第31話 パパ

 そのまま振り下ろされるポール。しかし、なんとかそれは学の額ギリギリで停止した。


「んだテメーは……」


 郷子が声の方へと目を向ける。どうやらなぜかその声だけは妙に気になったらしい。


 学も目を開き横に首を傾け、声のした方に目を向けると道の先に一人の小人が立っていた。


「郷子、それ以上やれば取返しのつかない事になる。もうその辺にしておくんだ」


「何なんだ……何なんだよ! 私の名を……パパにつけてもらった名前を気安く呼ぶな……この寄生虫がぁッ!」


 郷子がポールを横に振りその先にあった家屋に直撃した。


「郷子……この姿では分からないかもしれない。だが、私は宗次郎だ。お前のパパなんだよ」


「は……?」


 その瞬間郷子は目の色を変え、学の元を離れて宗次郎と名乗る小人の方へと近づいていった。


「ま、まさか……まさかまさかお前が……お前があの時パパを乗っ取ったぁ!」


 逃げる様子のない小人。郷子は片ひざをつき、その小人を手で掴み、握りしめた。


「うぐ……!」


「郷……子……」


 学は郷子を止めたかったが、先ほどの攻撃により出来ることは郷子の名前を力なく呼ぶ事くらいであった。


「郷子ちゃん! 止めて! 殺しちゃ駄目!」


 郷子の元に駆け寄っていく小人達。その姿を郷子に捕まれた小人が手で制止させた。


「あ、あなたは一体」


 何だか様子がおかしいように思えた。ソルトは宗次郎と名乗るホムンクルスを意外そうな目で見ている。


「ソルト姫。直接お目にかかるのは初となりますね。私はブルーゾの工作員です。この星に亡命したあなた達を監視する命を受けています」


「……!」


 その言葉にソルトは衝撃を受けているようだった。


「はぁ? あんだって?」


 完全に話を理解出来ていない様子の郷子。イライラした様子で宗次郎を睨み付けている。


「郷子……仕方ないとはいえ、これまでお前を放置させてしまっていてすまなかったな」


「てめぇ……この期に及んでわけの分かんねえ事を……!」


 宗次郎は郷子の剣幕に臆することなく、話を続けた。


「実はな……お前の本来の父親は、お前の母が死んだショックで……その当時に身を投げて自殺してしまったんだ」


「な、何を……何を言い出す!」


「その遺体を我々工作員が回収し、そして……私がその体に乗り込む事になった」


 その時にはとりあえず郷子は殺すことを保留したようだった。少し手の力が緩んだようで、宗次郎の話は比較的スムーズに進んだ。


「当時私はまだ青年と言える年齢でね、その年になっていきなり子供が出来てしまった。だから正直本当に大変だったよ。なぜ理由もないのにこんなに泣くのかと、イライラしてしまう事もしょっちゅうだった。しかもそれは、私の子供などではなかったのだから……」


 学は体の回復をはかりながらその様子を伺った。


「しかしお前が次第に成長していく中で、気付けば私はお前に確かな愛情を抱くようになっていた。歩くようになり、喋るようになり、私はお前の一挙一動が愛らしくて仕方がなかった」


 郷子はどこか虚ろな目をしていた。まるで過去を記憶を思い起こすように。


「だが約二年前、私は他の任務に就かなくてはならなくなってな。宗次郎の操縦者を別の者に交代せざるを得なかった」


 学はそれで理解した。郷子の父が人が変わってしまったというのは二年前の話だったはずだ。本当は最初から小人が中にいたというのに、中の人が変わり、郷子にはその時初めて小人がとりついてしまったと感じられたのだろう。


「不幸は重なるものというべきか。お前の父の体はその後病気になってしまった。そしてついに私はお前に別れも告げられぬままに生き別れになってしまっていたのだ」


「じゃあ……私がずっとパパだと思っていたのは……」


「あぁ、それは私だ」


「私に郷子って名前をつけてくれたのは……」


「私だよ、郷子」


「パ、パ……なの……?」


「あぁ……信じてくれるのか?」


 郷子は宗次郎の言葉に目じりからポロポロと涙を出し始めた。掴んだ手をゆっくりとすぐ傍の建物の上へと近づけ、宗次郎をその上に開放した。


「パパ……! パパぁ……!」


 建物の屋根に片手をつき、顔を伏せてポロポロと涙を零し始める郷子。


 そんな郷子の指先に宗次郎は手を触れた。


「すまなかったな……お前を置いてきぼりにしてしまって……これまで黙っていて」


「うっ、うわああああん!」


 そして郷子はそのままその場で街全体に響くような大声で泣き始めた。


 学は何とか自身の体が動ける事を実感すると起き上がり、郷子に向かって近づいていった。


 すると学はソルトに声を掛けられた。


「学、私を建物の上に上げてちょうだい。彼から話が聞きたいの」


「あ、あぁ」


 学はソルトを手のひらの上に乗せて、建物の上へと移動させた。


「ソルト姫、一応彼等にも理解できるよう日本語で話させていただきます」


「えぇ、分かりました」


「私の存在を知るのは初めてになるでしょう」


「……あなたはブルーゾ国の工作員だと先ほど伺いましたが」


 ソルトの態度がいきなりキリッと凛々しそうに変わったように思えた。それはきっと彼女の姫としての側面なのだろう。


「はい、私はこの国の様子を一歩離れた所から監視しその情報を母国へと送っていました」


 それから宗次郎による話が始まった。そこで学が理解出来た事は以下の通りである。


 彼らの星ではたった一つの国、ブルーゾがその星のほとんどを牛耳っていた。その国は王政であり、約二百年前に誰が国を引き継ぐか、王位継承争いが勃発しそうになっていた。


 ソルトの先祖もその継承権を持っていたが、争いを避けるためにこの地球へと亡命してきた。


 そして時は流れ、今再び王位継承の争いが起き、現地にいるその血を引き継ぐ者は全滅してしまった。惑星カイゼムは現在混沌状態にあり、それで宇宙に散らばったアルカルト家の血を引き継ぐ者を探す活動が始まった。


 そこで見つかった一人がソルトだった。その動向を探るために宗次郎のような工作員が本国ブルーゾから送り込まれてきたのだとか。


「なるほど、それでソルトに郷子の父親が小人だって話をしてもピンときてなかったんだな」


 それがソルトをなかなか信じられない理由の一つとなっていたのだが、やっと学は納得する事が出来た。


「あぁ学君も久しぶりだね。以前見た時はあんなに小さかったのに随分大きく立派になったものだ」


「あ、あぁいえ……」


 そういう宗次郎は随分と小さくなってしまったものだ。学は彼の昔の姿を思い出した。背が高くて渋い感じだったように思える。あの中には目の前にいるこの小人が入っていたのか。


「まさか私の娘が原因でこの街を壊滅させるわけにもいかない。干渉する事は命令違反だったが、名乗り出たということだ」


「……そうですか」


「郷子、これまでの調査で分かったことだが彼らの事は信頼していい。決して節度を乱すことなく、静かに暮らしているだけなのだから。人間に害をなすことはないと言っていいだろう」


 宗次郎の呼びかけに皆の視線は郷子へと集まった。


「うん……分かった……」


 郷子は頬を濡らす涙を拭ったあと、まっすぐ宗次郎へと顔を向けた。


「そんな証拠どこにもないかもしれない……でも、アタシにはあなたがパパだって分かる。だから、私はパパの事信じるし、パパが信頼するなら他のホムンクルス達の事も信じるよ」


 郷子は学に目を向けた。


「学……ごめん。お前を信じてやれなくて。お前は学のままだったんだな」


「いいさ……もう分かってくれたんだろ」


「あ、あのさ……アタシが斬り殺した奴等は大丈夫なのか?」


 郷子は次にソルトへ目を向ける。


「うん、中の人は無事みたいだよ。人間の頭蓋骨ってのはなかなか丈夫に出来ているからね。人間の体のほうも時間を掛ければ治せると思う」


「そうか……その罪滅ぼしって訳じゃないけど、私協力するよ。パパを、ここにいるみんなを守りたいんだ」


 差し出される郷子の手。学は今度こそ郷子と熱い握手を交わした。


「あぁ……! ありがとう郷子」


「郷子ちゃん私からも」


「あ、あぁ……」


 ソルトが手を差し出し、郷子はその手に指先で触れた。


「学も」


 そして三人は手を繋いだのだった。その様子を街中の小人が見ているようだった。


「よし……! やろう! この街を村人達から守るんだ」


 学が声を上げる。そこで郷子は少し眉をひそめて首を傾げた。


「しかし、どうするんだ? 協力してやりてぇのは山々だが……村人の奴ら、今更アタシの説得だけで止まるかって言われたら微妙なところだぞ」


「それについては一応用意しているものがあるの」


 するとソルトがそんな事を言う。


「用意してるもの……?」


「私たちの技術……そしてあなた達がうまく演じてくれれば何とかなるかもしれない」




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