第22話 人間観察

 マクスウェルに報告を終え、カジは鬱蒼とした森林を歩いていた。

 凶暴なモンスターたちによって文明が築かれることを拒まれている森林に、ポツンと存在するかつての開拓拠点。


「おかえり、カジ。定期連絡はどうだったぁ?」


 瓦礫の隙間から生えた木々にハンモックをかけて横たわる少女は、シェナミィだ。

 マーカスに襲撃された事件から数日経過した今も、彼女はカジと一緒に行動を続けている。カジの料理を勝手に食べ、ハンモックで昼寝をする自由気ままな生活。カジは鬱陶しさを感じてはいるが、人間族の貴重な情報源であるがゆえに傍へ置いている。


「妙な事件の捜査を命じられた」

「何それ、妙な事件って?」

加護を持つ者ギフテッドが盗賊に拐われて行方不明になっているらしい」

「ええっ、何それ?」


 シェナミィはハンモックから降りると、カジのもとへ駆け寄ってくる。彼は切り株の椅子に腰かけると、懐から資料の束を取り出した。


「お前……こいつらの中に知り合いはいるか?」


 カジは資料の行方不明者に関する情報を載せたページを見せた。

 依頼の詳細をシェナミィに明かすのはどうかとも思ったが、被害者と同じく加護を持つ者ギフテッドから話を聞けば、得られる情報も少しは違ってくるだろう。彼女の視点から、何か思わぬヒントが出てくれば儲けものだ。


 しばらく、シェナミィは行方不明者の似顔絵を眺めていたが――。


「いや、知り合いはいないよ……」

「そうか」


 過度に期待を持っていたかもしれない。

 まあ、そんな簡単に当事者に当たるわけがないか、とカジは資料を折り畳もうとした。


 しかし――。


「でも、私が一方的に知ってる人ならいるよ」

「どういうことだよ、それは」

「つまり、知り合いではないけど、顔や性格を知っている人はいる、ってことだよ。私、訓練所じゃ友達とかいなかったからさ、いつも暇潰しに人間観察してたんだよね」

「それは……大した趣味だな」

「でね、この人も、私と同じ訓練所に入ってたよ」


 シェナミィは若い男の似顔絵を指差した。それは、槍を扱う冒険者だった。


 彼は冒険者ギルドでの依頼を終えて酒場に入り、一人で宿屋に向かう途中で行方不明になったらしい。彼が酒場を出たのは深夜ということもあり、消息を絶った地点は人通りが少なかったようだ。周辺には札付きの盗賊団のメンバーが徘徊していた、という目撃情報もあり、王国憲兵も彼らの行方を追っている。


「そっかぁ、今この人、行方不明なんだね……」

「ああ、彼らに拉致されると、一切情報を掴めなくなる」

「お友達とか、家族とか、心配してるだろうに」

「そうだな」


 シェナミィは行方不明者の似顔絵をしみじみと眺めた。

 彼女もこの事件の全貌が気になっているのだろう。


「この男に関して、お前の覚えていることを教えてほしい。事件の手がかりがほしい」

「覚えていることぉ? そうだなぁ……この人は槍術を強化する紋章を持っていて、訓練での成績は中の上くらいだったね」

「他に特徴的なことはなかったか?」

「うーん……別に、普通の男の子って感じだよ。女の子との遊び方はそんなに派手でもなくて、普通に一対一の一途な恋愛をしていたし……でも、セックスはわりと身勝手だったね。相手の子も、そこだけは嫌がってたみたい」

「そんなとこまで観察していたのか?」

「だって、屋外でヤってたんだよ? 私が休憩しようと思ってた木陰に、先に陣取っていて、腰を激しく振っちゃってさ。いくら訓練生活で性欲が溜まるからって、あんな場所でヤればさすがに嫌でも見ちゃうよ。そういう見られるか分からないスリルが好きなのかもしれないけど」

「ず、随分、観察熱心なことだな……」

「体格もがっちりしていたし、きっと男性ホルモンが無駄に豊富だったのよ。パンツも脱がないまま始めちゃってね――」


 話が変な方向へ進んできたため、カジは咳払いした。

 こんな話を聞きたかったわけではないのに、自分は一体何を聞かされているんだ。個人のセックスの趣味なんて別に興味ないし、聞きたくもない。

 それとも、これはシェナミィがずっと孤独だった頃の愚痴だろうか。

 早く話題を切り換えねば、とカジは一旦思考をシャットアウトする。


「……他に特徴は?」

「これでも絞り出してるって!」

「本当か?」

「本当、本当!」


 やはりシェナミィからだけでは、事件に関する重要な情報を掴むのは無理だろうか。彼女自身、交友関係が広いわけではなさそうだ。


 そう思った、そのとき――。


「あ、そういえば……」

「何か思い出したか?」

「あの人の精霊紋章……何か珍しい模様をしてたなぁ、って」

「珍しい紋章?」


 加護を持つ者ギフテッドの紋章には、様々な種類がある。剣士向きな剣術を強化する紋章一つとっても、精霊が何種類も存在し、紋章に現れる精霊によって能力に違いが生まれる。


「槍術を司る精霊、フェンギヌスの紋章だったんだよ」

「そいつは珍しいな。俺も色々な騎士や冒険者と戦ってきたが、数えるほどしか見たことないな」

「ちなみに、私も珍しい紋章なんだよ?」


 シェナミィは眼帯を外し、瞳孔の奥に浮かんでいる精霊紋章をカジの顔に近づけてくる。淡い白色でぼんやりと見える紋章は、どこか神秘的だ。

 しかし、息がかかるほどの顔の近さに、カジは顔を逸らした。


「分かった、分かったから、もういいよ」

「何の紋章か分かる?」

「知らないが、俺も見たことがない紋章だな」

「でもさ、珍しいのはいいけど、こんな場所に浮き出たせいで色々と苦労してるのよね。紋章を与えてくれる精霊も何を考えているんだか」


 シェナミィは眼帯を戻すと、再びハンモックに寝そべった。それから、自分の紋章によって生じた苦労話を延々とカジに聞かせてくる。


 紋章の珍しさは、決して強さや幸福度と比例するわけではないらしい。

 そんなことを、カジは思った。

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