第26話 空返事

暴力事件で高校を退学になった拓斗はまともな仕事を得られず、十年ほど前まで消費者金融の債権回収をしていた。今で言う闇金融の下請けだったから、かなり手荒なこともした。土足で人の家に上がり込んで、家具を引っかき回し、挙句に生活費すら残さず金をむしり取ったこともある。高校を出たばかりの娘を風俗に売らせたこともある。それ以外にも数え切れないほどの非道なことをした。

「夜道では背中に気をつけろよ」

 拓斗の上司にあたる男は、いつもそう言っていた。拓斗自身も、自分はろくな死に方をしないだろうと思っていた。それほどに酷い仕事ばかりだった。

 月末や月中は特に忙しい時期だった。たいていの人は毎月二十五日ごろに給料を受け取る。年金受給者やアルバイターは十五日に金が入る。そのタイミングで取り立てに行くのだ。

 債権回収の仕事を止める直前に、拓斗はある老夫婦の住むアパートに取り立てに行った。二人は年金暮らしをしていた。拓斗は二ヶ月おきに彼らの家に行き、受給された年金を根こそぎ奪い取った。

 老夫婦の家に行くのはそのときで五度目だった。

 拓斗はまずインターホンを押した。

「はい」

 消え入りそうな声が聞えた。老いた女の声だった。

「奥さんかいな。いつもおおきに」

 声をかけると、ガチャガチャ音がした。受話器を戻したのだろう。

 拓斗は何度もインターホンを押し、ドアを殴りつけた。

「ちょっと、あなた、何ですか?」

 隣の部屋に住む中年女がドアから顔を出した。

「うるさい、黙っとれ。この部屋のもんに貸しとる金を返してもらいに来たんじゃ」

「そこの人は先月亡くなりましたよ」

「そんなわけあるかい。さっき声が聞えとったわい!」

 押し問答が続いた。女は警察を呼ぶと言って脅したが、拓斗はひるまなかった。すると、彼女はため息をついて部屋から出てきた。

「そのお宅に誰も住んでいないと分かれば帰ってくれますか?」

「何を言うとんねん!」

 女は拓斗が取り立てをしている部屋の前に立ち、電気メーターの裏側に貼り付けられたガムテープをはがした。テープには鍵が隠されていた。

 女はドアを開き、部屋の中を見せた。

「上がるんだったら靴を脱いでくださいね。不法侵入がばれると面倒ですから」

 部屋は綺麗に片付いていた。家具は一つもない。じゅうたんの類も敷かれておらず、フローリングがむき出しだ。人が住んでいる気配はない。念のためトイレや風呂、クローゼットも確かめたが、誰もいなかった。

 空っぽ。すっからかん。もぬけの殻だった。

「でも、さっきインターホンに……」

 そう言って振り向いたとき、拓斗の背後にはすでに女の姿がなかった。 

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