第25話 盗賊発見

 アリサが攫われたのと同日、深夜のことだ。

 物語の視点は、再びカジとシェナミィへ移る。


「ねぇ、カジ?」

「どうした?」

「あそこにリアカーを引っ張ってる人がいるんだけど……」


 シェナミィが街に冒険者の動きがないか望遠鏡で監視していたところ、街道から森に入っていく怪しげな二人組を発見した。


 普通、こんな夜中に街の外に出るのは危険だ。視界が悪い中、モンスターに囲まれるリスクの伴う行動を取るなんて自殺行為だ。


 リアカーを引っ張る彼らは時折、キョロキョロと周囲を見渡す。

 明らかに何か人に言えない事情がありそうで、人目を避けるように森の陰に入っていった。


「俺にもスコープを貸せ」

「ほい」

「ああ。アイツらか……?」


 リアカーに何かを載せて整備されていない道を移動する男の二人組。その荷台には大きなカバーがかけられているが、チラリと女性の細い脚が見えている。足に装着されている冒険者向けのブーツからして、運ばれているのは加護を持つ者ギフテッドである可能性が高い。


「あいつら、女を乗せてる」

「えっ、本当?」

「例の盗賊かもしれないな」

「だったら、その女の人を助けないと……!」


 シェナミィの顔は焦り、カジの袖を掴んできた。


「言っておくが、俺は『拐われた人間を助けろ』という命令は受けてない。適当に尋問して目的を吐かせたら、後は泳がせるつもりだ」


 マクスウェルからの依頼は、あくまで事件の全貌を調査すること。被害者の救助は依頼に含まれていない。


 そもそも、敵である人間族を義理もなしに助けるほど、自分も甘くはない。シェナミィの件については、たまたまだ――と、カジは自分に言い聞かせる。


「カジの薄情者!」

「ま、どうしても女を助けたいのなら、俺が尋問してる間を狙って、お前が勝手にやることだな」


 これは、人間同士の問題だ。

 盗賊から何らかの情報を引き出せれば、魔族である自分にとって後はどうでもいいことだ。

 あの捕まっている女がどうなろうと、自分の知ったことではない。人間族の抱える問題は、人間族が介入・解決すべきだろう。魔族は問題を助長したいのだから。


「あ、そういうことね……」

「追いかけるぞ」


 足音を立てぬよう、カジとシェナミィは盗賊の追跡を開始した。木々や草叢の陰を移動し、ゆっくりと距離を詰めながら、尋問するタイミングを窺う。


 可能であれば、より多くの情報を引き出すために、彼らの拠点まで把握しておきたいところだ。


 徐々に距離が詰まってくると、彼らの会話がうっすらと聞こえてくる。


「おい、その女の様子は?」

「大丈夫だ。まだ気を失っている」

「絶対に逃がすなよ。ただでさえ、メインのターゲットを捕らえられていないんだ。これ以上、ヤツの機嫌を損ねることになったら――」

「分かってる」


 この会話から推測するに、現在運んでいる女は、彼らのメインターゲットではないらしい。他の誰かを拉致する予定だったのだろうか。


 やはりカジの見立てどおり、拉致は無差別に行われているわけではなさそうだ。一体、彼らは何を基準に標的を選んでいるのか、謎は深まっていく。


「それにしても……何か妙だな」

「どうしたの、カジ?」

「ヤツらの動きが、どこか固く見えてな……」


 どうも盗賊の様子がおかしい。

 表情が異様に固く、手や呼吸が震えていた。明らかに彼らは異常なまでに緊張している。


 女を攫った罪悪感だろうか。

 もしくは王国憲兵に発見されることを恐れているのだろうか。

 それとも、この先に起こる何かに、彼らは怯えているのだろうか。


「ねぇ、あれが盗賊のアジトじゃない?」

「そうらしいな」


 森の奥に築かれた駐屯地。岩場の陰に隠すように、複数のテントが張られていた。テントの中には幾つもの檻が積まれており、おそらくギフテッドを閉じ込めるためのものだと思われる。


 男たちはリアカーにかけている布を取り払うと、捕らえた女性を仲間に披露した。


 黒髪の、若い女性。

 装備品からして、おそらく魔導士だ。


 カジは彼女の顔にどこか見覚えがあったが、今は敵の発する言葉に集中する。思い出すのは、後からでも問題ない。今は、盗賊の目的を知ることが優先だ。


「この女で間違いないだろう?」

「ええ、そのようですね。サラマンダーの紋章……彼が求めているものの一つです」


 やや白髪のかかった男が前に出て、女性の紋章を確認している。


 カジの見立てでは、この男が盗賊団を使役する司令塔だ。他の男たちよりも、ネックレスなどの装飾品のグレードが高い。歩く姿勢からして、武術の腕もありそうだ。


「あぁ……首の皮一枚繋がったぁ」

「しかし、あの御方が欲しているギフテッドはまだ発見できていませんよ。いつまで時間をかけるつもりです?」

「知らねぇよ、そんなこと! どうせ魔族に捕まってるか、モンスターに食われちまってるよ!」


 彼らの会話から推測するに、彼らのメインターゲットのギフテッドは行方不明で、捕まえるのに苦労しているらしい。


「な、なぁ、あの御方は……ここにはいるのか?」

「いいえ、いません。別件で街の方へ出かけていますから」

「なんだぁ……」


 実行犯は安堵の溜息を漏らし、その場にペタリと座り込んだ。


 そろそろ、彼らに話を持ちかけるべきか。

 カジは相手を警戒させぬよう、両手を上げながら駐屯地の入り口へ歩いていく。


 それを見てシェナミィもその場から離れ、隙を見て黒髪の女性を救出しやすいポジションに移動していく。キャンプを囲む岩から岩へ姿を隠し、女性の近くに待機した。


「ま、魔族だ!」


 やがて、カジに気付いた盗賊の一人が大声を上げると、その場にいた全員の視線が彼へ集中した。


「な、何でこんなところに!」

「森に出るっていう、例の魔族じゃないのか!」


 盗賊たちは各々武器を取り出し、緊迫した表情でそれをカジに向けた。

 以前にカジが冒険者を襲撃した噂もあってか、皆かなり警戒しているようだ。


「武器は下げてくれないか。俺は別に殺し合いをするためにここへ来たわけじゃないんだ」


 カジの狙いは、この司令塔らしき男。

 その辺の下っ端に尋問するより、彼の方が多くの情報を持っていそうだ。拉致の目的や、バックグラウンドを聞き出せれば、マクスウェルからの依頼は成功と言えるだろう。


「では、何の用です?」

「お前たちが加護を持つ者ギフテッドを沢山拉致していると聞いてな。魔族もその活動の援護を検討している。そのことを伝えに来た」

「なるほど、あなたたちもギフテッドが消えてくれれば嬉しいでしょうからね」

「ああ。今のところ、利害は一致している。表面的には……な」


 白髪の男は静かに頷く。

 話を聞く気はあるようだ。


「じゃあ、まず、どうして加護を持つ者ギフテッドを攫っているのか――」

「知りたいですかッ!」


 その刹那、白髪の男は抜いていた剣を、突然カジに向けて飛びかかってきた。

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