第4話 静かな夜がいいのに

私とエミリーの日常はぎこちなさが残しつつも過ぎていった。と言うには少し無理があった。


コウキ先輩。一週間後に告白の返事を聞くという約束をしてから私とエミリーの前によく現れた。……正確に言うとエミリーの前なのだけど。


………ギチッ。


毎回の休み時間には、エミリーと私のクラスに出没してはエミリーに好きだ!本気だ!!好きなんだ!!と爽やかさを売りにされてた彼のイメージを覆す熱苦しさでエミリーに迫った。昼食の時間にも普段は絶対に生徒会室で食事をしてるのに(私のリサーチは間違いない)屋上でお弁当を食べる私たちの前でやってきては一緒に食事を取る。ちなみに先輩の家は、メイドさんという架空の世界のものだと思ってたものが実存しているらしく、その人(先輩はタエさんと言っていた)が作ってくる重箱のお弁当は、また先輩のキャラを濃くした。


そんな猛烈すぎる暑苦しいディフェンス知らずの先輩の攻めの姿勢は、狭い田舎の高校では噂はすぐ駆け巡った。女子の間では、ギャース!!!グエーーー!!!と獣じみた悲鳴、阿鼻叫喚が何処もかしくもで飛び交い忙しなかった。


「ホントに困るんです」と言葉通りの困り顔をしているエミリー。それでも先輩の猛アタックは加速していく。その様子を私はエミリーの横でいつも見ている。いつも。


……ギチリ。


先輩の猛アタックは、放課後のエミリーの世界平和活動の時も続いた。


寧ろ僕がやろうそれもやろう僕が代わりにしようと出張って邪魔をしていた。


先輩とエミリー……そして何故か後ろにいつもいるおまけ。気づいたら周りの見る目が2+(1)人という風に形成されていた。先輩がエミリーを追いかけてる時もエミリーの代わりに人助けをしている時もエミリーに愛している好きだと言っている時もきっと私は映っていない。私はずっとエミリーの横であなたを見ているのに。


…ギギッギチッ。また聞こえてきた、何の音かは分からない。


「どうして私なんです?」と目が少し痛くなる茜色の夕陽の放課後の帰り道、エミリーは今までの溜めてたものが少し弾けたのか語調強く先輩に聞いた。


エミリーの様子を見てか、ここ数日反転したかのようなハイテンションを続けていた先輩は、水面に石を投げて波紋が浮かべるみたいな静けさを感じさせるみたいな。冷静な。真剣な。表情へと変わった。見つめる先はエメリー。その横のニンゲンはやはり絶対に映っていない。その事が……痛い。そう痛いんだ。


セミが鳴っている。カエルが鳴いてる。それ以上にギチギチギギッギチギチとという音がうるさい。そして何故だか痛い。心が。私はようやく気づいた、悲鳴なんだと。心の悲鳴なんだと、この音が。


「覚えてる訳ないか。まあ仕方の無い事なのだろうけれども」

「何をです?」


ギチギチギチギチギチギチ


「君が助けてくれたんだ、昔」

「私が?」

「君が」

「先輩を?」

「そう」


ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ


ーハッと目を見開く。私は知っている。いや覚えている。だってそれはー


先輩は思い出を語り出す。

「ケルベロス」

「はい?」

「……八重樫さんのお宅のケルベロス、覚えてる。」

「ーはい」


思い出したのかエミリーの瞳に確信が映る。


八重樫さんのケルベロスと呼ばれていた3頭のドーベルマン。それは私も知ってる。


それが10年くらい前に私とエミリーが近所の公園で遊んでいると連れて散歩をしていた八重樫さん(近所の中華飯店を営んでいた叔父さん。店のオススメは炒飯。けれどあまりに量が多く、かつベチャベチャが過ぎると周りからは陰ではとても不評で3年前に店を畳んだ。)から抜け出した事も。


公園で一人で砂のお城を作っていた私達と同じくらいの歳の男の子に襲いかかろうとしていたのも。それが先輩だったというのも。そして男の子を助けるためにエミリーが間に入って……両手が動かなくなるのも。全て私は知っている。私は見ていた。エミリーの横にいたのだから、あの時も。


先輩がその時の想い出を語り終える頃には、エミリーは思い出して複雑な表情へと変わっていた。突然過ぎる再会。自分の両手が漆黒の、固い、女の子とは遠くかけ離れた鋼鉄の義手をつける事になったきっかけ。その男の子が今目の前にいる。


その事件の後、男の子は公園で見なくなった。私はその男の子の事を何回か公園に訪れ探していた。自分を庇って一生残る傷を残した女の子のためにボロボロと泣く彼の姿が頭から忘れられなくなっていた。私はその男の子の事を気づいたら好きになっていた。私の初恋だった。


そしてその男の子の事を思い出すの回数が減っていき、風船のようにしぼんでいき自然消滅しそうになっていた。けど、入学式で当時二年生なのに生徒会長になっていたコウキ先輩が体育館の壇上に上がっているのを見た時、私の初恋は再度膨らみ始めた。心が痛いと叫んでいるみたいに高鳴っていた。


運命。と言ってしまったら逆に安っぽく感じてしまう。けれども10年ぶりに再会して変わっているところそして変わっていないところもある先輩を遠くで追い続ける日々が続くと。信じてしまいたくなった運命を。


愛して欲しかった。エミリーでは無く私を。


「父の仕事の都合でこの街に帰ってきた時からずっと探していたんだ。けれど見つけることができなかった。」


私の初恋の相手は、言葉を紡ぐ。私ではない女の子のために。


「誰かを助けるために必死になってる君を見て、あの時の女の子が誰だったか思い出したんだ」


ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ。


「運命と言ってしまったら逆安っぽくなる気がして、なんか嫌だった。けれども困ってる人を助けて微笑んでいる君を見た時、やはりこの再会は運命だった信じてみたくなった。……だから伝えんだ。高鳴る自分を止める事が出来ず、君が好きだと」


ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ。


先輩に愛の告白をぶつけられ、戸惑いながらエミリーが何かを言っていた。心が崩れる音のうるささと痛みで聞き取る事が出来なかった。そして、不安定な視線は隣にいる私の方へ向けられたが、私は返す事が出来なかった。気づいたら走り出していた。逃げ出していた。耐えられなかった。信じたかった。運命を。


遠くでエミリーが私に向かって叫んでいるみたいだった。


何も聞きたくなかった。知りたくなかった、失恋の痛みなんて。こんなにも自分が弱かったなんて。


気づけば暗くなっていた空を見上げると無数の星が何も邪魔されずに輝いていた。私の心の中と反発するみたいな美しさに消えてしまえばいいのになと口に出して呟いた。


静かな夜がいいのに。私の心は煩くがなり立ていて、そして濁っていた。


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