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星町憩
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祖父が死んだ。大往生だった。私は最後まで会いに行けず、足がすくんで通夜にも顔を出せなかったが、母や心配した従姉の再三の声掛けでやっと出棺に間に合った。
それまでに見てきたもう一人の祖父や二人の祖母の亡骸と比べ、祖父のそれは亡骸というよりも生きているようだった。額に触れると、ひんやりとしていた。皮膚はしっとりとしていた。母は泣いていた。みんなも泣いていた。心が止まったかと思っていた私も、結局は泣きだし、嗚咽を漏らし、動けなくなった。
祖父のことが一番好きな孫だという自負があった。だのにこの数年会いに行けなかったのは、私が恥の多い人生を歩んでいたからである。それでも会いに行けばよかったと後悔した。会わなくてよかったのかもしれないとも思った。最後の会話を覚えていないので、哀しみの証明がただ湧き上がる涙だけだから。そんなことを思う自分を、誰かが責めている気がした。
後悔したって、もう遅い。
納骨の時、墓場で虫を探した。一人目の祖母が亡くなった時、お墓の花には蜻蛉がとまっていた。二人目の祖母の時は、お墓の周りを揚羽蝶が舞っていた。だから、きっと亡くなった人の魂が虫に宿って、最後のお別れを言いに来てくれるのだと思っていた。けれど、祖父の虫は見つからなかった。それがひたすらに悲しくて、送迎バスの中でまた泣いた。
仏壇の中に、祖母と祖父の遺影が並ぶ。一人きりになることができて、私はやっと祖父母の遺影に話しかけることが出来た。生前の二人に言えなかったことを、人生の恥を、一つ一つ話していく。電気もつかない薄闇で、蝋燭の灯りはオレンジ色だった。
二人は笑っているようにも見えたし、呆れているようにも見えた。怒ってはいなかった。失望してもいなかった。私はようやく、ただの写真だと思っていたそれに、命を感じた。
写真 星町憩 @orgelblue
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