第2話 生ける満漢全席と言われた男
セカイを救う。そう言った彼女のセカイは変わった。なんて言うにはエミリーの取った行動に私は少し拍子抜けした。
具体的に何をしたかって言うと、信号待ちのおばあちゃんの重い荷物を代わりに背負ったり、風船が木に引っかかって泣き叫んでいた男の子のためによじ登って取ってあげたり。
「いやいやできないよ。フツーの女子じゃできないよ、サイボーグになってないと。」
サイボーグ的なサイコガン的なモノが関係ないじゃんと心に思っていた事が顔に出ていたのか、向かいに座るエミリーはアイスカフェオレを飲みながら私に言った。後、サイボーグ009の事もちょっぴり考えてはいたのだが、それは彼女は読み取れたのだろうか。どーだっていいことなのだけれども。
喫茶店あすか。またの名は私の家。この田んぼばかりの田舎の街では数少ない飲食店。オススメは牡蠣の天ぷら定食にショートケーキが付いてくるあすかセット。この食べ合わせが明らかに良くないだろう組み合わせの理由は、どちらも私の好物。お陰様でクラスの私のファン通称アスラー(誰も呼んでない。私の中だけ)は、1,500円と高校生が一食で出すには中々ハードなコスト設定だけれども必ずこのセットを注文する。どーよ私のそれなりの可愛さはそれなりに我が家の家計を救っている。
そんな私の家で学校終わりにエミリーと私はオチャしてる。エミリーがこんな事になる前も変わらぬ日常。
「だってアスカチャン、知ってるでしょ?私の運動神経がご臨終してるの、ブチ切れちゃってるの。それが今じゃ良いカンジに人助けなんかしてるワケじゃん。それってホントにすごくない?うん、すごいよ」
確かに。確かにエミリーの運動神経は壊滅的だった。50メートル走を15秒で走る人間はエミリーを除いて私の16年と言う短い人生で一度も見た事がない。何も無い道で10分で3回転ぶ人間もエミリーを除いて見たことが無い。急に新体操をし出したのかと勘違いするくらいにコロンと転んですぐに起き上がり、心の中ではマトリョーシカが頭に浮かんでいた。
「アスカチャン、私だから今とても嬉しいの。すんごく嬉しいの。幸せハピネスってヤツなの。だって私がだよ?私が誰かを救えるんだよ?私がだよ?それってやっぱりホントににすごいと思うし、それがすごく嬉しいの。そんでもってきっとできると思うのセカイを救う事だって。」
エミリーの眩しすぎる眼差し。何かができる、何かを変えられる、何かを救える。それが例えセカイであったとしても。確信に満ちた瞳の輝き。あまりにそれが眩しくて、逃げ場を探すように私はテーブルにあるショートケーキ(大好物)の方へ視線をずらし、フォークでいちごを刺す。
カランと店のドアを開ける音。店の中に同じ高校の夏服を着てる2名の男子がはいってきた。アスラーかな?と見てみる。誰だか分かった瞬間、私の心は急にベタ踏みでアクセル全開をキメてしまった。そして、フォークを自分ののどちんこに突き刺した。
「〜〜〜〜〜っ☆★☆★☆★☆★☆★!!!!!!!!!?????????!!!!!!!!!!!!!!」
あまりの痛みに言葉にならない叫びを出しながら飛び跳ね、床をゴロンゴロンとのたうち回りながら、出血により鉄分たっぷりのいちごの果肉をポロポロ溢す。恥ずかし、恥ずかしい!!ちょーーーーーハズい!!マジでハズい!!!!!何でいるわけ?何で来るわけ?何で???
立川光輝先輩(17)。コウキ先輩。私とエミリーの通ってる高校の生徒会長兼サッカー部キャプテン。容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群、さらにはこの田んぼだらけの田舎にでんと聳える超大手精密機械メーカー工場の責任者の息子と非の打ち所がない。人によっては、あまりに非の打ち所がなさすぎて嫌みを感じさせてしまうが、その本人の役満どころの騒ぎじゃない爽やかーな性格のおかげで見事に臭みを消してる。ミスターパーフェクトあるいは生ける満漢全席。………そして私の好きな人。はーとなんてつけないよ。
恥ずかしいところを見られて熟したいちごよりも赤面になりながら転がってる私の事なんか眼中に無いのか、コウキ先輩はズンズン目標へ進んでいく。見ている先は……エミリー…….。
エミリーの方は、食後のミルクティーを飲みながら和んでいたら急に自分の目の前に立ち尽くす先輩を見上げて、戸惑いを隠しキレていなかった。露骨に顔に「?」が浮かんでいた。何なら普段の冷静沈着なイメージがぶっ壊れもいいとこな鼻を拡げてフーフー呼吸してるコウキ先輩に若干ヒキ始めていた。
女の勘。そんなモノを使わなくても丸っとお見通しなコウキ先輩の様子を見て、私の顔には「!!?」が浮かぶ。アッコレ、マジ!!?とはわわっと動揺してる私を尻目にして、覚悟完了したのか冷静さを取り戻した先輩の放つ言葉が、鉄風のように私の心を切り裂く。
「喜多岡さん。キミのことが好きです。ボクと付き合ってください」
スパンと居合い切りをされた私の心は、二人を、現実を、そして突然ドバドバ滝のように涙を流した私自身を見つめる事ができず。生ける満漢全席て何なのよ?数分前に心で呟いた自分の言葉にツッコミを入れてしまった。私を救ってよ、誰か。
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