第30話 狂舞

 三人は獣道をひたすら進み、洞窟の入口にたどり着いた。学が利用したものとは別の入口だ。


 洞窟を進むと赤い鉄の扉が現れる。牧師は再びカードを使い扉を開き中へと足を踏み入れる。


「へぇ……その扉を開けるにはそのカードが必要なんだな」


「あぁ……らしいな」


 郷子の発言に学はどこか引っかかりを覚えながらも三人は通路を進み先にある扉を開いた。


「ここは……」


 郷子もその先に広がっていた街の様子に驚いているようだった。


「待ってたよ郷子ちゃん」


 すると前方から複数人の小人が入った人間、そして小人達が車に乗って現れた。牧師からの無線連絡で郷子の事を待っていたらしい。手に収まるほどの板が通信機器らしく学は驚いてしまった。


「お前……」


 郷子は中央の車に乗っているソルトの姿を見下ろした。


「郷子ちゃん、私達の事信じてくるの?」


「あぁ……」


「良かった! あのね、郷子ちゃん、村人たちはもう洞窟の中に入ってきてしまってるの」


 学達より先に村人は向かったのだからそれもそうだろう。


「……一体あとどのくらいでここまで辿り突くんだ」


 学はソルトに訪ねた。


「鉄製の扉があるんだけど、それが現在トーチによって切断されていってるみたい。おそらく時間にしてあと三十分程度であの扉は破られてしまうんじゃないかな」


「ちゃんとそんなものを持ってきたのか……」


「私がそう指示したからな……で、村人がやってくる扉ってのはどっちなんだ?」


「あっちだよ」


 郷子の質問にソルトが指を差す。郷子は「へぇ……」とその先を見た。


「しかし、郷子がこれから説得するとして、こっちから扉開けたらこの中がバレバレになってしまうな。またさっきの別の出口から出て村人の後ろから周りこもう。それでいいか?」


 学は確認するように郷子に目を向けると、郷子は急に駆け出した。


「え……郷子?」


 金づちをバッグから取り出すと同時にバッグを捨てる。郷子は一体何をしようというのか。


 見ると道の先に石造の姿があった。あれは確かこの国の先祖の英雄を称えた像ではなかっただろうか。


 郷子はその像までたどり着くと金づちを振り下ろした。像の腕が砕け散り、その像が手にしていた剣が地面へと落ちた。


「ははっ! やったぜ!」


「何をするのデスかー! その像は大切なアルカルト家の……」


 牧師が文句を言いながら郷子へと近づいていく。すると郷子は落ちた剣を拾い上げ、ザン! と牧師の首を跳ね飛ばしてしまった。転がる頭部。そのまま数歩歩いて倒れる体。


「キャー!?」


 するとその瞬間街の各所から甲高い叫び声が上がった。小人達が叫んでいるのだ。


 その様子に学もソルト達も皆固まってしまった。


「ったく、こいつを殺すの何度目だよ」


 そして郷子はその場にしゃがみ牧師のポケットに手を突っ込んでカードを手にした。この街への扉を開くためのものだ。


「な、何をしてるんだ郷子!」


 学は郷子に向かって叫んだ。


「はっ! 私がこいつらを信頼するとでも思ってんのか!」


 郷子は「くくく」と不敵な笑みを浮かべ、ゆらりとその場に立ち上がった。


「学……アタシ、分かったよ」


「な、なんだよ」


「どうもおかしいって思ってたんだ。学がそんな感情まかせの行動にでるなんてな」


 郷子は学の顔に剣先を向けた。


「学! もうそこに学はいないんだな!」


「は……?」


「騙されてここまでやってきて、そして脳を掻き出されて殺されてしまったんだ! そしてその頭の中には今、ホムンクルスが入っているんだろ! だからそんな事を言うんだ!」


「そ、そんなわけないだろ!」


「かわいそうに……死してなお体だけが動き続けるなんて。そんなのまるでゾンビじゃないか。学、今私がその悲惨な末路を終わらせてやる。その頭からホムンクルスを取り出してな!」


 その瞬間、学の背筋に冷たいものが走った。


「お、お前は人を信じるって言葉を知らないのか!」


「信じてたさ! 学……お前は私が唯一信頼出来る人間だった! だがもうそのたった一人も今お前らに奪われたんだァッ!」


 郷子はそう叫ぶと剣を持ったまま学に向かって駆けてきた。


「み、みんな! お願い! 学を守って!」


 次の瞬間ソルトが叫んだ。すると学の前に須藤を含む人間の体を操縦する小人の五人が立ちふさがった。どうやらソルトの命令は絶対らしい。


「や、やめなさい郷子ちゃん! ってうぎゃあ!」


 郷子が剣を振り回す。容赦なく切り裂かれていく須藤たち、破壊されていく建物。このままではすぐに突破されてしまいそうだ。


「お前らがいなければぁッ! この化け物どもぉ!」


 一体どうすればいい。学はとっさに周囲に目を向けた。すると近くに外灯のポールがあった。太さと長さは手ごろ。そして金属で出来ているように見える。あとはこれを手に入れれば。


「ふん!」


 学はそのポールを手にして横に体重を掛けてみた。するとそのポールを支持していた地面が少し動いた。


 いける……!


 学は何度も同じ動作を繰り返し、ポールをその場から引き抜くことに成功した。


「よし……!」


 そしてポールを手にして学が郷子のほうに目を向けるとそこには凄惨な光景が広がっていた。


「うっ……」


 須藤や他の者達は既にただの肉塊と化していた。色々な体の部位がそこらに転がっている。


「くくく……今開放ささてやるからな、学……化け物にその体は渡さねぇ」


 郷子は血のシャワーを浴びたような姿で学に向けて歩みを寄せてくる。


「くっ郷子! 自分でその姿を顧みろよ! お前の今やってる事の方がよっぽど化け物じみてるじゃないか!」


「うるせぇ! 学を返しやがれぇッ!」


 郷子は学に向かって走りより剣を振り下ろしてきた。学は何とかポールでそれを受け止める。


 お互い力を込めあい、つばぜり合いのような状態となった。


「郷子よく聞け! もう一度言うが俺は小人じゃないし、小人達は人間達に敵対しようとしてるわけじゃないんだ!」


 学は体重をかけなんとか郷子の剣をはじき返した。


「ふざけんなッ! そんなのどうやったら信じられるっていうんだよ! その理由は! 理屈は!」


 再び交じり合う剣とポール。二人はお互いの気持ちをぶつけるように力の限り得物を振り続けた。


「そんなものはない! でも確かにあいつは、ソルトは俺が最初から知っている砂音なんだ!」


「ただの直観だっていうのかよ!」


「あぁその通りだよ……! でも、人を信じるっていう事はそういうことだろうが!」


 次の瞬間郷子は剣を学に向かって突き刺してきた。紙一重で横へと避ける。


 建物へと突き刺さる剣。そして学は郷子の腕をポールで叩いた。


「ぎゃっ!」


 郷子は剣の柄を手放した。学は郷子に向けてポールを構え続けている。


「ちっ……!」


 すると郷子はいきなり学に背を向けて駆け出した。


「な、なんだ……?」


 郷子はまさか学に恐れをなして逃げ出したというのだろうか。


 するとその時ソルトが叫んだ。


「学! お願い郷子ちゃんを止めて! カードキーで入り口の扉を開けるつもりだよ!」


「そ、そういうことか!」


 郷子は牧師から奪い取ったカードで洞窟からの扉を開け村人達を招き入れるつもりらしい。


「待て郷子!」


 学は郷子を追いかけ叫んだが当然のごとくそれに応じるつもりはないらしい。


 郷子の足は速い。しかしこの街の端の扉はすぐには開かなかったはずだ。その手前で追いつける。学がそう予想したときだった。郷子がいきなり踵を返した。


 拳を振りかぶり、学を殴ろうとしてきている。おそらく郷子も結局学を制しなければならないことに気づいたのだろう。


 学はポールを手放し、その軌道から外れるために体制を低くした。


「うおッ!?」


 そしてその勢いのまま郷子に下半身に向かってタックルをかます。


「ぐうッ……」


 タックルはうまく決り郷子は仰向けの上体に倒れ、学がその上に馬乗りの状態となった。


 さらに郷子の両腕を押さえる。


「は、離せこの!」


 郷子はもがき脱出しようとしたが、それは難しいようだった。


 学は郷子を完全に制したといっていいだろう。しかし学は、


「……分かったよ」


 そう言って郷子の上から体を起こした。


「え……」


「だから俺の事……俺たちのこと少しは信頼してくれないか。ここにいるすべての人たちの命と生活がお前の手にかかっているんだ」


「私は……」


 学は立ち上がり倒れたままの状態になっていた郷子に手を伸ばした。


「私は……まだ諦めてなんかねぇ!」


「え……」


 次の瞬間郷子は学の手を掴み思い切り体重を掛けて下へと引っ張った。


「うわっ!?」


 バランスを崩しその場に倒れる学。その反動を利用して郷子は逆に立ち上がった。


 そして郷子は倒れた学の腹部を蹴った。


「ぐふっ!」


 それからも容赦ない蹴りが学の体に何度も入れられる。


 そして学が動けなくなったと判断したのか郷子は学から離れ先ほど学が手放したポールを拾い上げた。


 郷子は倒れた学まで戻ると「はは!」と笑いながらポールを構えて振り上げた。


「パパ……見てて! 必ず私……やり遂げるから!」


「ま、待て郷子……」


 学は何とかよけなくてはならない事は分かってはいたが、動く事が出来なかった。力なく手のひらを郷子へと向ける。


「郷子ちゃん! やめて!」


 そこへソルトたちが追いついてきた。しかしその声が郷子の耳に届いている様子はない。


 どうやら学の作戦は、郷子への説得は完全に失敗してしまったようだ。


 もう駄目か……。学はその攻撃受け入れるように目を閉じた。


 しかしその時だった、


「郷子! やめるんだ!」


 二人の横から郷子の名を呼ぶ声がした。




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