第29話 説得

 その二十分後、学は森の中を牧師と共に走っていた。


 しばらくしたところで牧師は足を止めた。それに合わせ学も動きを止める。


「ここデス。あと十分ほどでこの場所に村人達がやってきま-す」


「よし……お前は少し離れた場所に隠れてろ」


 学はその場で隠れるのに適した場所を探し始めた。


 そしてその十分後、牧師が言った通りその場に村人達がやってきた。


「倒せ! あのおぞましい小人を倒せ!」


 暗い森の中、武器となる農具と灯りを手に持ち声を上げながら進むその姿に学は少し恐怖を覚えた。まるでどこかのカルト集団のようだ。


 最初は村人が味方で小人が敵だったはずなのに。今ではあの牧師と学は行動している。考えてみれば奇妙な光景である。いつの間に立場が逆転してしまったのだろう。


 学は隆起した木の根の下に身を隠していた。なぜこの場所にいるのかというと、おそらくこの場所は身長が低い者からしか見えないからだ。あの集団は大の大人たちに子供の郷子がただ一人。おそらく郷子のみに学はその姿を発見されるはずだ。


 そしてついに郷子の姿が目に入った。一瞬だけ小人達にもらったライトを郷子に向ける。


「……!」


 すると郷子は学の姿に気付いたらしく、目を向けてきた。


 周りの者に悟られてはマズい。学は口元に人差し指を当てて「しー」と指図した。


 郷子はそのまま学の横を通り過ぎていってしまった。しかしおそらく大丈夫だろう。


 それから学が木の影から出て数分すると郷子が一人でその場所に姿を現した。


「学、無事だったか……!!」


 郷子は学の元へと走り寄り、そして抱きしめてきた。


「え……きょ、郷子……?」


 その包容は力強く、なんだかとても感情的に感じられた。


「心配したぞお前!」


「あ、あぁ……ごめん」


 郷子は本当に学の事を心から心配していたらしい。郷子は学の両肩を掴んで質問してきた。


「今までどうしてた? なぜみんなに姿を見せないんだ」


「それは……」


 その時、学の後方の茂の中から牧師が現れた。


「て、テメーは!」


 その姿に郷子は学から離れてまるで猫が威嚇するように身構えた。そして学が牧師の横に並ぶとその様子を驚いた様子で見た。


「な、なんだよ学! なんでそんな奴と普通に横に並んでんだよ!」


「お、落ち着け郷子。お前に聞いてほしい事があるんだ」


「聞いてほしいこと……だと?」


「こいつはもう敵じゃない。そうだろ?」


 学はポンと牧師の肩に手を置いた。


「はい、ワタシ達は仲間デース」


 牧師は学の肩に手を回し、郷子にわざとらしいくらいの笑顔を向ける。


「……な? 小人は最初から敵なんかじゃなかったんだよ。砂音だってそうだ。実は……」


 学はソルトから聞いたソルトが砂音の中に入ったいきさつを郷子に話した。


 郷子を見ると困惑した表情のままだった。和解した事を証明するために牧師を連れてきた訳だが、これでよかったのだろうか。いやしかしこのまま何とか郷子に手伝ってもらうしかない。


「そういう訳で郷子、頼みがある。先に行ってしまった村人達を止めてくれないか」


 すると郷子は鋭い視線を学へと向けた。


「おいおい学……何でいきなりそんなこと言い出した? 何でそんな話を信じてんだ。村人をここに誘導してんのはアタシなんだぞ。そんなアタシがそれを止める訳がねぇだろ」


 郷子はうちに秘めた感情が爆発する寸前のように声を震わせながら言った。


「た、頼む。お前しかいないんだ。このままだとここにいる小人達は終わってしまう。彼らは人類の敵なんかじゃなかったんだ!」


 学は手を合わせ目をぎゅっと瞑り郷子に頼み込む。


「だからなんで奴等を信じたんだって聞いてんだろうが!」


「それは……」


 学はその言葉に口ごもってしまった。


「は……? まさか理由がないってのか?」


 郷子の言う通りだった。考えてみても、学は小人を確実に信じるに足る理由なんて何も持ってなどいなかった。


「はは……なんてめでてぇ頭してんだテメーはよ! 何の根拠もなくそいつらを信用するとか馬鹿なんじゃねーのか!」


 郷子は学に近づきその顔を覗き込んできた。


「お前……言ってたよな。自分は感情に流されず論理的に行動するって。今のお前からは微塵もそんな論理的思考なんて感じられねぇぞ」


 郷子の言葉に学はこうべを枝垂れた。


「それは……確かにそうかもしれない。彼らのいうことが本当かなんて証明することなんて俺には出来ないさ」


「だったら……! 私を手伝えよ、一緒にホムンクルスどもを殲滅させるんだろ!?」


「でも……! 俺は気付いたんだよ、砂音は最初から俺が知ってる砂音だって!」


 学は郷子に頭を下げた。


「だから頼む……信じてやってくれ。砂音と、その仲間たちの事を」


 郷子は案外静かに、ジトっとした目を学に向けた。


「それに理由はない。それなのに信じろってのか……」


「あぁ……」


 それから学は前を向かず、郷子に頭を下げ続けた。すると、


「……わーったよ」


「え……」


 郷子はどうやら折れてくれたようだった。学は顔を上げて郷子の事を見た。


「ただし、そいつだけのいうことじゃ信じられないな。他の奴からも話が聞きたい」


「あ、あぁ。じゃあ街に案内する事にするよ! それでいいか?」


 学が牧師に目を向けると牧師も「分かりました」と納得してくれたようだった。


「しかし、このまま進めば村人と鉢合わせする事になってしまいまーす。別の入口から入る事にしましょう」




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