第23話 武器商人ドレイク

 カジが盗賊団の動きを調査する依頼を受けた頃、一方で新米冒険者のカイトたちは依頼を終えてギルドに向かおうとしていた。


「ああ、やっと仕事が終わったな」

「お疲れ様、カイト」

「アリサも頑張ってたじゃないか」

「ま、皆がサポートしてくれたおかげだけどね」


 カイトがこなしたのは、街周辺の穀物栽培施設を荒らす昆虫型モンスターの討伐。難易度は低く、報酬も少ないが、これも立派な仕事だ。前回の仕事で失敗してしまったために、これからはコツコツと小さな成功を積み上げていくしかない。


 耕地に囲まれた街道を、剣士カイト、僧侶プラリム、盾使いロベルト、魔導士アリサの四人は歩いていく。


「マーカスのヤツ、魔族に捕まったらしいな」

「ええっ! それは本当ですか、カイトさん?」


 冒険者ギルドに最近広まった噂だ。

 マーカスは魔族領へ依頼に出かけたまま、行方不明になっている。納品の期日にも間に合わず、依頼は完全な失敗として終わった。


 状況から推測して、例の魔族に敗北した、と考えるのが妥当だろう。一度、カイトたちとも対峙した魔族の男。やはり、あの森林に陣取って冒険者を待ち構えているらしい。

 それが街に住む冒険者たちに恐怖を与えていた。


「やっぱり、あのまま依頼を続けていたら大変だったわね。でも、マーカスが消えて、少しは清々するけど」

「でも、アリサさん、あの人ほどの冒険者を倒しちゃうなんて、放置していたら危険じゃないですか?」

「まったく、何をしているんだろうな、勇傑騎士の連中は。早く倒してくれればいいのにさ。『森に入るな』って言うだけで、監視しかしてねえ」

「ま、場所が場所だけに、迂闊に手出しできないんでしょ。騎士も騎士で、取り締まらないといけない案件が沢山あるだろうし、戦力も割けない」

「結局、最後に頼るのは自分の腕、っていうことなんだろうな」

「ふっ、カイト殿の言うとおりかもしれぬ」


 そんな雑談をしている間に、街が徐々に見えてくる。


 そのとき、魔導士アリサは気付いた。


「何かしらね、あのテントは?」


 街の入り口に、見慣れぬテントが張ってある。ボーダー柄の奇抜な模様が毒々しく感じるそのテントに、アリサの目は釘付けになった。あんなもの、今まであの場所にあっただろうか。


「ああ、そういえば、今日はドレイクさんがこの街に来ているらしいんだよ」

「ドレイクさん……って誰?」

「あのテントで冒険者向けに武器を売っている商人だよ。この辺じゃ流通していないような珍しい武器も扱っていて、面白いんだぜ?」


 冒険者の間で、ドレイクという商人は有名だった。珍しい武具を仕入れては、旅をしながら冒険者にそれを売ることで評判だ。


「そんな風変わりな商人もいるのね……」

「精霊紋章にも詳しくてさ、それに合った武器も紹介してくれるんだよ」

「ふぅん……」

「一度、アリサもドレイクさんのお店を覗いてみたら? ここで待ってるからさ」

「カイトがそこまで勧めるなら……」


 アリサは「じゃあ、少し見てくるね」と言い残し、カイトたちの集団を離れた。あまり彼らを待たせぬよう、小走りでテントに近づいていく。


「いらっしゃいませぇ」


 テントから現れたのは、黒い外套を纏った男だった。


「おや、初めてのお客様でしょうか?」

「はい、そうですけど……」

「お名前は?」

「アリサ……です。ここでは冒険者向けの武器を販売している、と聞いて来ました」

「そうですか、そうですか……ということは、お嬢さんも冒険者なのですね?」

「ええ。依頼の帰りです」


 ドレイクはアリサの装備を一瞥すると、営業スマイルを浮かべながら彼女をテントの奥へ誘導していく。

 テント内には無数の武器が並べられ、アリサの視線は次々とそれらに移る。どの武器も、この街の武具店では取り扱っていない。初めて見る奇異な得物の数々が、店内に独特な雰囲気を醸し出していた。


「冒険者さんも大変でしょう? 危険なモンスターがウジャウジャいる場所に出かけて」

「ま、まあ……」

「人々が平和に暮らせているのは、あなたたち冒険者さんのおかげですよ。私たち加護を持たぬ者ノンギフテッドは、もっとそれを感謝しなければなりません!」


 ドレイクは急に饒舌になり、アリサへ顔を近づける。


「昔、私もモンスターに襲われたことがありましてね、そのとき冒険者さんに助けられたんですよ。大きなサイコトロールを一撃でスパッと倒しましてね!」

「は、はぁ……」

「そのときに決めたんです。私は、冒険者さんたちを支えるために生きていこう、ってね!」


 こっちは静かに買い物したいのに……。


 アリサは買い物中に話しかけてくる店員があまり好きではない。お世辞で客を立ててくれるのは結構だが、品の吟味を妨げてほしくないものだ。

 知らぬ間に、アリサの眉間にはしわが寄っていた。


「さぁさぁ、私のつまらない過去話はこのくらいにして、何か気になる武器はございましたか?」

「えっと、どれがどういう性能の武器なのか、アタシにはよく分からなくて……」

「ああ、異国の武器なんかもありますからね、馴染みがないものも多いでしょう?」


 適当な杖を手に取って眺めるも、アリサにはそれがどういう武器なのかサッパリ分からず、首を傾げた。


「よろしければ、あなたの精霊紋章に見合った武器を選んで差し上げましょうか?」

「精霊紋章に詳しいんですか?」

「はい。と、いっても、少しばかりの学しかありませんけどね。支障がなければ、あなたの紋章を見せてくださいませんか?」

「か、構いませんけど……」


 アリサはローブの袖をめくり、二の腕に隠されていた紋章を晒した。

 他人に紋章をじっくり見せるなんて、なかなかない経験だ。アリサはやや羞恥を感じていたが、別に見られて減るものでもない。彼女は紋章を赤く光らせてみせた。


「火の精霊……サラマンダーの紋章ですね。いやぁ、これは珍しい! 火の魔術を得意とする精霊紋章は他にも数ありますが、サラマンダーは精霊の中でも上位の存在で、これは勇傑騎士にもなれるほどの能力を秘めた紋章ですよ!」

「ほ、本当ですか?」


 アリサ自身、これまで自分の体に浮き上がる紋章をあまり好きではなかった。赤いトカゲのような模様が、どこか気持ち悪い。もっと凛々しい精霊の紋章がよかった、と子どもの頃は泣き叫んでいた。


 しかし、それが強い力を秘めているなら話は別だ。強ささえあれば、周りは勇傑騎士のようにチヤホヤ扱ってくれる。それに比べたら模様の気持ち悪さなど、楽々と我慢できるというものだ。


「しかし、それに適した武器がないことには紋章の力を活かすことはできません。そうですね……あなた、アリサさんと仰いましたか?」

「は、はい」

「アリサさんには、この杖なんていかがでしょう?」


 ドレイクは杖を陳列してあるコーナーから、一本の杖を取り出した。先端に赤い宝石の嵌め込まれた、高貴さを感じさせる代物。


「わあ……綺麗」

「ここから遥か西の地域で採れるマギガルビーという宝石を使いました。炎魔法の威力を高め、今まで以上に魔力を装填できるはずです」


 アリサはドレイクから杖を受け取ると、それを様々な角度から眺め始めた。意外にも軽く、取り回しは良さそうだ。素早い敵が来ても、これなら対応は問題ない。


 問題は、値段だ。

 新人ゆえの心許ない収入で、こんな武器が買えるだろうか。


「でも、高いんでしょう?」

「これも何かのご縁ですし、初回ご利用サービスで、特別にお安くしておきますよ?」

「試し撃ちしても大丈夫ですか?」

「ええ。もちろん」


 アリサはドレイク同伴で外に出ると、杖を誰もいない草原に向けて構えた。

 彼女はいつものように杖に魔力を込め、前方へ火球を撃ち出した。


「あっ……すごい、これ、使いやすい」

「そうでしょう?」


 いつもより、火球が簡単に膨れ上がる。魔術を発動するまでの時間が短縮され、消費する魔力も少ない。

 その使い心地に、アリサは感動すら覚えていた。この街の武器屋で購入した安物の杖とは、まるで別物だ。この杖を買うか否か、その答えはもう決まっていた。


「これ、買います!」


 やや高い買い物ではあるが、この杖でモンスターを倒せば、きっと元はすぐに取れる。

 このときアリサは、良い買い物をした、と満足感に浸っていた。


「ありがとうございます、アリサさん」


 ドレイクはニコリと微笑んだのだった。

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