第2節 シェナミィ
第9話 冒険者ギルド
魔族領との国境線が近いその町には、冒険者向けの仕事を紹介する「
その木造の巨大な建築物には契約を行うための相談室や情報交換するための酒場があり、その日も冒険者たちで支部内は賑わっていた。
その酒場に向かって歩く一人の青年。
彼の首には銅色の小さなプレートがかけられ、そこに「カイト」という名前が彫られている。それは
カイトは酒場に入ると、先に席へ着いていた同じパーティメンバーの顔を見下ろした。
「皆、集まってるな?」
「大丈夫。ちゃんと回復したよ」
カイトの仲間たちは同じテーブルを囲み、微笑みを返した。
大柄の男は、「盾使い」のロベルト。
長身の女は、「魔導士」のアリサ。
小柄の女は、「僧侶」のプラリム。
カイトとともに行動し、ギルドに寄せられた依頼をこなしていくパーティメンバーである。
「カイトさんも怪我の具合は大丈夫ですか?」
「ああ。痛みもかなり引いた。プラリムがすぐに治療魔術を施してくれたおかげだよ」
カイトは自分の頬を軽く擦って見せた。
数日前、彼らはギルドで受けた依頼を実行しようと森林に立ち入ったとき、魔族らしき男から突然襲撃を受けたのだ。重い拳や蹴りによって仲間は次々と血の海に沈み、全滅しかけたところを謎の狙撃手に助けられた。
「それにしても、あの魔族は何者だったんだろうな」
「気配を消して待ち伏せし、まずは攻撃手であるカイト殿を気絶させ、次は
「あんなに強い敵兵が森林にいるなんて、私たちの耳には届いてなかったのに……」
蹂躙劇を最初から最後まで見ていた僧侶プラリムは、当時を振り返って手が震え、過呼吸になりそうだった。
自分へ振り上げられるナイフの反射光が、今も脳裏に焼き付いている。
あのとき、すぐ傍にまで死が迫っていた。あの後、謎の狙撃手が自分を救わなかったら、この体はどうなっていたのか。それを考えるのが恐かった。
「そ、それで、私たちの受けていた依頼の状況はどうなっているのですか?」
プラリムはテーブルに身を乗り出し、襲撃者のことを頭から離そうと話題を切り替えた。
カイトたちの受けている依頼は、初心者向けの簡単な内容だった。
国境近くの湿原に生息する稀少モンスター、
「依頼の達成期限まで時間はあるが、あの森を横断しないと間に合いそうにない」
「つまり、また彼に遭遇して追い返されたら、この依頼は破棄するしかないってことですか?」
「残念ながら、その通りだ」
「そんな……」
パーティの面々は俯いた。
また、依頼の破棄によって違約金も発生する場合もあるし、その額も安くはない。冒険者が魔族から奪い取った物資の提供の遅延によって被害を受ける人間も多数存在するためだ。その埋め合わせをするのが違約金であり、依頼によっては莫大な金額を取られることもある。
カイトたちの受けた依頼は難易度に対して報酬が高めに設定されており、これを受注できたのは幸運だと思っていた。違約金もそこそこ高いが、魔族による警備も比較的薄い地域で、すぐに達成できると考えていたのだ。
「せっかく、良い依頼を見つけたと思ったのに……」
「あのときは、ラッキーだと思ったよなぁ」
それなのに、まさかあんな強敵に遭遇するなんて全くの予想外だった。相手がモンスターなら強烈な閃光や悪臭で足止めして逃げ切ることができたが、熟練した魔族兵が相手ではそれも難しい。彼の攻撃を受け、全員でギルド支部まで撤退するしかなかった。
このままでは依頼主に違約金を払わなければならない。
しかし、パーティは皆、ギルドに参入したばかりの初心者だ。大した貯金もないし、今の所持金に生活の全てが懸かっている。
「だ、大丈夫だって。今、ギルドが調査隊を編成して確認に向かっているし、アイツの存在が認められればギルドや依頼主も達成期限を延長してくれるかもしれないだろ?」
「そう簡単に姿を現してくれるでしょうか?」
「元気出せって。依頼を受けるって決めたのは俺だし、プラリムに責任はないよ」
「で、でも……」
自分がしっかりしていれば、あの襲撃に対処できたかもしれないのに。
そんな後悔が各々の心にモヤモヤと淀んでいた。一瞬の油断で命を失いかけ、戦士としての自信が大きく揺らぐ。
仲間にかけるべき言葉が見つからず、彼らの間に鬱々とした無言の時間が流れる。
そのとき――。
「よぉ、お前ら!」
酒場の入口から男の野太い声が響く。
カイトたちが一斉に振り返ると、そこには三人の男性冒険者がこちらに歩いてくる様子が見えた。
先頭に立つ男は不精髭を生やし、頬に古傷がある。体格のいい男で、彼が三人衆のリーダーであることは端から見ても明確だった。
「チッ……嫌なやつが来たな」
カイトは彼らに聞こえない小さな声で呟いた。
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