第11話 ダブル・アビリティ
森林の中に魔族によって建てられた開拓拠点。
まだ屋根が残っている施設はあるものの、今や風雨とモンスターの襲撃によってボロボロになり、長い年月の間に
カジとシェナミィはその一角で焚き火を囲み、先日の鉱山襲撃事件について彼女へ尋問を開始していた。
明らかに不審な態度を見せるシェナミィに、カジは彼女が犯人である確証を得る。シェナミィは尋常でない量の冷や汗をかきながら俯いた。
「やっぱりお前が犯人か!」
「う、うん。ごめん……なさい」
「『ごめん』で済むなら軍や騎士団なんていらないんだがな」
「うっ……」
カジはシェナミィの胸倉を掴み、自分の前に彼女の顔を近づけた。彼女は捨てられた子犬のような顔で縮こまり、今にも泣き出しそうな瞳でカジを見つめ返す。
「あんなことをやっておきながら、よくも『仲間になる』なんて口を叩けたもんだな」
「ひぃっ!」
「ここで殺されたくなかったら、こいつのことについて色々と吐いてもらうぞ」
カジは鉱山襲撃の主犯格らしき男が描かれたビラをシェナミィの目の前に突き出し、紙の中にいる男と彼女を向かい合わせる。
「おい。こいつの名前は?」
「ま、マーカスだよ……」
「それで、どんな冒険者だ? 所属や戦闘スタイルについても教えろ」
「近くの
「紋章を二つ持ちか……」
冒険者の体表に現れる精霊紋章の数は、ほとんどが一人につき一つだけだ。紋章の模様によって何が得意な体質なのかを決められ、多くの冒険者はそれに沿った戦術を組む。
しかし、稀に二つ以上の紋章を浮かび上がらせる冒険者が存在する。剣術も得意で、魔術も得意。そんな能力に富んだ個体も確認され、彼らは「ダブル・アビリティ」と呼ばれている。
彼らはどんな戦況でも臨機応変にスタイルを変えて立ち回れるため、相手にすると少々厄介だ。
「それで、今ヤツはどこにいる?」
「分からない……けど、多分まだ
「それじゃ、鉱石強奪も高い金で依頼されたのか?」
「うん……」
シェナミィの証言により、マーカスという男の素性が少しずつ分かってきた。
おそらく彼は同業者組合に所属する冒険者の中でも相当な手練れだ。金と遊びに目がなく、そのためなら多少危険な依頼も引き受ける。
普通、こういった実力者は国家直属の騎士団に所属していることが多いが、目立つ素行の悪さに国から弾かれているのだろう。
こうなると彼が鉱山襲撃に至った裏には、大商人や貴族からの報酬のいい依頼があったはずだ。いずれ依頼を繰り出す根源まで叩かねばなるまい。
「雇主の身元は?」
「た、確か……武器商のドレイクっていう人」
「ドレイク……か」
カジも「ドレイク」という名前は聞いたことがある。
ここ最近、急速に力を伸ばしている商人だ。
魔族領地内の資源に目をつけており、それを素材とした武器の生産・販売で稼いでいる。こんな依頼を今後も出してくるならば、早急に潰す必要があるだろう。
カジはそこまで聞き出すと、シェナミィの胸倉を掴んでいた手を離した。彼女は地面にペタンと尻餅をつき、ホッと息を吐く。
「ねえ。私をこれからどうするの?」
「こいつの逮捕に協力するなら、刑を軽くする取引をしてやってもいい」
最初はすぐに軍へ容疑者として突き出す予定だったが、カジの気は少し変わった。
思っていたよりも事件に関する情報をベラベラ喋ってくれるので、逃げる意志さえなければ泳がせるのもアリだと考えたのだ。
尤も、自分から逃げたところで、すぐに追いつく自信があるが。
鉱山襲撃の主犯格であるマーカスやドレイクを捕らえるためにも、いつでも彼の情報を引き出せるようシェナミィは生かしたまま利用すべきだ。今ここで貴重な情報源を失うのは、事件解決において大きなマイナスとなる。
せっかく魔法薬まで使って延命したのだ。それ相応の活躍をしてくれなければ薬の代金が無駄になってしまう。
「アイツらを生け捕りにするの?」
「それはヤツらの抵抗次第だ」
事件の詳細な背景を探るためにも、なるべくヤツらは生かしたまま魔族領に送りたい。
だが相手も相手だ。
腕が立つ冒険者は生け捕りに苦労する。激しく抵抗するようならその場で始末することも視野に入れなければなるまい。
「その……仮に逮捕したら、その後マーカスはどうなるの?」
「お前が知る必要はない」
もしマーカスを軍へ引き渡したら、まず彼の拷問と死刑は免れない。マーカスもそれを分かっているだろうし、渾身の力で反撃に出ようとするはずだ。
シェナミィは冒険者が死なないよう手を回したいようだが、事態は深刻だ。
魔族側にも死人も出ているし、魔族の多くは彼への報復を望んでいる。この戦いで誰も死なないなんてことはあり得ない。
「それよりもお前、この男と何かあったのか?」
「え? 何かって?」
「お前がこの森で冒険者や俺たちの活動妨害をしてる理由だよ。アイツと何かトラブルでも起こしたんじゃないのか?」
シェナミィが実際に活動していた期間は約一ヶ月。おそらく彼女とパーティを組んだ可能性のある連中はマーカス一味だけだ。
こんな短期間で彼女が
「そんなの、カジが知る必要はないよ」
しかし、シェナミィはまたしてもカジから視線を逸らし、焚き火を見つめる。先程まで事件の背景を喋っていた彼女だが、自分のことについては急に黙り込む。
「でも、そうだね。強いて言うなら……ノリが合わなかったんだよね」
シェナミィはそれだけ言うと、ゆっくりと立ち上がって自分の眠っていた廃墟の残骸へ戻っていった。再び横になると、そのまますぐ眠りに就く。
カジはその様子を見届けると、再び炎へ視線を戻した。
「ったく……面倒になってきた」
鉱山襲撃事件における死傷者の状況を見ると、マーカスとシェナミィの戦い方には大きな違いを確認できる。
マーカスは警備を強行突破し、その際に警備兵の急所を狙って殺害している。また非戦闘員にまで手を出し、彼らの進んだ道には多くの死体と大量の血痕が残っていたらしい。
一方、シェナミィは離れた位置から狙撃し、増援に駆け付けた兵士の足を撃って足止めをしている。非戦闘員は無視。撃たれた兵士は怪我をしたものの、命に関わるような傷ではなかった。
この両者では、相手へ向けている殺意の量が違う。
おそらく、シェナミィとマーカスには任務の進め方に意見の対立があったのではないだろうか。
シェナミィはそれが原因で同業者組合から離れ、こんな危険な森で馬鹿なことに走った。彼女は冒険者という戦士でありながら、誰も死なない世界を本気で目指している。
「『ノリが合わなかった』……か」
魔王になる以前、カジの周囲にも考え方の異なる仲間がいた記憶がある。
カジから見ても目に余る残虐行為を繰り返し、同じ組織に所属していながらも、扱いには手を焼いた。
主義・主張の違う相手と仲間として絡むのは苦労する。だから、少しだけ彼女の気持ちも分かるような気がするのだ。
もし、自分がシェナミィと同じ立場だったら、自分はどんな行動に走っていただろうか。
相手は実力が格段に上の先輩。自分は活動を始めたばかりの新米。先輩の行動を仕事だと思って割り切るのか。それとも自分の信じる道へ逃げるのか。
カジはそんなことを考えながら夜空を見上げ、深く溜息を吐いた。
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