第32話 土下座

 村人達がその分厚い鉄の扉にたどり着いてからもう約三十分が経過しようとしていた。


 しかしその扉もトーチによってどんどん切られていく。その少し離れたところからは約三十名の村人たちが農具や森林伐採具などを持って待機していた。


「くそっ……気付けば郷子ちゃんまでいなくなってるなんて一体どうなってんだ」


「あの小人共め! 今のうちにやっておかないと大変なことになるぞ!」


「そうだ、やられるくらいならやってやるんだ!」


 扉が切断されていくにつれ村人達の言葉もヒートアップしていく。


「よし! もうすぐ開くぞ!」


「おぉ!」


 そしてついに切断部が一週し、一押しすると扉がバタンと向こう側へと倒れた


「よし進めぇっ!! 進めぇッ!!」


 村人達は開いた穴を潜り抜けぞろぞろとその先へと進んでいった。


 すると、その先にはまだどこまで続くかも分からない暗く長い通路が続いていた。


 そしてその通路の真ん中には郷子と学の姿があった。その姿に村人達はビクつく。


「な、なんだぁ!? きょ、郷子ちゃん!? 学君も! あんたら大丈夫やったんかい!」


 すると学と郷子はその場に膝をつき、頭を下げ手を床につけた。それは見事な土下座だった。


「村人の皆さん申し訳ありませんでした!」


 そして口を揃えてそう叫んだのだった。


「は……?」


 二人の様子に村人達は急にシンと静かになった。村人達が見守る中、学と郷子は顔を上げた。


「じ、実はその……あの皆さんに見せた映像は僕たちが作った偽物でして……まさかここまで話が大きくなるなんて思ってなかったんです!」


「はぁん!? 偽物って、あんたら、確かに砂音ちゃんの頭の中から小人を取り出してたじゃないか! 砂音ちゃんは死んだんだろ!?」


 その時、部屋の奥の影から皆の前に砂音が人間の体で姿を現した。


「へ……」


 もちろん既にその頭には傷も何もない。服も綺麗にクリーニングされている。


 そしてその手には先ほど急きょ小人達が作り上げたソルトそっくりの人形が握られている。


「さ、砂音ちゃん……あんた生きて……」


 そして砂音はクルリとその場で回ってみせると自分の顔に人形を近づけてペロリと舌を出しウィンクをした。


「て、てへ。ドッキリ大成功! ……なんちゃって」




 それから約三時間後、学の家の縁側には学と郷子、そして砂音が並んで座っていた。


「いててて……」


 三人は森から帰ると村民達にこっぴどく叱られてそれぞれの保護者にゲンコツをくらわされてしまった。そのあとに触れるといまだにズキズキと痛むのだった。


「大丈夫? 二人とも」


 ソルトが二人に声を掛けてくる。


「あぁ……本当たっぷり絞られたな」


 あれだけの騒ぎを起こしてしまい、それがイタズラだったという事になったのだからそれも仕方のない事だろう。むしろこれだけで済まされたのは何だか怒りづらい砂音がいたおかげかもしれない。


「でもまぁ、そのおかげでホムンクルスのアジトがバレずにすんだな」


「そうだな……ま、こんなゲンコツ、郷子のあの蹴りに比べたら全然だよ」


「……悪かったつってんだろ」


 郷子は渋々学に謝る。何かある度にこのネタはこれからも使えそうだと学は密かに思った。


「しかし砂音、お前はいいよな、痛み感じないんだから」


「え……そんなことないよ」


「え、そうなの?」


「痛みを感じないとまともに生活なんて出来ないでしょ?」


「まぁ……」


 ということは学や郷子に頭を殴られた時も痛みはあったという事なのか。


「まぁ、感じる痛みは調整出来るんだけど」


「なんだよ……」


「でもこのゲンコツの痛みはちゃんと味わったよ。そうじゃないと私だけずるしてるみたいだからね」


 砂音はそういうと自身の頭を撫でた。


「……そっか」


 その時郷子がいきなりその場に立ち上がり「あ、あのさ」と言って砂音に頭を下げた。


「ごめん……砂音、お前にはまだちゃんと謝ってなかったよな。今まで私、ずっとお前を疑ってたんだ。信じてやれなくてすまなかった」


 するとソルトは少しの間キョトンとした顔をすると少し微笑んで首を横に振った。


「ううん。私こそごめんね。もっと早くに打ち明けてればこんな事にはならなかったのに」


「……お前には責任があるんだし、こんな秘密そう簡単には打ち明けられる事でもないだろ」


「うん……まぁそうなんだけど」


 すると砂音も立ち上がり、そして二人の手を取った。


「でも良かったぁ、またこれで、昔みたいに三人で仲良しこよしだねぇ」


「……まぁな」


 すると郷子がなぜだか突然「ぷっ……」と噴き出したようだった。


「あはははは」


 一瞬また発狂したのかと思い学は警戒したが、その笑顔にそんな黒い部分は見られなかった。ただそこにあるのは晴れやかな感情だけのようだった。


「どうしたんだよいきなりお前」


「なんかさ、馬鹿なことでずっと悩んでたんだなって思ってさ。よく考えたら悪い奴なんて一人もいなかったんじゃねーか」


「はは……それもそうだな」


「アタシはこれまで本当に誰も信じて来れなかったんだ。クラスのみんなも、叔父さんや叔母さんも、村の連中の誰もかれもが敵に見えていた。ずっと独りで生きてきた。もっと砂音のこと、村のみんなのこと、信じれていれば良かったのに……何だか無駄に日々を送ってきたような気分だぜ」


「そうだな……でもいいじゃんか。結果こうしてまた仲良くなれたんだから。またこれから取り戻していけばいいさ」


「あぁ……そうか。そうだよな」


「また今度私たちのホームに遊びに来てよ。私達、人間と真の意味で関わったことなんてなかったからさ。二人が仲良くしてくれるとみんな喜ぶと思うよ」


「あぁ、そうさせてもらうよ。パパは最近その街にいるんだろ?」


 まだまだ先は長そうだが、学と郷子は小人と人間の架け橋になれるのかもしれない。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る