第3節 ドレイク
第21話 謎の盗賊団
ある日、カジは魔族領へ帰還命令を受けた。
帰還の目的は、依頼主であるマクスウェルへの定期連絡。カジは夜の裏路地を一人歩き、やや寂れたバーの前に立ち止まる。小さなランプに照らされている看板で店の名前を確認すると、カジはゆっくりとドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
「すまない、この店で待ち合わせをしているんだが……」
恐る恐る店内に入ると、すぐにマスターらしき女性が彼を出迎えた。
店の奥側のカウンター席に、マクスウェルの姿が見える。彼はワイングラスに手を添えながら、カジに向けて小さく手招きしていた。
「おーい、こっちだ」
「師匠、お待たせしました」
「いや、いいんだよ。呼び出したのはこっちからだしなぁ」
カジがマクスウェルの隣に座ると、マスターがグラスを彼の前に置いてくる。
「ご注文はお決まりですか?」
「マスター。悪いけど、こいつはとんでもねぇ下戸なんだよ。酒の代わりにタワークラッシュフルーツパフェを頼む」
「かしこまりました」
カジは「勝手に下戸のことを他人に話すなよ」とは思ったが、目上の人物に注意するのはなかなか難しいものだ。
それに、下戸という事実を今更変えるのも不可能だ。生まれ持った体質は、受け入れるしかない。
酒が飲めない=甘党=子どもっぽい、というイメージがあらゆる種族の社会に浸透しており、下戸のカジはこういう店での振る舞いに苦労を重ねてきた過去がある。
マスターの女性はニコリと微笑み、冷凍されたフルーツを器の上に削り始めた。
やはり、彼女に「子どもっぽい」と思われただろうか。カジはアイスクリームの上に盛られていくフルーツをぼんやりと眺めていた。
「まず、お前に伝えなきゃいけないことがあってなぁ……例の捕まえた冒険者だが――」
「マーカスのことですね」
「あの男は例の拷問施設に送られたよ」
「そうですか」
「きっと、ヤツがとことん苦しめてから殺してくれるさ。アイツの右に出るほどの拷問官はいないからな」
マーカスの送られた拷問施設は、国外でも悪名高い。送られた者は生きて帰ることができず、徹底的に情報を絞り出されて凄惨な最期を迎える。捕らえた冒険者の中には、自刃を選んでまで移送を拒否する者がいるほどだ。
そこまで恐れられている背景には、施設に所属する拷問官の存在がある。その素性を知る者は少ないが、容赦なく相手を痛め付ける能力はどの魔族よりも長けている。
彼のことを思い出し、「アイツは平和を求めるシェナミィとは正反対の人物だな」とカジは思った。きっと、二人が出会うことはないだろうが。
「ところでカジ――」
「はい?」
「お前にまた頼みたいことがあってな」
その瞬間、カジの背筋は凍りついた。
依頼に関する定期連絡で、まさか依頼を重ねられるなど、カジは予想もしていなかったのだ。
「はぁ……何でしょう?」
「実は……人間族の間で妙な動きがあるという情報を、諜報員が掴んでなぁ」
「『妙な動き』とは?」
「王国の領地内で一部の盗賊が、多くの『
「何ですか、それは」
どうしてそんなことになっているのか、とカジは怪訝に思った。
殺害ではなく、拉致。
ギフテッドの数を減らすことが目的なら、その場で暗殺すればいいだけの話だ。なぜ、その盗賊はギフテッドの拉致を繰り返しているのだろう。
「もちろん、王国憲兵も調査を進めているようだが、盗賊の捕縛には至っていない」
「一体、その盗賊団は何の目的でそんなことをしているんです?」
「だから、お前にはそれを調べてもらいたいんだよ」
「ああ……そういうことですか」
ここで、カジは自分に押し付けられる依頼の背景を理解した。
魔族はこの不穏な動きに関する情報を集め、何らかの形で利用したいと考えているのだろう。魔族としても、ギフテッドが消えてくれれば好都合だ。
またしても、面倒くさい任務を押し付けれてしまった。
「盗賊団の活動地域やギフテッドの攫われた場所を記した地図も渡しておく。その情報から、ヤツらを見つけ出し、真相を掴んでくれ。これは冒険者の討伐と同時平行で頼むぞ。これは王国内での問題だし、我々魔族とは無縁にも感じる話かもしれないが、不穏な動きは調べておくに越したことはないだろ」
「まあ、それはそうですけど……」
カジはマスターから差し出されたフルーツパフェを口へ運びながら、ちらりと資料に目を通した。
消息不明になった数十人のギフテッドは、性別や年齢も拉致された場所もバラバラ。剣士から魔導士まで、様々なクラスの人間が標的だ。
一連の拉致の手口として共通するのは、狙われたギフテッドが、一人になったところを拐われている、という点だ。
拉致は、無差別に行われているのか。
いや、それならもっと効率良く、多くのギフテッドを拉致する方法があるはずだ。
犯行の度に場所を大きく移したり、一人ずつ拐ったり、面倒くさい真似をするだろうか。単独犯ならともかく、盗賊団ならそれなりに強さも人手もある。そんな彼らが複数人を一度に拐わないのは不自然にも思える。
事件の共通点からして、相手は無差別に数を稼ぐことを目的としていない、と見るべきだろう。
一連の拉致事件には、何か法則性が隠されているのだろうか。
「意外と真剣に読んでるな」
「そう見えましたか?」
「謎解きはワクワクするだろ?」
「それは、状況によります」
カジは資料から概要を掴むと、書類を懐に入れた。
「じゃ、頼んだぞ」
「過度に期待はしないでくださいよ。ただでさえ、敵の冒険者も多いんですから」
広大な王国内を不規則に移動する盗賊団を捜索するなんて、余程幸運でないと無理だろう。
カジはこの依頼に、あまり積極的ではなかった。
「それと、拾った猫にもよろしくな」
「……」
相変わらず、マクスウェルはシェナミィのことをある程度掴んでいるようだ。
カジは笑って誤魔化すことしかできなかった。一体、どこまで彼は知っているのだろうか。
こうして、カジは席を立ち、バーを出ていくと、カランカランとドアベルの音が店内に響いた。
「まったく、せっかちなヤツだ。もっと、ゆっくりしていけばいいのに」
カジの席には、パフェの空き皿が残されている。
「あら……あのお客様、あんなに山盛りだったパフェを、もう全部食べちゃったの?」
「ハハッ、カジは甘党なんだよ。本人はあんまり自覚してないけどな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます