第4話 はぐれ冒険者

「アイツか……」


 カジを狙撃してきた犯人は、驚くほど早く見つかった。


 巨大な銃を抱えながら、一人木々の間を息を切らして走る人間族。黒い頭巾を被っていて顔までは分からないが、体格からして若い女であることは容易に推察できる。彼女は時折後方を振り返りながら、狙撃した地点から遠ざかっていた。


 カジは気配を消しながら彼女を尾行した。何としても彼女の正体を突き止め、場合によっては始末しなければならない。これ以上仕事を邪魔されて冒険者を逃がしたとあっては、依頼者であるマクスウェルに顔向けできなくなる。


「誰も、追ってきてないよね?」

「……」


 彼女はカジにひっそりと追われていることも知らぬまま、木々の開けた場所で休憩を始めた。切り株にどっかりと座り込み、持っていた銃を近くの木に立てかける。滴る汗を袖で拭い、ゆっくりと安堵の溜め息を吐いた。


「ふぅ……ここまで逃げれば大丈夫――」

「だと思ったか?」

「へっ?」


 カジは木の上から女の前に飛び降り、白く柔な頬を殴った。


「あぐぁ!」

「仕事の邪魔をされた礼だ」


 謎の女はその衝撃に切り株の後ろへ倒れ込み、フードに隠れていた顔が露になる。

 黒髪の少女。装飾の入った大きな眼帯が左目を隠している。

 カジは相手が抵抗できぬよう即座に武器を奪い取り、彼女の腹を踏み付けた。女は苦しそうに息を漏らし、右目がカジを睨む。カジは銃口を彼女の顔に向けて「動くな」と命令すると、怯えた表情で手を上げた。


「なかなか珍しい武器だな。狙撃銃なんて使っているヤツは滅多に見ないぞ」

「か、返してよッ!」


 カジは取り上げた狙撃銃を見つめた。

 長い銃身と、取り付けられたスコープ。組み込まれた魔導装置。

 これは長距離射撃に特化した、魔力装填式狙撃銃だ。


 狙撃銃といえば、精巧な代物で、生産には高度な技術が求められる。少しでも部品のサイズが狂えば弾は明後日の方向へ飛んでいくため、下手な職人に作らせると使い物にならない。

 出回る粗悪品も多いが、これに関しては上物だった。腕の立つ職人が設計し、組み立てたのだろう。特殊な得物なゆえに扱える人物は限られるが、市場に流せば結構な額になるはずだ。

 それに加え、カジのナイフを狙った先程の射撃からして、彼女の腕も相当なものだ。若く華奢な体ながら、どこか戦闘慣れしている雰囲気もあった。少女だからといって油断はできない。


「ほらよ」

「うぐっ!」

「奪った武器を簡単に返してくれると思ったのか?」


 カジは彼女を踏んでいる足に力を入れ、ブーツを腹に食い込ませる。

 彼は痛め付けて女の体力を奪い、拷問して邪魔した理由を吐かせた後に殺すつもりだった。初めての獲物を逃した憤怒は簡単に治まらない。死にたくなるほどの苦痛を彼女に与えないと、自分の気は済まないだろう。


「さっきの邪魔された借りはキッチリ返させてもらう」

「うがっ!」


 今度は殺さない程度に、女の腹を蹴った。彼女は泥だらけの地面を転がった後、地面を這ってカジから逃げようとする。

 普通の人間なら今の蹴りで動けなくなるはずだが、込める力の量を間違えただろうか。

 カジは彼女の上に飛び乗ると、再び逃げられぬよう圧し掛かった。顔は涙でグチャグチャになり、必死でカジに命乞いする。


「今のを食らって動けるなんて、大したヤツだな」

「こ、殺さないで……」

「お前、まさか……!」


 それはちょっとした予感だった。


 なぜ彼女はあんな武器を使えるのか。

 なぜ彼女はカジの一撃に気を失うことなく耐えられたのか。


 カジは彼女の眼帯を強引に剥いだ。


「やっぱり、お前」

「み、見ないで……」

「冒険者だったんだな」


 そこにあったのは、精霊の紋章。目の中に青く浮かび上がっている。


 彼女は間違いなく冒険者だ。しかし、こんな箇所に紋章が浮き出るなんて珍しい。普通は肌に出ることが多いのに、眼の奥に現れるなんて初耳だ。おそらく、長い歴史の中でも彼女が初めてではないだろうか。まだまだ冒険者の体というのは分からないことが多い。


 それに、冒険者が銃を使うこと自体珍しい。

 魔力装填式の銃は一定の魔力量を溜めることでで弾を射出するため、ほぼ威力が均一になる。剣や魔術と違い、冒険者の強い腕力を活かせず、豊富な魔力を一気に発散させる強力な魔術よりも威力が劣る。銃は冒険者のメリットを殺してしまうのだ。

 銃は余程威力が高くない限り、肉体が強靭な魔族やモンスターには致命傷を与えにくく、貴族の狩くらいしか用途がない。


 カジはそんな狙撃銃使いの冒険者に、ほんの少しだけ興味が湧いた。川底の砂粒の中に砂金を見つけたような感覚だろうか。その場ですぐ殺害してしまうのは勿体ないような気がした。


「いいだろう。命だけは奪わないでやる」

「ほ、本当に?」

「ああ。代わりに人間族の骨やら肉片を集めている研究機関に送ってやる。それでいいだろ」

「えっ!」


 珍しい位置に現れている紋章。この女を見世物小屋にでも売れば結構な金になるだろうか。人間族の女は若いほど相場が高い。加えて、彼女はそれなりに顔立も整っていて美形だった。狙撃銃も、これだけ上質なら質屋も高く買い取ってくれる。少なくとも、折られたナイフを新調するくらいの額にはなるはずだ。


 カジはそんなことを考えながら、動けない彼女を脇に抱えて魔族領へ歩いていく。


「止めて止めて! 離してよお!」

「……」


 引っこ抜いたマンドラゴラのように、非常にうるさい。


「あなた、魔族なんでしょ?」

「そうだ」

「お願い! あなたの仲間になってあげるから、変な場所に送らないで!」

「何言ってんだ、お前は」


 カジはこれまで捕らえた人間族の命乞いで様々な言葉を聞いてきたが、『仲間になるから』という訴えは初めて聞いた。


 何の捻りもない嘘ような言葉に、カジの怒りはさらに沸騰してくる。

 やはり、この場で殺害した方がいいだろうか。


「俺は冒険者を討伐するため、つまり、殺しをするためにここへ来た。本来なら、お前も今ここで殺してもおかしくないんだがな」

「でも、つまり、討伐は手段であって、結果的に、冒険者が領地内に入るのを防げばいいんでしょう?」

「まあ、確かにそうだが」


 元上司マクスウェルからの依頼は、冒険者が魔族の領地内に入るのを阻止し、現魔王アルティナの仕事を減らすこと。

 女が咄嗟に思いついた命乞いの言い訳ではあったが、あながち間違いではない。カジの目的を的確に指摘していた。


「だったら、私もあなたの役に立ってあげるから! ね、いいでしょ?」

「さっき、俺の邪魔をしてきたくせに」

「うぐっ!」


 この女の妨害によって、カジは冒険者集団を仕留め損ねた。いずれ、また彼らは魔族領へ侵入しに来ることだろう。

 そう考えると、この女に殺意が湧き上がってくるものだ。カジが抱えている腕に力を込めて強く締め上げると、彼女は苦しそうに息を漏らした。


「あのときは、あなたが冒険者を殺そうとしてたから、つい……」

「じゃあ、どうやって俺に協力する気なんだよ」

「さっきの冒険者たちみたいに、殺さず恐がらせて逃げさせるの。そうすれば誰も死なずに済むでしょう?」

「はぁ?」


 カジは開いた口が塞がらなかった。

 こんな状況下で必死に交渉しようとする根性も大したものだが、誰も死なせずに争いを治めようとする考え方にも呆れてしまう。


 すでに人間族と魔族の戦いには何人もの死者が出ており、血を血で洗う報復が続いている。今更関係修復するのは難しい。

 そんなこと、皆分かっているはずなのに。

 この女は誰も死なない理想郷でも作ろうとしているのだろうか。


「そんな寝言は寝てから言え。苛つく」

「ほ、本気で言ってるんだってばぁ……」

「誰も死なないように、お前はこの森で冒険者と魔族の戦いを妨害してるとでも言うのか?」

「そうそう! そういうこと!」


 彼女は自慢気に微笑む。


 呆れて何も言葉が出ない。

 カジが今まで出会ってきた人物の中でも、彼女は頭のネジが一番外れていた。これから拷問して売り飛ばし、その先で殺されるかもしれないというのに。呑気にも程がある。


 本当に、この女は何者なのだろう。

 さっきの冒険者集団の一員、ということでもなさそうだ。そもそも、冒険者が単独で行動するのは珍しい。同じ冒険者同士でも戦法には得手不得手があり、自分の長所で仲間の短所を補うように集団で戦うのが一般的だ。


 そういう事実を踏まえて、この女は明らかにおかしいと、カジは感じていた。


「そもそも、何で人間族のお前が冒険者の活動を妨害するんだよ。整合性がないし、そんな話に頷ける訳ないだろ」

「それは――」


 そのとき――。


「グルルル……!」

 

 カジの後方から聞こえる、低い唸り声と、荒い鼻息。

 それは、モンスターの気配だった。

 振り向かなくても分かる。そこにいるヤツは強い、と。


「ねえ! 後ろにモンスターが……!」

「チッ……こんなときに」


 この森に生息する魔獣。

 戦闘技術を持つ熟練の冒険者でも苦戦するという凶暴な化け物が、カジたちのすぐ後ろに迫っていた。

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