを救ってくれた人も、あなたがここで死ぬことを望んでない」
シェナミィの言葉で、ラフィルの脳裏にカジの姿が浮かんでくる。
自分の兄弟子であるカジは、何度も人間族から自分を助けてくれた。私生活でも訓練に付き合ってくれたり、たっぷり可愛がってくれた。
もし今、自分の命が絶たれたら、きっとカジは悲しむだろう。何度も一緒に戦地に立った経験からして、それは間違いないことだった。
「……そんなこと、分かっている」
シェナミィとラフィルは無言のまま見つめ合った。その体勢でどれだけ時間が流れたのか、よく分からない。ラフィルは彼女の澄んだ瞳から、大きな信念のようなものを感じ取っていた。
彼はゆっくりと立ち上がり、シェナミィから視線を逸らさぬまま数歩下がる。
「今回は貴様の言う通り退いてやるが、冒険者を許す気は毛頭ない」
「うん……」
「今は『殺したくない』という言葉を信じておく。また貴様を殺しに戻るかもしれんがな」
ラフィルは強靭な脚力で跳び、少女から遠ざかっていく。
やっと危機が去ってくれた。シェナミィは近くの木に寄りかかり、自分の銃を立てかける。逃げ回って足が疲れた。魔力も消費して、全身がだるい。早いところ、帰って休みたいな。
「あなたも、カジに救われた人なのね」
シェナミィは魔族領の方角へ消えていくラフィルの後姿に、どこか自分を重ねていた。
お互い、カジがいなかったら出会うことはなかっただろう。彼が自分を襲ってきたマーカスを倒してくれてなかったら――そんなことを考えるとゾッとする。
あの魔族も、似たような経験があるはずだ。そう思うと、とても他人とは思えなかった。
「今度は、ちゃんと話し合えたらいいな……」
この出会いは、きっと悪い出来事ではないはずだ。
シェナミィはそう信じながら、自分の拠点に向かって歩き始めた。
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