第17話 シェナミィの故郷

 カジは足の怪我と魔力切れを起こして動けなくなったシェナミィを拠点へ運ぶと、渋々ハンモックに横たわらせた。止血用魔法薬や魔力回復促進剤を与えて眠らせる。


「ったく、手間のかかるヤツだ」

「すー……すー……」

「なに気持ち良さそうに眠ってるんだよ」


 どうして自分はこんなヤツの世話なんかしているのだろう。

 彼女のせいで色々と面倒なことに巻き込まれているというのに。


 シェナミィはカジの発した独り言にも起きる気配はなく、傷を癒そうとする獣のように深く眠っている。カジはそんな彼女を横目に、近くの瓦礫に座ってこれからの予定を考え込んだ。


 勇傑騎士団も馬鹿ではない。彼らにカジの姿は見せなかったが、シェナミィの狙撃を目撃したことで何か確信のようなものを掴んだはずだ。

 とは言え、王国上層部に本格的な討伐隊の派遣を要請できるほど強力な証拠にはならないだろう。勇傑騎士リミル率いる調査団は近くの街に入り、カジが行動を起こすのを粘って待機する――というのが予想だ。


「その前に、こいつをどうするかも考えないと……」


 シェナミィと組み続けるか、彼女と別れるか。

 今回のようなことが続くようでは自分の身だって危うくなる。

 彼女をどうするか、その選択肢を突き付けられているような気がした。





     * * *


 シェナミィが目を覚ましたのは、その日の夕方のことだった。

 ひんやりとした空気が頬を刺し、リンリンと不規則なリズムを刻む虫の鳴き声が彼女の意識を覚醒させていく。ボロボロになった壁の穴から夕日が差し込み、その眩しさに彼女は目を細めた。


「ようやく起きたか」

「うん……」

「色々と今回の件について聞かせてもらうぞ、シェナミィ。これ以上素性を話さないようなら――」

「うん……分かってる」


 王国の騎士団に発見されるようなリスクを伴う行動を勝手にとるようなら、今ここで彼女と決別


「何から話せばいい?」

「お前がそこまで人間の命を助けようとする理由についてだ」


 シェナミィが調査団の連中を助けようと走り出したとき、カジは彼女から強い意志を感じた。あの気迫は何から生まれるものなのか。

 カジはそこが気になって仕方なかった。


「私、恐くなったんだよね。冒険者として戦うことが」

「死ぬのが恐くなったのか?」

「違うの。そんなんじゃないんだ……」


 こうして、シェナミィはようやく自分の過去について語り出した。

 これまで尋ねても誤魔化していた過去を、やっと聞くことができる。

 カジは彼女の口から発せられる細い声に耳を澄ませた。


「私の家はさ、小高い丘の上にあってね、そこから街の様子が全部見えてた。スコープを家から持ち出して、街の人が何をやっているのか観察するのが幼い頃の楽しみだったの」

「……それで?」

「珍しい品を売る商人とか、酒場でずっと眠っているお爺さんとか、広場で遊ぶ親子連れとか、街に住む人がどんな性格でどんな生活をしているのか、全部分かってた」


 シェナミィは無邪気な頃の自分を思い出していた。

 父の書斎から勝手にスコープを持ち出し、街の様子を覗く。遠くの野原で遊んでいる子どもたちの様子までハッキリ見えた。

 当時、シェナミィに仲のいい友人はあまりいなかった。眼球の奥に現れる精霊紋章と大きな眼帯のことを弄られ、それに嫌気が差していたのだ。

 その結果、シェナミィは人間観察という独り遊びへ走るようになる。


「隣国や魔族との戦争で男の人が徴兵されて、街全体が悲しみに暮れることもあった。稀にね、戦死者の状況について説明する連絡係が派遣されてくることがあるの。彼が誰かの名前を発する度に、その家族は泣き崩れてた。私のお父さんも戦争で亡くなって、私もお母さんも、沢山の涙を流したの」


 父が亡くなった知らせを聞いた日のことは、今でも覚えている。


 徴兵されて数ヶ月経ったとき、街に軍服を着た男が馬に乗って現れた。

 ゴンゴンと家のドアがノックされる。もしかして戦死の知らせだろうか。それでも用件を聞くまで希望を持とうと彼を家に招き、そのときを待った。


 しかし、そんな祈りなど通用しない。

 あの父が二度と帰って来ないと聞いたとき、シェナミィは胸の奥に何かが沈んでいくのを感じた。

 後から回収できた死体と補償金が一緒に送られてきたが、そんなものでは自分と母の傷は埋まらない。自分は父の書斎で思い出を振り返りながら何度も泣いた。


「死んだ父の部屋を見て『私も大きくなったら冒険者として皆の生活を守らなくちゃ』なんて考えたの。それが戦士として活動し始めた動機」


 戦場で加護を持つ者ギフテッドが活躍する話はよく耳に入ってくる。敵を何人も倒す騎士や冒険者は子どもたちの憧れだ。

 シェナミィ自身が戦場に出向いて敵を倒せば、自国の戦死者は少なくなるはず。そうすれば皆の家族は守られ、自分のように悲しむ人間が出なくて済む――と。


「それから訓練所へ入って、隻眼でも扱える武器のことを聞いたの。それが、幼い頃と同じようにスコープを覗いて標的を撃つ狙撃銃だった。廃棄予定だった魔導式銃を見つけて、部品を組み立てて作り直した。それから新しいパーティメンバーを募集していたマーカスと組んで、やる気満々で魔族領に出向いたの。それが私の依頼デビュー」


 鉱山に出向いたのは、彼女にとって初めての依頼だった。

 仕事に慣れている強い仲間に、しばらく遊んで暮らせるほど高い報酬。

 新人にとってこれほど嬉しいものはないだろう。

 彼女はそんな魅力に惹かれ、冒険者マーカスと手を組んだ。


「でも私、気付いちゃったんだ」

「何に?」

「魔族領にも王国と同じように街があって、同じように人々が生活していることに」


 それは鉱山へ向かう途中の出来事だった。

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