第27話 アリサ憂鬱
その翌朝のことだ。
「あれ……ここはどこ?」
アリサが目を覚ますと、そこは彼女が借りている宿屋の一室だった。
ベッドの周りをいつもの仲間たちが取り囲み、彼女の顔を覗き込んで不安げな表情を見せている。
一体、この状況は何なのだろうか。
意識を失う前の記憶が少し飛んでいるせいか、アリサは混乱していた。
カイトたちは互いの顔を見合わせ、恐る恐る声をかける。
「お、おい、大丈夫か?」
「え、何が? どうしてみんなここにいるの?」
「お前、街中で倒れてたんだぞ」
「え……私が?」
アリサは再び目を閉じ、自分に何が起きたのかを振り返った。
確か、自分は冒険者ギルドで報酬を受け取って、帰るプラリムを見送って、カイトとロベルトからの飲みの誘いを断って、宿屋で借りている部屋に向けて夜道を歩いていたはず。
その途中、急に背後から激しい痛みが走ったのだ。
そこからの記憶は曖昧である。
「何か、後ろから何かで殴られたことは覚えているんだけど……それからの記憶は全然なくて」
「大丈夫か? 知らない間に、処女を喪失してないか?」
「あんた、他に心配することはないわけ?」
「大事なことだろう?」
「そりゃそうだけど……っていうか、処女言うなや」
アリサは処女である。
なぜそれをカイトが知っているかというと、昔アリサ自身が酒の勢いで喋ってしまったからだ。「早く処女なんて捨てたい」と。
現在、股間にこれといった違和感はない。
恐らく大丈夫だろう。
「アリサさん、他に痛むところはありませんか?」
「いや、ないけど……」
「治癒魔術が効いているみたいですね、よかった」
昨夜、アリサが負傷している情報を聞き付けて、僧侶プラリムは自分の宿屋を飛び出して彼女のもとへ向かったのだ。
突然のことで、パーティの皆はかなり驚いた。カイトとロベルトも、酔いが一気にさめてしまった。何が何だかよく分からないまま、この宿屋へ辿り着いたのである。
「アリサ殿を見つけた巡査官の話だと、誰かが騎士団駐在所の前にアリサ殿を置いていったらしい。盗賊がいる野営地の位置を記したメモを残してな」
「じゃあ、私は助けられた。ってこと?」
「そういう可能性が高いな」
「一体、誰が助けたんだろ……?」
「もしかして、例の狙撃主ではないですか?」
「ああ、アタシたちを助けてくれた人ね」
「きっと今回も現れてくれたんですよ」
僧侶プラリムの脳裏に、自分たちを魔族から助けてくれた狙撃者のことが思い浮かんだ。
ずっと彼はあの森に潜み、魔族や盗賊から冒険者を救出している。
一体どんな人物なのだろうか。
想像する度にプラリムの胸は高まり、ニヤニヤとした笑みがこぼれる。勝手に膨らむ妄想。その膨張率は止まるところを知らない。
そのとき、部屋のドアをゴンゴンとノックする音が響いた。
「はーい、どうぞ」
「目を覚ましましたか?」
ドアの隙間から顔を出したのは、この街の騎士団を率いている金髪の若い男、リミルだった。
「王国内の治安を守る騎士団の一員として、事件の詳しい経緯を調査しなければならないので、ご協力お願いします」
「はい、大丈夫です」
「アリサさんが襲われたときの詳しい状況を知りたいので、今からお時間を頂いてもよろしいですか?」
「はい……」
ここでカイトたちは退室し、部屋にはアリサとリミルだけとなる。国内に名を轟かせる騎士の取り調べに、部屋には凛とした雰囲気が漂った。
リミルに促されるまま、アリサは自分が襲われたときの状況を大まかに述べていく。
「――つまり、この宿屋に向かう途中、第八区画の三番道路辺りで襲撃を受けたわけですね?」
「はい……」
「犯人の外見的な特徴は思い出せますか?」
「いえ。振り向く間もなく、気絶したものですから、相手の声だけしか……」
「相手は男性でしたか?」
「はい。どちらも野太い声で、会話をしていて……」
「会話の内容は覚えていますか?」
リミルは体をアリサに傾けながら、メモに次々と会話内容を書き込んでいく。ペン先が紙の上を走る音が沈黙を埋めた。
「そういえば――」
「何か、思い出しましたか?」
「どうして、あの人たちはアタシの精霊紋章のことを知ってたんだろ?」
彼らは、アリサの精霊紋章がサラマンダーであることも、紋章の位置も最初から知っていた。
知り合いも、ほとんど知らないはずなのに。
アリサの精霊紋章について知っている人物は、かなり限られてくる。
「あなたの精霊紋章について、最近誰かと話しましたか?」
「あっ――」
ああ、そうだ。
あの人だ。
あの人しかいない。
アリサは思い出していた。
つい最近、自分の紋章を見せた人物を。
「武器商人……ドレイク」
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