第24話 夕方の犯行

「それじゃあ、また明日も同じ時間にギルドのラウンジに集合で」

「はーい。お疲れ様でした」


 アリサが杖を購入した後、カイトたちはギルドにモンスター討伐の報告を済ませた後。もうすぐギルドの受付の業務時間が終了するためか、周りに人は少なく、多くの者が集会所の酒場へ移ろうとしている。


「俺とロベルトは酒場で飲んでから帰るつもりなんだけど、お前らは一緒に来る?」


 カイトとロベルトが帰り際に飲んでいくのは、いつものことだった。

 彼らが指差す酒場からは、すでに料理や酒の匂いが漂い、ぼんやりとオレンジ色のランプが灯っている。


「いえ、妹の手伝いがあるので、遠慮しておきます」

「おう、妹によろしくな」


 僧侶プラリムは丁寧にお辞儀をすると、夕暮れの街に消えていった。彼女がいつもお世話になっている宿屋での仕事を双子の妹と分担している、とアリサは聞いたことがある。


「アタシはこの杖を買っちゃったし、しばらく節約しないとね」

「安物買いの銭失いじゃなきゃいいけどな」

「アンタと一緒にしないでよ。この前も、安い中古の剣を買ってすぐに折れたじゃない」

「それは新人の頃の話だろ! 今はもうそんなヘマしないって!」

「まったく、武器は自分の生命線なんだから、少しは金をかけなさいよね。あのときみたいにフォローするのは、もうこりごりよ」


 その日は、アリサも飲み会を断ることにした。今日、武器商人ドレイクから購入した炎魔法強化杖に、自分の財産のほとんどを注ぎ込んでしまい、今後は余計な出費を控えねばならない。

 わりと飲み会への出席率の高い彼女だったが、今夜は後ろ向きに手を振って集会所を出て、外の雑踏に合流する。


 よし、明日から頑張ろう……!


 今日は高い杖を購入してしまったが、明日からの仕事に活かして、どんどん元を取ってやろうではないか。

 彼女の心は新たな仕事に燃え、さらなる報酬や名声を渇望していた。いつかこの杖とともに、有名な一流魔導士の仲間入りを果たし、勇傑騎士に入りたい――そんな夢が彼女にはあった。


 アリサは新品の杖を握り締め、部屋を借りている宿屋へ歩いていく。

 もうすでに日は落ちている。宿屋に近づくにつれ、周囲の人気は徐々に薄くなり、街灯も少なくなっていた。


 そのとき、アリサの背後からカツカツと、何者かの足音が聞こえた。彼女に向かって走っているらしく、音は急速に近づいてくる。


「な、何?」


 その刹那、アリサのうなじに猛烈な痛みが走った。一瞬、意識が飛び、彼女は受け身もできぬまま地面へ倒れ込んだ。


「赤い宝石の杖を持つ、黒髪で長身の若い女……こいつで間違いないだろう」

「右腕にサラマンダーの紋章があるらしい。確認しろ」


 遠退いていく意識の中、アリサはそんな会話を耳にした。どうやら襲撃犯は二人組の男で、無差別的な犯行ではなく、最初からアリサを狙って実行されたらしい。

 一体、なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか。

 謎の男たちは、アリサの纏うローブの袖をまくろうとする。彼女は抵抗しようと体を動かそうとするも、全身が痺れているため、男の手をすんなりと受け入れてしまう。


「あった」

「よし、早く連れて帰るぞ」


 精霊紋章を見つけた男たちはアリサを担ぎ上げ、どこからか運んできたリアカーの中に放り込んだ。彼女の肩に鈍い痛みが走る。いつの間にか、アリサの手足は拘束具で固められていた。


「大人しくしてろよ?」


 男は素早い手つきでアリサに猿轡を装着させると、無防備な彼女の腹に拳を食らわせる。うぐっ、と小さく声が漏れ、彼女は蹲り、一切動けなくなった。

 叫んで助けを呼びたいのに、声が出ない。恐怖と激痛で涙がポロポロ溢れるだけだった。


「よし、出せ」


 やがて彼女の上に大きな布が被せられ、視界が完全に奪われてしまう。凸凹した道を走っているためか、車輪の振動でリアカーがガタガタ揺れる。

 自分はどこへ向かっているのか。

 男たちは自分に何をするつもりなのか。


 何も分からぬまま、アリサは夜の闇に消えていった。

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