Observer: L

09 かくて廃墟に幕は降り

 義眼の少女の身元は、結局判明しなかった。

 およそ9歳頃からバルビエルの揺りかごクレイドルで眠っていたのだろう、ということしか。


 なんにせよ、犯罪組織バルビエルが商品となる人間の管理のために構築していた仮想空間『スラム』は、この少女、スクリーンネーム『依依イーイー』の協力で壊滅した。

 現実の身体を眠らされてスラムで暮らしていた数百人が救出され、あるいは病院へ、あるいは元いた場所へ送られた。その中には身元不明の者が一定数おり、『依依』もそのひとりだ。左眼を失った経緯も、顔から肩まで大きな火傷をした経緯も、調べてみたが何も分からず、身元の特定にはつながらなかった。


 この取調べ中、私は彼女を毒針シャウラと呼んでいた。彼女は被害者であると同時に、スラムの住人を現実へ解除するコードやスラム自体を崩壊させるコードを記憶させられた、星と呼ばれる重要人物のひとりだ。星はさそり座の恒星の名で管理されていた。

 私は今、公的登録情報がなかった彼女に新しいIDと名前を与え、これまでのことを隠して全く別人として生きていくよう告げたところだった。

 これでIDを渡したら、もう二度と会うこともない。

 私は、最後に何か聞きたいことがあるか、と彼女に言った。


「――すばるは、どうなりましたか」


 震えるような小さな声で、毒針シャウラは言った。

 声も姿も、仮想空間でのものとはまったく違う。


「すばるは、人間ですか。無事ですか」


 捜査には、こちらからも複数のAIを投入していた。取調べの中で彼女もそれを知らされている。

 彼女と、彼女がスラムで共に暮らした『すばる』、つまりEエコーとの間に何があったかは知っている。揺りかごクレイドルでスラムに入っていた間のことはすべて捜査情報だから、Eエコー記録ログは一秒残らず提出されていた。

 私は、回答できない、と彼女に答えた。


「捜査対象者には、捜査担当の個別情報は言えないことになっているから。他になければ、これで」


 身体を大事にしなさい、とだけ私は言って、部屋をあとにした。

 このあと、死んだ捜査員の遺族に会い、入院した捜査員たちの情報をまとめ、AIたちと会議があって、それからAアルファの見舞いに行く。

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