まがま




 ヒロマル:豆やん起きてる?

 

 ヒロマル:まだ寝てる?

 

 ヒロマル:おーい

 

 ヒロマル:遅れるのは大丈夫なので連絡下さい

 

 ヒロマル:まだ待ってる

 

 豆:起きてるよ

 

 ヒロマル:まがま

 

 豆:マルさんそれ笑えない

 

 

 

 トイレから戻ったらラインアプリに『2』というバッジが付いていた。それを開いて見つけた新しい会話に、俺は自分の顔から血の気が引くのを感じた。

 

 午前十時半。大学からの最寄り駅そばにあるバーガーキング。

 今日、俺は豆やんにアメリカンサイズハンバーガーであるところのワッパーをおごる約束で、改めて『まがま』の話を聞いてもらうことになっていた。

 時間になっても豆やんが現れないのでメッセージをいくつか送り、先に単品で頼んでいたコーラを飲み干したところで尿意を催し、トイレから戻ると席取りのため置いておいたスマホにさっきのやり取りが増えていた。

 もう豆やんの既読が付いている。俺はすぐに通話機能を立ち上げ、豆やんに発信する。コール音が続くが、出ない。俺は、頼む、頼むよと呟きながらコール音を聞き続けていた。

 

 出た。


『後ろにいるよ』

 

 やっと出てくれたと思ったら第一声、そんなことを言われて俺は左右を見回す。

「だから後ろだって」

 背中をぽんと叩かれる。振り向くと豆やんが立っていて、俺は思わずその腕に取りすがってしまう。

「豆やんさっきの、違うんだ。俺じゃない」

 早口になってしまう。豆やんはちょっと驚いたような顔をする。

「今の? あれも怪奇現象?」

 テーブルを回り込み、椅子に掛けながら豆やんが言う。俺は頷く。自分がひどい顔をしているのが分かる。

「マルさんがそう言うなら信じるよ。信じる。でも、そっか。ふうん」

 豆やんは何やら一人合点している。そして、

「それより、俺こそすっげえ遅れたね。ごめんなさい」

 テーブルの左右の端に手をついて頭を下げられ、俺は慌てる。

「いや、いいよ。朝早くから呼び出したの俺だし」

「十時は早くないけどね」

 いやいやいや俺ふだん起きる時間だし、と豆やんに信じてもらえてほっとした俺は妙に浮かれて答えた。バーガーキングのアプリを立ち上げて、豆やんに割引クーポンから好きなものを選ばせ、レジで注文してトレイを両手に掲げて戻り。さーさー食って食って、なんて陽気に促す。

 

「じゃあ今まで、マルさん自身がラインで『まがま』って打ったことは一度もないわけね」

「ない。誓って、無い」

 豆やんはトマトケチャップの小袋を二つ一度に開けて小さなプラ容器に絞り出している。フライドポテト用のディップだ。

「何なのかな。バグ? 乗っ取り? でも、他には何も起きてないんだよね?」

「起きてない。あとラインのサポートにもメール打ってみたけど、こういう事例は他にないって。もっと詳細に調べるとは言ってくれたけど、どうだか」

「ラインにさ、そのスマホ以外の端末でもログインしてるってことはないよね?」

 豆やんが俺のスマホを指さす。

「え、ない、と思うけど」

「危なっかしいな。設定見せてよ」

 設定で確認できるのか。俺は豆やんにスマホを差し出す。豆やんは紙ナプキンで指を拭って受け取ると、更にもう一枚の紙ナプキンをテーブルに敷いてその上に俺のスマホを置いて、律儀に俺にも見えるように操作し始めた。

 ラインの設定画面を開き、アカウントの設定にある『ログイン中の端末』の項目を開いてゆく。

 そこには、他の登録されている端末はなかった。

「まあ、そうだろうけど。一応ね」

 豆やんはふうと息をつく。

「じゃあもう謎に起こっちゃうのはどうしようもないとして、これを何とかできるか、何とかはできなくとも何かしら対処ができるかってことだよね」

 豆やんは俺にスマホを返し、ポテトを数本束にしてケチャップをすくい取る。口に入れてもぐもぐしながら喋る。

「マルさんはどう思う。これを何かがやってるとして、それに意思はあるのかな? これは一体、何をしてる?」

 豆やんはではなくと言った。俺も感覚としてはそれに近い。

 そして俺は問われたことに対し、今まで明言はしていなかったこと、そのように述べることは遠慮していたことを、恐る恐る口にする。

「ラインに、嘘を書いた人間がいたときに。それを指摘する」

 豆やんがワッパーの包装を解きながら頷く。

「正確には、指摘はしていないけどね。『まがま』と言ってるだけ。でもどうなんだろう。『まがま』そのものにも、もしかしたら意味はあるのかな」

「それは――分からない」

「まがま。悪魔の禍々まがまがしい。あとは我慢がまん蝦蟇がまがえるしんの釜で真釜まがま? 意味分かんない。いっそ何言ってっかわかんねえって全部スルーしてもらえるなら、世話ないんだけどね」

 豆やんはワッパーの厚みを口に入るサイズに押し潰している。

「もうサークル内ではさ……いやな感じに認識が共有され始めちゃってる。ラインでマルさんが、嘘つきはどこにいるのかにゃ〜って目を光らせてるって」

 そう。

 実際、ラインで俺をブロックしているサークル部員がもう数名はいるようだ。ツイッターのリア友アカウントのフォロワー数も、露骨に減っている。やましいことがなければ――なんて段階は既に終わっている。俺は気味の悪い奴なのだ。俺だって、ブロックやリムーブで済むものならこの状況自体をそうしたい。

 だが、そんな非現実的なことを言っていても仕方がない。とにかく俺は具体的な策で、立ち向かっていかなければならない。俺は、俺自身を守ることで――浦部さんにも累が及ばないようにしたい。

 俺は気持ちの襟を正し、豆やんに向き直る。

「俺は、できる限りのことはやってると思う。でも、何でも、どんなことでもいいから、他になにか思いつくことってないかな」

ふまほかえてみうスマホ替えてみる?」

 口いっぱいにワッパーを頬張って豆やんが答える。

 その日は結局、それ以上の案が出ることはなかった。

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