第14話 勇傑騎士団

「チッ……やっぱり確認に来やがったか」


 カジが森に籠り始めてから数日。


 カジは高い崖の上からスコープで森林を偵察していたとき、人間族らしき集団が目に入った。


 とうとう、侵入者の存在をその目で確かめようとする連中が現れたらしい。部隊規模は20人程。服装からして、王国中央政府の派遣した騎士団だろう。「精霊の加護」を持つ者と一般兵の混成部隊である。


 彼らの中でも特に目を惹くのが、先頭を歩く金髪の美男子。

 カモフラージュされているが、他の隊員と比べて性能の高い装備をしている。


 おそらく、彼は「勇傑騎士団」に所属する騎士だ。


 一人一人が平均的な冒険者何十人分もの強さを持ち、大きな戦には必ず姿を見せる。王国民のスター的存在であり、彼らが指示すれば国内のどんな組織も動かせるという。


 彼らの横には前回殺し損ねた冒険者パーティも確認できる。彼らが侵入者のことを上に報告し、今回の調査団が組織されたようだ。


「また面倒なヤツらが……」


 冒険者を生きた状態で引き返させることは、こういう山狩りや報復をされるリスクが伴う。

 殺害、もしくは生け捕りにして魔族領に送れば、調査部隊の派遣も遅れただろうに。


 彼らは前に襲撃した地点へ真っ直ぐに進んでいる。

 おそらく、そこを中心に捜索を開始するつもりだ。


「ったく、どうしたものか」


 カジはスコープを懐に収納し、踵を返して拠点へ歩いていく。


 カジが彼らを直接殺す、もしくは彼らに発見される、などすれば、王国上層部はカジの侵入に気付く。

 そうなれば国は本気を出してカジを森から駆逐しようとするはずだ。敵の攻勢は一気に増し、師匠マクスウェルからの依頼は達成しにくくなる。


 だから今回、カジは彼らの捜索から逃げ切らなければならない。

 彼らが何も発見できなければ、あの冒険者パーティからの報告は真偽不明の保留とされ、この森へ本格的に武力を投入されるまでの時間を稼げる。


「問題は勇傑か……」


 勇傑騎士団の男については隙があれば潰しておきたいところだが、今は見逃すしかないだろう。


 勇傑騎士団は全員、魔族内で危険人物として認識されており、最優先暗殺対象にもなっている。一人一人が王国にとって大きな戦力であり、軍を象徴する存在だからだ。

 しかし今後の任務を潤滑に進めるためには、泳がせるという選択肢も考えておかなければ。





     * * *


 しかしこのとき、カジは大きな問題を抱えていた。


 それは――。


「おい、起きろ」

「ふぇ……」


 カジは拠点にしている廃墟へ戻ると、ハンモックにすやすやと眠っていたシェナミィの身体を揺さぶった。彼女はハンモックからドサリと地面へ落下し、ようやく目を覚ます。

 問題は、成り行きで同行しているシェナミィが逃げられるかだ。


「痛いっ!」

「……」


 なぜ警戒もせずにぐっすり眠れるのだろうか。

 一度命を助けられたからって、安心し過ぎではないだろうか。


「な、何? もう朝なの?」

「……とっくに朝だが」

「じゃあ何で起こしたの?」

「ここから移動するからだ。荷物を全部持って離れるぞ」

「だから、何で?」

「俺たちを探そうと王国が調査団を派遣してきた」

「え! まずいじゃん!」


 シェナミィも冒険者パーティ襲撃の場にいた当事者で、その後魔族であるカジと過ごした。

 当時、例の冒険者パーティの女僧侶は狙撃される瞬間も見ている。そのことが騎士団への報告に上がっていれば、シェナミィが尋問対象になっていてもおかしくない。


 もし彼女が捕まればカジの情報も漏れるし、彼女にとっても「冒険者の活動を妨害する」という目的を達成しにくくなる。


「忘れ物をするなよ」

「ちょっと待って、確認するから……ええと」

「荷物は普段から整えておけよ……」


 カジたちは急いで荷物を担ぎ、その場を離れた。焚き火の痕跡も消し去り、そこに最近まで誰かがいた証拠を残さない。


「ねえ、捜索はいつまで続くかなぁ」

「さぁな」

「ずっとここに戻れなかったりして……」

「一応手は打ってある」


 調査団による捜索を早めに打ち切らせる一手。

 それはすでに実行されていた。





     * * *


「ここです。私たちはここで襲撃されました」


 森林に入ってしばらく歩き続けると、調査団は目的地へ到着した。


 謎の魔族が待ち伏せしていた場所。

 葉が青々と繁る巨木が多く、死角になる箇所が多い。彼はそんな敵を視認しにくい状況を利用して、突然上から現れた。


 僧侶プラリムは息を呑んで彼が降ってきた場所を見上げたが、そこには誰もいない。こちらには優秀な騎士が何人も随伴しているのだ。そう簡単には姿を見せてはくれないだろう。


 前回とは比べ物にならないほどの戦力がこちらにあるが、それでも僧侶プラリムには不安を拭うことができなかった。


 今も彼はどこかで殺意を空気に滲ませながら自分たちを窺っている気がする。

 敵には土地の特性を知ったり罠を張ったりする時間が十分に与えられた。すでに自分たちが何らかの仕掛けに嵌っていてもおかしくない。


「誰もいないな……」

「よし! この周辺を中心に捜索しよう! 各自グループになって散開し、何か発見したら直ちにここへ帰還すること!」


 騎士団はその場に数人を残し、三方向へ探索に向かわせた。やがて風で木葉の揺れる音に人の声が掻き消され、静寂が訪れる。

 当時もこの場所は不気味なほど静かだった。森林の水分を含んだ冷たい風が、プラリムの体をすり抜けていく。


「嫌な風……」


 そう言えば、謎の狙撃手の方はどうなったのだろう。

 ふと、プラリムは思った。


「無事だといいけど……」


 カイトたちが地面に伏してプラリムが絶体絶命の状況へ追い込まれたとき、彼女を救ったのは謎の狙撃者だった。命の恩人に何かあっては心が痛む。顔も名前も知らない人物だが、生きて会えたらお礼を言わなくては。


 あの一撃がプラリムへ降り下ろさんとされるナイフに命中し、敵はそれが原因で逃げ出したことをプラリムは思い出す。


「あ……そうだ」

「どうしたんだよ、プラリム?」

「あのとき、ナイフが……」


 もし現場がそのままなら、折れたナイフの刃が近くに転がっているはずだ。それを回収して騎士団に渡せば、敵がここにいた証拠になる。


 プラリムは姿勢を低くし、自分が追い詰められていた場所を探し始めた。何もできずに負傷したアリサにしがみ付いていた当時を振り返る。地形。木の位置。生えていた苔の種類。覚えている景色を頭の奥から無理矢理に引きずり出し、地面に手を着いて凝視した。


「ここなのに……!」


 しかし、ナイフの破片はなかった。

 地面の落ち葉を掻き分けたり、捜索範囲を広げたりしても、あの刃は見つからない。泥で手が汚れるだけだった。


「どうして……!」


 おそらく襲撃者は再びここに戻り、あの破片を回収したのだろう。


 プラリムは証拠を掴めなかったことを悔やみ、唇を噛み締める。当時は仲間の治療とその場からの逃亡に必死で、ナイフのことなど考える余裕などなかった。いつまた追い討ちされるか分からない状況では、とにかくそこから離れて逃げるしかない。


「おい、大丈夫か?」

「は、はい……もしかしたら証拠のナイフが残っているかもしれないと思ったんですけど、先に回収されてたみたいです」

「証拠は残さない……か。アイツも本格的に国家騎士団を相手にしたくないんだろ」


 カイトも深く溜息を吐く。

 例の魔族は大規模な部隊と戦闘になることを恐れているようだ。

 もし今回の捜索で何も発見されなければ、しばらくは調査隊が派遣されて来なくなる。


 冒険者たちが安堵した時期を見計らって攻撃を仕掛け、次こそ犠牲者が出るかもしれない。

 それに、敵が森の中だけに留まっている保証もないのだ。

 近くの街に出没する可能性も十分にある。


 敵の恐ろしさを身を以て知っているカイトたちは、何としても尻尾を掴もうと闘志に奮えた。


「今の俺たちには心強い味方も沢山いる。絶対に見つけ出して、他の被害者が出る前にここでヤツを食い止めるぞ」

「はい!」


 カイトによる仲間への檄に、アリサもロベルトも頷いた。次こそあの魔族にリベンジするのだ。

 プラリムも仲間の静かな闘志に微笑み、低い姿勢から立ち上がろうとした。


「あれ……どうして?」


 そのとき、彼女は周辺の景色に違和感を覚える。


「何か見つけたのか?」

「いえ。その……虫が木の幹に沢山集まってるんです」

「虫?」


 プラリムの視線の先には、巨木の硬い幹にできた裂け目に集っている昆虫たち。一心不乱に幹をペロペロと舐めて何かを食している。

 ツンと鼻に来る甘い匂い。果実を発酵させたような強い香りに、プラリムは顔をしかめた。


「虫が樹液を舐めているだけだろ」

「違います! 私、ずっと山奥の農村で生活していたから分かるんです!」

「ど、どうしたのよプラリム?」

「この木、私の出身地では薪としてよく使われていた種類なんですが、樹液の匂いはこんな感じじゃありませんでした!」


 そのとき――。


「ウワアアアアッ!」


 突如、騎士団員の悲鳴が森の静寂を断ち切った。その場にいた全員が一斉に振り向き、現場の空気が凍る。

 そこには散開して探索へ出ていた騎士たちが血だらけの状態でこちらに向かって走る様子が見え、プラリムはまた魔族の攻撃が始まったのかと固唾を呑んだ。


 調査団を率いる勇傑騎士のリミルが、彼らへ駆け付ける。


「な、何事だ!」

「モ、モンスターです! あちこちにいます!」


 そのとき、ゾゾゾと藪や落ち葉の中で何かが蠢いた。


 光沢を持つ黒い甲殻。

 鋭い棘が隈なく生えた脚。

 何かを探るようにビクビクと動く触覚。


 遅れて木々の陰から続々と顔を見せたのは、昆虫型モンスターたちだった。

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