第29話 傀儡魔王

 ギルダは血の匂い漂わせながら、新魔王アルティナと面会するために、城の玉座の間を訪れた。

 長い黒髪をかき上げ、後頭部で束ねる。獲物を狩る鷹のように鋭い目が、ギルダの前に腰掛ける金髪の少女を睨んでいた。


「おおっ、お主がギルダか! わぁ、本物だ! まさか、本当に英雄と会えるなんて、魔王になった甲斐があったものじゃ!」

「……」

「……随分と血生臭いのぅ、ちゃんと風呂には入っておるのか?」

「あの施設にも豪華な浴槽を作ってくれたら、毎日入るんですがね」


 アルティナは玉座で華奢な脚を組みなおし、ギルダにニコニコと笑顔を向ける。


 かつて、大規模な人間族の侵攻が行われた際、カジと共に敵軍を退け、彼らに甚大な被害を与えたとされる英雄、ギルダ。

 とある女騎士に敗れて戦死したという噂だったが、アルティナが魔王になったことでギルダの所在を示す機密情報が記載された書類を発見したのだ。


「そんなことよりも、早く本題に入りませんか?」

「おお、そうだった! そうだったな!」


 どんなヤツが新しい王になったかと思ったが、まだ小さいガキじゃねぇか。


 心底、ギルダは呆れていた。何がどう物事が転んだら、こんな小娘が魔王に就任してしまうのか。前任の魔王が余程のヘマをやらかしたのだろうな、とギルダの頬が引きつる。


「お主と、少しばかり我が国のこれからについて話したいと思ってな」

「ほう、そうですかい」

「恥ずかしい話だが、儂はあまり軍略には詳しくないのだ」


 だったら、何で魔王になったんだよ!


「儂はな、かつて爺が指導者だった頃のような栄光をもう一度、この国にもたらしたいと思っているのだ」

「爺っていうと、マクスウェルのことですかぁ?」

「そうなのだ。皆、儂が爺の孫ということで、これから為すことに期待しているのだ。さすがにヤツらの勝手な思い込みだとは思うのだが、家臣の期待を裏切るわけにはいかないだろう?」


 知ったことか!


「なぁ、儂が爺を超越するような偉業を成し遂げるには、何をすればいいと思う?」

「ハァ……?」

「お主の意見を、率直に申してくれ!」


 そんなこと、カジやジジイにでも聞け!


 ギルダの胸の奥底では、憤怒が炭火の如く静かだが熱く燃えていた。早速前線にでも送ってくれるのかと期待していたのに、なぜこんなミーハーみたいな小娘の相談に付き合わされているのか。


 しかし、これだけ無知なら、思い通りに操り易い相手でもある。

 ギルダの口は一瞬だけ微笑を浮かべた。


「そりゃあ、王女クリスティーナでも抹殺できれば、あなたの株は爆上がりでしょうねぇ」


 人間族の王国のトップに君臨する、王女クリスティーナ。

 彼女自身も精霊紋章を保有するギフテッドであり、強化された剣術を使う女騎士。王国最強の勇傑騎士団の団長でもあり、多くの王国民に慕われている存在だ。


 そんな彼女を抹殺できたとなれば、世界に大きな衝撃が走るだろう。

 ギルダが発した言葉に、アルティナの心は躍った。


「おおっ! それじゃ! それが良いのぅ!」


 アルティナは玉座から立ち上がり、目を爛々と輝かせる。

 確かにそれを達成できれば、祖父と並ぶ偉大な指導者となれるはずだ。


「そ、それで、どうなのだ! お主にはそれが可能なのか!」

「ええ、可能ですとも。ま、少々仲間が必要ですけどね」

「おおっ、この儂がいくらでも調達してやろうぞ!」


 アルティナの笑みに、ギルダも笑みを返す。

 ただし、彼の目までは笑っていなかった。アルティナはそれに気付くことはなかったが。


「……今、カジはどこにいるんです?」


 あの王女を殺害するとなれば、生半可な実力の兵士では、かえって足手纏いになるだろう。

 となれば、かつて自分と一緒に前線に立った猛者が一番信用できる。その中でも、カジはかなり腕が立ち、多くの騎士を返り討ちにしていた。彼を仲間に引き込めれば、王女抹殺の可能性はグンと高まるだろう。


 しかし、カジの話を出した途端にアルティナの意気揚々とした態度が急変し、冷静な表情に戻って玉座に腰かけた。


「実は……爺がな、儂に内緒でカジに仕事を手伝わせているらしいのだ」

「マクスウェルがカジを?」

「まったく、爺の心配性にも困ったものだ。侵入する冒険者なんかをこっそり始末させて。昔のように、堂々と構えていれば良いものを……」


 マクスウェルが使っているとなると、カジを連れて行くのは面倒だろうか。

 カジ同様、ギルダにとってもマクスウェルは扱いづらい存在だった。ギルダに剣術を教えたのは彼であり、鍛えてもらった過去がある。

 最早ギルダにとって恩などどうでもいいが、自分以上の実力を隠しているかもしれない身内を怒らせたくはないものだ。


「もし、行き先でカジに会ったら、作戦に引き込んでも大丈夫ですか?」

「問題ないぞよ。どうせ、爺の勝手な依頼だろうし、現魔王は儂じゃ。儂の方が権限があるし、王女抹殺を優先させるのじゃ」

「御意……」


 ギルダはその言葉を聞くと、赤いカーペットの上で踵を返し、玉座の間を去っていく。


「クッ……クックッ、やった」


 ギルダは廊下を一人歩きながら、喉の奥で笑っていた。

 これで、自分は王女クリスティーナを討つ大義名分を得た。ついでにカジも同行させられる。

 浮かべた笑みがなかなか消えてくれない。


「待っていろよ、クソ女が」


 かつて前線に立っていたギルダに重傷を負わせ、治療中に王女まで地位を上り詰めた女。

 そのクリスティーナに復讐する機会が与えられたのだ。

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