第三章 手記と窒息の記憶①

 結局、お姉さんの髪の毛は、その昔どこかで買ったお守り袋、その中に入れることにした。本か何かで学んだ話だが、髪をお守り代わりにする風習もあったらしいので、無難な選択といえよう。

 それはさておき。お姉さんの葬儀が終わって数日後、僕はお姉さんの両親に呼ばれた。

 お姉さんの両親とも、お姉さんの面影をどこか残しているが、しかしその輝きは全くの別物である。この人たちからお姉さんが生まれたとは到底思えないのだが、しかし実際はそうなので遺伝子というものは不思議だ。もっとも、二人とも憔悴しているせいかもしれないけれど。

 僕はお姉さんの父親と、

「何故お呼びになったのですか?」

「……○○(お姉さんの名前)の部屋の整理をしていて、そういえば××(僕の名前)君は○○と仲が良かったと思って」

「……まあ、それは、そうです」

「××君が○○に貸していたものとかあったら、捨ててしまってはいけないな、と思って。それに、何か欲しいものがあればもらってくれると、嬉しい」

「なるほど。……いいんですか?」

「……ああ。このまま持っていてもどうしようもないが、しかし捨てるのは忍びない、なんてものばかりだから」

「……そういう、ことですか」

 という会話を繰り広げたのであった。

 そしてその結果、僕はお姉さんの部屋にいる。お姉さんはここで死んだという。もしかしたら、お姉さんの霊魂が残っているかもしれないな、なんて稚気じみた空想を巡らせた。

 お姉さんの部屋はよく整理されている。また、年頃の女性の部屋らしく、可愛らしい物品も多数存在していた。

 部屋だけ見れば、これから死にゆくような人間が住んでいたようには思えない。しかし、事実としてお姉さんはここで死んだのだ。最初に発見したご両親のうちのどちらかは、どのような気持ちだっただろうか。

「……さて」

 僕は心を整えるため、敢えてそう言葉を紡ぐ。

 静かに手を合わせ、しばしの間、黙祷した。これで届くのだろうか、という疑問は心の片隅にあるものの、今の僕が出来ることと言えば、これくらいしかない。

 それが終わると、白い綿手袋をつけて、お姉さんの部屋の整理を開始する。整理、といっても元々綺麗な部屋なので、物を漁っていると言った方が近い。

 本当にいいのだろうか、と思うがご両親に許可をいただいているので、多分いいのだろう。

 ……いいのだろうか。まあいいや。

 僕はまず、お姉さんの机を調べることにした。

 お姉さんの使っていた筆記具や、ペン等が出てくる。僕の持っているものとは違って、赤系の色が多い。

 教科書やノートが入っていたので見てみたが、特にこれといったものはない。お姉さんが、勉強に使ったものであろう、という情報しか得られない。

 次に移ることにした。僕はお姉さんの本棚を見る。数冊の少女漫画と、多数の小説。そして大学受験で使ったであろう参考書や、パンフレット等が整然と並べてあった。どうやらお姉さんはあまり漫画を読まず、本を読んでいたのだなあ、と今更ながら気づく。

 この中に僕がお姉さんに貸したものはなく、僕がお姉さんに書籍を貸した記憶もないので、次に移ることにした。

 部屋の一角にあるタンスを開く。タンスはパステルカラーだった。

「…………いや、ダメだろ」

 僕の目に映ったのは、お姉さんの私服だった。おそらく、このタンスは衣装入れになっているらしい。僕が開いて良いものではないように思える。……もっとも、勝手に髪を切り取った人間が何を言っても白々しいが。

 次。

「残りは、ここか」

 しばらくお姉さんの部屋を見たあと、クローゼットを残すのみとなった。

 今のところ僕がお姉さんに貸したものもなければ、何か貰いたいものもない。

 本音を言ってしまえばここで寝泊まりしたいのだが、さすがにそれは許されないだろう。

 どうして寝泊まりしたいかと言われると、それはお姉さんの香りと息づかいを感じたかったからだ。

 それに、お姉さんはここで自ら命を絶ったという。この世界に霊魂というものが存在すれば、そうなったお姉さんに会えるかも知れないな、という自分でも一笑に付したくなるような願望があった。

「まあ、それはさておき、と」

 僕はクローゼットを開く。中には、家電等を梱包していた段ボールが入っていた。

 わざわざ取っていたのだろう。お姉さんらしい、細やかな性格が表れていると言えた。

「……これは」

 それらの段ボールの中に、一つだけただの段ボールが存在していることに僕は気づく。段ボールと言われて想像する色合いの、サイコロのような形の箱。

 その箱は、しっかりと封をされている。瞬間、開けるべきか否か、という問いが僕の中に生まれる。

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