第19話 色慾の業魔
カジと別れたシェナミィは一人、闇に満ちた森林を歩いていた。夜風が冷たく、露出した肌を刺してくる。
「寒い……」
すっかり暗くなってしまった。
それでも街の方角はちゃんと覚えている。自分の計算が正しければ、夜が深くならないうちに街まで帰れるはずだ。
シェナミィは炎魔法で点けたランタンを前方に突き出し、足元の障害物に気を付けながら足を進めていく。時々カジにナイフで刺された
そのとき、シェナミィの前方にも、別のランタンの光が現れる。歩く振動にあわせてゆらゆらと揺れながら、徐々に彼女へ近づいている。
こんな時間帯に森へ入るなんて、十中八九相手も冒険者だろう。
暗闇で顔は分からないが、三人ほどのパーティを歩いているようだ。
この森を抜けて魔族領へ向かおうとする冒険者をカジと二人で撃退させる。
それがさっきまでの夢だった。
前方からやってくる冒険者たちも魔族領へ侵入するつもりなのだろう。
しかし、もう自分には関係ない。
カジは魔族なのに自分の将来を心配してくれた。その結果、彼は自分を追い出したのだ。
自分の考えが甘いことは薄々分かってたし、彼の言ってることも正しい。
話を真剣に聞いてくれた彼に、反論する気は起きなかった。
あの人たちは無視しよう。
シェナミィは俯きながら、すれ違う冒険者たちの横を抜けようとした。
そのとき――。
「おい、お前、シェナミィじゃねえか」
聞き覚えのある野太い声に振り向くと、そこには頬に傷のある男がいた。
かつてシェナミィと組んでいたパーティのリーダー、マーカスである。
「よお、久し振りだな、シェナミィ」
「……」
「何か返事したらどうなんだよ」
嫌な人間に再会してしまった、とシェナミィは思った。
このパーティの誰にも相談せずに脱退してしまったため、後ろめたさがあったのだ。
彼から目を逸らそうとすると、自分の顔の前にランタンの光を当ててくる。
「おいおい。どうしたんだよ、こんなキャンプ道具なんか持ってさ」
「……別に」
「こんな森の中で生活してたのか?」
「あなたには関係ないでしょ」
マーカスはシェナミィの背負っていたキャンプセットを指差した。そこにはハンモックなどが畳み込まれている。
「俺たちはさぁ、これから魔族領に入って
「ふぅん……」
「今ならお前も連れて行ってもいいぜ」
「私は……別にいい」
「チッ、勝手に抜けたくせに謝罪の一言もないのかよ。こっちは組合での手続きやら新しいメンバーの募集やら、色々と面倒な手間に追われたんだぞぉ?」
マーカスは機嫌が悪そうに、シェナミィの肩に手を回した。
その恐怖と気持ち悪さに、シェナミィの体が震える。
「な、何も言わずに抜けたことは悪いと思ってる……」
「本当にそう思ってんなら少しは態度で示したらどうなんだ? 例えば、これからその体で夜の奉仕をしてみるとかよ。今ならそれで許してやるぜ?」
マーカスにはこういうところがある。彼とパーティを組んだ後に知ったことだ。
娼婦はモンスターの出没する危険地帯まで仕事に来ることはほとんどない。だからマーカスは田舎出身の若い女冒険者を自分のパーティに引き込んで、夜の退屈凌ぎに使う。
シェナミィはそれを知らずにまんまとパーティの勧誘に乗り、夜に三人掛りで襲われた。
「あの夜の続きをしようぜ。お前も楽しかっただろ?」
当時は必死に抵抗したが、あっという間に処女を散らされた。男三人で代わる代わる体を弄ばれ、何度も子種を注がれている。
「ぃ……いや……!」
「妊娠してないなら、もう一回やらねえか?」
脳裏に刻まれた感覚を思い出す度に、震えが止まらなくなる。
その後も胸部や性器に彼の視線を感じるときがあった。それがマーカスのパーティを抜けた理由でもある。
「なあ。どうなんだよ!」
この言葉とともに、シェナミィの胸は鷲掴みにされた。太く固い指が胸の膨らみに深く食い込み、痛みすら感じる。
この
そう思ったシェナミィは肩に回されていたマーカスの手を振り払い、暗闇の中を街に向かって全力疾走した。足場は悪く、泥や苔で滑りそうになる。
「おい、待てよ!」
「イヤッ!」
後方からはガサガサと藪の揺れる音がする。マーカスたちが走って自分を追跡しているようだ。音は徐々に迫ってくる。
しかし、シェナミィの足は万全の状態ではなかった。カジのナイフに刺された脹脛が地面を蹴る度に激痛を発し、うまく走れない。
そして――。
「ぁがっ!」
シェナミィの後頭部に、何かがぶつかった。
それによって意識が急激に薄れていき、彼女はその場に倒れたのだ。
意識が遠退いていく間、男たちの会話が聞こえる。
「それで、マーカス。この隻眼女はどうするんだ?」
「この先に魔族が建設を放棄した開拓拠点がある。そこをキャンプ地にして、この女に色々と楽しませてもらおうじゃねぇか」
* * *
シェナミィは肌へ直に伝わる石床の冷たい感触で目が覚めた。自分は崩れかけた小屋の壁際に横たわり、気を失っていたらしい。
頭がぼーっとする。後頭部に何か強い衝撃を受けたせいか。
「な、何これ……?」
手が自由に動かせない。激しく揺らすと何かが皮膚に食い込んで痛みを発する。その質感からして、自分を拘束しているのはおそらく麻縄のようなものだろう。
そして気付いた。
シェナミィの服は全て剥かれ、今は一糸纏わぬ状態であることに。
「う、嘘……!」
「おお、やっと気付いたか、シェナミィ!」
「マーカス……!」
ゆっくりと小屋に入ってきたのはマーカスだった。
ニヤニヤと気色の悪い表情を浮かべ、シェナミィの裸体を凝視する。彼女は羞恥を感じ、足を曲げて自分の胸と秘部を隠した。
「ど、どういうつもり?」
「お前が勝手にパーティを抜けたとき、
このままではマーカスに身体を好き勝手に弄られてしまう。
そんな恐怖に涙が溢れ出てきた。
「娼婦と遊ぶのもいいんだが、経験のなさそうな女を無理矢理犯す方が俺の好みなんだよ。そういう意味で、お前は俺のパーティにピッタリだった」
「やめて……やめて」
「お前、年齢のわりに、妙に胸と尻が発達してるんだよな。顔は紋章のせいで少し残念だが、身体はなかなか上物だと思うぜ」
もうダメだ。
マーカスからは逃げられない。
シェナミィの口からは、もう嗚咽しか漏れなかった。
そんな泣きじゃくる彼女の耳元で、マーカスは低い声で囁く。
「いいか? 雄の強さっていうのは、いい雌を選ぶためにあるもんだ。そして魅力的な雌は強い子孫を残せる。そこらのナヨナヨした男の子どもを産むくらいなら、俺とヤっといた方が断然マシだぜ?」
マーカスはシェナミィの股を広げようと、彼女の両膝に手を置いた。
シェナミィも抵抗しようと足に力を込めるが、剣士であるマーカスの腕力には勝てない。彼女の抵抗も虚しく、股はすんなりと広げられてしまった。
「それじゃ、もう一度、抱き心地を確かめさせてもらおうか?」
そのとき――。
「ぐああああああああああああっ!」
突如、小屋の外から男の叫び声が轟いた。
周囲の見張りと夕飯作りを任せていた手下の悲鳴である。
「な、何だ、さっきの声は!」
マーカスは行為直前に邪魔された怒りを抱えながら、急いで小屋から飛び出した。
「逃げろ、マーカス……アイツは化け物だ!」
小屋のすぐ手前には、血だらけの手下が横たわっている。あちこちを殴られたのか、顔面が変形していた。
彼はマーカスに何かを伝えると、すぐに意識を失った。耐え難い痛みによって失神したのだろう。
そしてマーカスは、こちらに向かって歩いてくる男の影を捉えた。
長身。
黒いコート。
手のグローブは鮮血で真っ赤に汚れている。
「そうか……お前がマーカスか」
「誰なんだよ、テメェは!」
「カジ・ラングハーベスト。アンタを捕まえに来た隠居だよ」
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