第5話 ゆきおくれ

 香夏子の実家はS県の真ん中辺り、山間のY町にある。

 Y町の人たちは、ヒグラシのことを「ゆきおくれ」と呼んでいた。漢字では「逝き遅れ」と書くらしい。

 他のセミが死に絶え、肌寒くなってくる秋口の黄昏時に鳴くヒグラシ。セミの声とは思えない物悲しいその鳴き声が、ひと気のない寂れた町に響くと、どこか不気味だった。だから、町の人たちは死後に成仏しそこねた魂を連想したのかも知れない。

 ヒグラシが鳴いている時期は、夕方の墓所に行ってはいけない。香夏子は幼い頃から母にそう言われていた。香夏子だけではない。Y町に住む全ての子が、親からそう教えられていた。

 だが、小学生の高学年にもなると、冒険心や親への反発が芽生える。

「肝試しをしよう!」

 クラスの男子が言い出し、香夏子たちを含む五、六人で放課後に寺に行き、夕暮れ時の墓地を歩いた。

「ゆきおくれなんて、大人の作り話だよな」

 ある男子がそう言い、他のみんなが肯いた。

「だって、私たちの他にもこんなにたくさんの人がいるんだもんね」

 香夏子と友達だった女の子が周囲を見回した。

 墓地にはたくさんの人がいた。墓参りに来ているのにしては、手桶も数珠も花束も持っていないが、盆の入りの時期と同じくらい、墓地はにぎやかだった。

 人の声にかき消されて、ヒグラシの声も聞こえない。

「これじゃあ、肝試しにならないよな」

 言い出しっぺの男子がつまらなそうにつぶやいた。

 することも無かったので、香夏子たちはそれぞれ、自分の家の墓を参った。大人のマネをして墓石に水をかけたり、墓前で手を合わせたり、おままごとのような感覚だった。

 寺の鐘が鳴った。

 香夏子たちはいっせいに音のした方向を振り向いた。

 音が鳴り止むと同時に、うるさいほどに鳴き乱れるヒグラシの声が耳に飛び込んできた。

 いつの間にか、墓のあちこちを歩き回っていたはずの人たちが姿を消していた。

 そのとき、香夏子は不思議なことに気づいた。

 Y町は小さな町で、町の人たちはだいたい顔なじみだった。もちろん、寺の檀家たちもみんな互いに知り合いだ。それなのに墓地を歩いていた人たちの中に、見知った顔が一つもなかったのだ。

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