第七章 倣

 それから数年後、僕は大学生になった。

 僕が歩くと、髪が風になびく。いや、揺れると言った方が近いかもしれない。

 お姉さんの髪を食べたあの日以来、僕は髪の毛を伸ばし続けていた。形を整えることはあるけれど、短くするということはなかった。

 僕の髪は、あの日お姉さんの髪と一緒になった。僕の髪が僕の頬を撫でたり、揺れたりすると、お姉さんの息づかいが感じられるような気がした。

 切ると、それがなくなりそうな気がして嫌だった。

 確証はないけれど、もし髪を切った結果お姉さんを感じられなくなったら、いよいよ取り返しがつかないことになる。お姉さんの墓をひっくり返して骨を食べるしかないが、さすがにそれは僕の良心がとがめる。

 いざとなったらするだろうけれど。でも、その“いざ”が来ないようにするのは大事だ。

 髪の毛に似合うように、服装も変わっていった。男性的なものではなく、中性的な、あるいは女性的なものばかりを着るようになった。

 そんな僕はいわゆる“普通”からは逸脱しているわけで。

『気持ち悪い』

『オカマ野郎』

『キモイ』

『不気味』

『近寄りたくない』

 などの評価をいただくことが多々あるが、正直だからどうした、という感じである。

 お前らの評価なんてどうでもいい。僕はお姉さんのことを感じられればそれでいいのだ。

 だから、僕はもっとお姉さんに近づこうと思った。

 服装も、お姉さんが着ていたものを、あるいは生きていたらどういった物を着ているかと考えて、着るようになった。

 言動や所作も、お姉さんのものを真似ていった。書く文字すらもお姉さんと同じにしようと思った。

 今僕が通っている大学は、お姉さんが通っていた大学だ。僕はお姉さんの人生をトレースしつつあった。

 また、僕はお酒が飲めるような、たばこが吸えるような年になった。つまりは、成人した。

 年を重ねるにつれて、やれることが増えた。それはつまり、世界が広がったといえるだろう。

 そして、年を重ねるにつれて、世界は色褪せていった。

 人間関係は煩雑でくだらなく、他者が他者の脚を引っ張って蹴落とすこと、どうでもいい欠点をあげつらって笑うことの繰り返しだ。いやまあ、僕がそうされるのは別にいいのだけど、他人がそうされているのを見ると疲れる。

 以上の行為は、きっと今まで受けた道徳教育的には推奨されない、いやむしろ非難されるべきものであろう。

 それでも、この世界にはそんなものが横行している。僕は、そんな世界が嫌になりつつあった。

 潔癖すぎる、と言われればそこまでであろうが。

 なんとなく、僕はお姉さんのノートに書いてあったことを思い出しつつあった。

 孤独だ、という言葉。

 お姉さんは孤独をはじめとする感情で死に至った。

 僕は、お姉さんの死により孤独に至った。

 そして今は。

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