第八章 あの日の続き
講義を終えて、帰路に就く。
夕方の涼気を帯びた風に、髪が揺れる。お姉さんが喜んでいるような気がした。
髪が僕の耳を撫でる。それはまるで、お姉さんが何かを囁いているようだった。耳を澄まし、その“言葉”を聞き逃さないように努める。
最初はただの物音に過ぎなかったそれが、次第に意味を持つようになる。
お姉さんは、僕にとあることを伝えていたのだ。
なるほど、と僕は笑みを浮かべて首肯する。
「それは良い考えだと思う。うん、そうしよう」
僕はお姉さんにそう返した。
帰宅する。ホームセンターに寄ったので手には袋を持っていた。
鞄を放り投げる。袋を開封すると、そこにはロープ。
ロープですることと言えば一つ。
僕はお姉さんと一緒に、あの日の続きをすることにした。
“部屋の中にある適当な場所”にロープを引っかける。その反対側には、ロープの輪っかが存在していた。
僕は足場に登り、自身の頭をその輪っかに通す。髪に触れると幸せが満ちた。
すう、と一度呼吸をする。そうすれば、少し心が落ち着く。
あの日のことを思い出す。お姉さんの手の感触を。
あの日の続きをするのだから、何もおかしなことはない。
そうだろう?
僕は足場を蹴り飛ばすように一度跳躍し、宙を舞う。
そして。
がつん、という衝撃と共に、ロープが一気に僕の首を絞める。喉が潰れ、首の骨が潰されそうになりつつ伸びる。
呼吸は即座に薄れた。足掻きようがないし足掻く気もないのだが、薄れる酸素に自身の死を確信する。
なるほど、これは苦しい。僕がどう思おうが、僕の体に刻まれている生存本能は、その役割を果たそうと躍起になるのだ。……働かなくてもいいのに。
さらに酸素が薄くなる。視界は黒く狭窄し、思考も途切れ途切れになりつつある。
世界は僕の目に映らなくなっていた。
その代わり。
僕の目にはお姉さんが映っていた。お姉さんはあの日浮かべた笑みをそのまま浮かべて、僕を優しく見下ろしている。
そしてお姉さんは僕の首に手を伸ばした。髪の毛越しに、お姉さんの手の感触が伝わる。いや髪の毛もお姉さんそのものだから、お姉さんに直接首を絞められているのだろうか。
今ここに至って、僕とお姉さんはあの日の続きをしていた。
痛みも苦しみも彼方に追いやって、僕の中に去来するのは安らぎと、お姉さんに対する信頼。
どれだけ会いたかったのかわかる? と聞きたくなるが言葉を紡ぐべき喉に空気が通らない。仮に空気が通っていたとしても、喉が潰れているので言葉にならないだろう。
そんな僕の心情を見透かしたのか、お姉さんは小首を傾げて優しげな微笑みを浮かべ、僕を抱きしめる。僕はその一連の流れで、胸が爆発しそうだった。
僕はお姉さんを抱きしめ返す。実際の手が動いているかはさておき、そうした。
お姉さんと体温を交換しあう。
あの日の続きを繰り広げる。
終わりが見える。
僕は。
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