第10話 強姦者

 酒場に入ってきた男性冒険者たちはカイトの傍に立ち止まると、席に座る面々を一瞥する。彼らのリーダーらしき人物が浮かべる卑しく汚い笑みに、僧侶プラリムは息を殺した。


「なあなあ、知ってるか? 大して強くもない虹蝸牛アルクスレアの素材を採集する任務に失敗したヤツがいるらしいんだよ」

「ええ? そんなことあり得るんですかぁ? 一体どこのどいつなんなんでしょうねぇ、ギルドの恥晒しは」

「カイトぉ、そいつらの名前を知ってるだろ?」


 その男たちは、わざとらしく声を高くして同業者組合ギルドに広まっている噂を口にした。


 勿論、彼らの言葉はカイトたちのパーティを指している。カイトたちパーティは全員、胃の奥にムカつきを覚えた。

 しかし、男から放たれる威圧感に、誰も言い返せなかった。拳を強く握り、歯を食い縛って堪える。


「……何の用だ、マーカス」

「勇者の面汚し共がこんな場所に集まって何をしてんのか、気になってなぁ」


 マーカスと呼ばれた古傷の男はカイトの肩に手を回し、彼を力強く掴み寄せる。


「こんな様子だと王都闘技大会の優勝者も大したことねぇらしいな」

「何だと?」

「所詮、お前は田舎者の弱小剣士だってことよ。その後に行われた王女様とのエキシビジョンマッチじゃ、手も足も出ずに負けてたもんな」


 かつてカイトが優勝した闘技大会。彼はあらゆる猛者を破ってきたが、決勝後に企画されていた王女との試合には敗北していた。

 以前からそのことをマーカスは何度もカイトをさげすむネタに使ってくる。「狭い世界でイキがってただけのクソガキに、冒険者の仕事なんて務まるわけない」など、周りにベラベラ喋っているらしい。


 何度か殴りたい衝動に駆られたカイトだが、冒険者としての実力もギルド内でのランクもマーカスはカイトより格段に上だ。下手に反撃すればそれ以上の報復を受けてしまうため、カイト一行はひたすら耐えるしかなかった。


「またか」と苛つきを見せるカイトに、マーカスはそっと耳打ちする。


「なあ、見せてみろよ。依頼の契約書」

「は?」

「お前らがやろうとしていた依頼に興味があるんだよ」


 このとき、カイトは契約書を見せることにあまり気が乗らなかった。

「マーカスは依頼実行中の冒険者に妨害工作をしている」という噂があり、自分たちもそれの被害に遭ってしまうのではないかと不安を感じたからだ。


 しかし、妨害なら魔族の襲撃者からとっくに受けている。

 作業が完全に詰まっているのに、これ以上何をされても問題は悪化しないだろう。

 そう考えたカイトは懐から契約書を取り出し、マーカスへ見せた。


「ハハハッ! こんなクソ簡単な依頼を四人がかりで失敗したのかよ! こんなに報酬がいいのに、勿体ねぇな!」


 屈強そうな男たちは腹を抱えて笑い、その野蛮な声を酒場全体に響かせる。多くの視線がカイトたちに集まっていくのを感じつつ、マーカスは再び彼へ耳打ちした。


「なぁ、この依頼、俺に寄越せよ」

「えっ?」

「別に問題ないだろ? 達成期限まで時間はたっぷりあるし、今なら請負人の変更も利く。使えない後輩の尻拭いをやってやるんだよ。ま、報酬金は全部俺たちが貰うがな」

「……少し相談させてくれ」


 カイトは自分の仲間とテーブルの中央に顔を近づける。ヒソヒソと小さな声で意見を出し合い、マーカスの提案を受け入れるか否か決定しなければならなかった。


「皆、どうする?」

それがしは構わない。予想外のトラブルが起きた以上、深追いは避けるべきだと思う」

「アタシも。こいつらに見返してやりたい気持ちもあるけど、違約金を払いたくないし」

「わ、私も……皆に同意です」


 結論はあっさり出た。

 皆、あの襲撃者との力量の差が体に染み付いていたのだろう。

 もし次に遭遇しても、勝てる自信はない。

 カイトは席から立ち上がると、契約書をマーカスへ突き出した。


「……依頼はあんたに譲ってやる」

「よし、早く受付で名義を変更してもらおうぜ」


 カイトとマーカスは受注カウンターへ出向くと、受付嬢に依頼請負人を変更するよう申請した。違約金に比べたら、契約変更手数料なんて安いものだ。受付嬢から了承の印が押され、報酬の受取人もマーカスへ変わったのだった。


「これでこの依頼はあんたのもんだ」

「ありがとよ、カイト。たっぷり稼がせてもらうさ」


 こうして、マーカスたちはカイトの前からようやく姿を消した。カイトたちは緊張の糸が解れ、深く溜息を吐いた。


 一方、マーカスたちは組合の支部を出ると、依頼実行の準備をするために商店街へ歩いていった。彼は手に持った契約書を眺めながら、満足そうに笑みを浮かべる。


「この依頼主、いい金の匂いがするんだよ。貴族との関係が強くて、政界にも顔が利く商人だ。多少の危険を冒しても依頼に出向く価値は十分にある」

「そりゃ凄いっすね」

「うまくいけば、お抱えの傭兵にでもしてくれるかもな。安い仕事しか紹介してくれねぇ同業者組合ギルドとはおさらばさ」


 冒険者の雇い口も様々ある。国家からの直接依頼や、組合に寄せられた民間からの依頼など。

 その中でも商人や貴族からの依頼は特に報酬がいい。彼らに笑顔と恩を振り撒いて太いコネクションを持てるようになれば、貧困層出身の冒険者でも裕福な生活に辿り着ける。


「ところで例の魔族、本当に出ると思います?」

「さぁな。どっちにしても、俺たちで排除すればいいだけのことさ。あんなひよっこ冒険者と俺たちじゃ、強さが比べ物にならんだろ」


 皆、カイトたちの「魔族兵と遭遇した」という報告には半信半疑だった。


 あの凶暴なモンスターばかりが彷徨うろつく森林に待ち伏せするなんて自殺行為に等しいからだ。モンスターを単独で退けられるほどの実力があれば可能だろうが、それは高名な武将クラスの魔族しかあり得ない。そんな人物がたった一人で森林に篭るなんて不自然である。


 不確定要素は残るが、マーカスにはそれを退ける自信があった。

 先日も、警備が厳重な鉱山から稀少鉱石を強奪できたばかりである。自分の前に敵はいない。そう確信していた。

 どうせカイトが遭遇したのも、群れからはぐれた大した魔族でもなかったのだろう。遭遇したら捻り潰せばいい。マーカスの目は好戦的にギラギラと輝いた。


「けど、大丈夫なんすか?」

「何がだ?」

「今、アイツが勝手に抜けて、俺たちは三人パーティじゃないっすか」

「構わねぇ。どうせ簡単な依頼さ。あんな役立たずの隻眼女が一人抜けたくらいで、俺たちの強さは大して変わらねえよ」

「でも、夜に抜けねぇってのは辛いっすね」

「そうだなぁ。今度会ったら、たっぷり抜いてもらおうか」

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