第37話 人波
S駅で電車を降りた孝利は、会社のある北口改札に向かった。改札までの通路は人で埋め尽くされていて、その流れに押し流されながら、ふらふら歩く。
ふと視線を上げると、改札の前に女がいるのが目に留まった。彼女は異様なほど背が高く、周囲から頭一つ飛び出していた。
改札を抜ける人たちの動きを無視して女はその場でじっとしていた。そのせいで人の列が乱され、改札の前に渋滞が起きている。迷惑なことこの上ない。だが、誰も女には目もくれない。まるで気がつかないかのように、彼女の横を通り過ぎてゆく。
横を通るときに文句の一つも言ってやろうと意気込みながら、孝利は一歩一歩女に近づいた。しかし、女の横を通り過ぎるとき、孝利は何も言えなかった。異様に背の高い女は何故か水着を着ていた。S駅の近くには海はない。にもかかわらず、女は水着姿で、スーツを着た人の波に逆らって立ち尽くしていた。女の周囲には言いようのない不吉な空気がただよっていた。声をかけようものなら恐ろしいことが起こりそうな予感がした。
だから、周囲の誰もが女に気づかないふりをしていたのだろう。
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