第28話 信じる先にあったもの

 獣道を抜けた先にホームへの入り口、崖の側面に洞穴が見えた。


 中へと入り早足に道を進んでいく。そして学はその先の通路にいた人物に目を見開いた。


「お前は……!」


「おぉ、学さんではありませんかー」


 牧師は手を広げながら学のほうへと向かってくる。学は足を止めてとっさに身構えた。


「少し落ち着いてくださーい。私たちはもう争う必要はどこにもないのデース」


 牧師は学の前へとやってくるとニコリとした笑顔を作り出した。


「……お、お前は俺を二回も襲ったじゃないか」


「それも仕方のないことだったのデス。一度目はあなたの記憶を消すためでした。そして二度目はソルト姫をあなたから取り戻したい。その一心だったのデース」


 学はその体勢のままよく考えてみた。確かに、そう言われればそうだったのかもしれない。何だか感情的にかなり引っかかる部分はあるが。


「……ソルトはどこだ。話したい事がある」


「分かりました。こちらです。案内いたしましょう」


 牧師は手を通路の先へと向けて歩き出した。


 学は何だか半信半疑ながらも牧師のあとについていった。


 すると鉄の扉の前までたどり着いた。牧師が何かを取り出す。それはカードのようだった。


 鉄の扉の横にある壁にそれをタッチさせる。するとその扉は重い音を立てながら横にゆっくりと開いた。もしかしてこの扉は外から入るにはそのカードが必要ということだろうか。


 これは偶然洞窟内で牧師に遭遇しなければ中に入れなかったのかもしれない。


 学は牧師に連れられて、通路を歩き、とある扉の前へとたどり着いた。


 中へと入っていく牧師。その部屋はどうやら機械の格納庫だったようだ。


 もしかして宇宙船だろうか、学から見ても大型な円盤のようなものがまず目に入った。


 学より少し小さい程度の大きさのロボットの姿もある。


 やはり小人は現在の人間よりもはるかに文明が進んだ生物のようだ。


 小型のヘリコプターにメカニックらしき小人が集まっているがもしかしてあれは学の腹を撃ったものだろうか。何だか半壊しているように見えるがなぜだろう。


 格納庫にいる小人達は何だか不安そうな顔をして学の事を見ていた。


「ソルト姫、マナブさんが再びやってきました」


 牧師がそんな声を上げる。すると格納庫の中には一つの四角い建物があり、その中からソルトが出てきた。学を見上げる。


「ま、学……? どうしてまたここに」


「ソルト……実はお前に、いやここにいるみんなに伝えなくちゃならないことがあるんだ」


 学は村で現在起こっていることをソルトへと話した。


「村人のみんながここに向かおうとしてる……?」


「あぁ、砂音の頭からお前が取り出される様子を撮影したビデオが村のみんなに知れ渡ってしまったみたいだ。みんなお前達小人を恐れている。だから本当の脅威になる前にここを破滅させに来るつもりみたいだ」


 言葉が通じないせいか、他の小人達はまだ話を理解していないようだった。皆が不思議そうな顔をして学とソルトの様子を伺っている。もしかしたらこのことが伝わってしまえばホーム全体がパニックに陥ってしまうのではないか。


「OH! それは大変ですね!」


 牧師は頭の前で手を震わせている。何だか無駄にオーバーリアクションといった感じだ。


 ソルトは動揺を何とか抑えるように胸の前で拳をグッと握り締めた。


「学、ありがとう……わざわざそんな事教えにきてくれたんだ」


「いや……別に大したことじゃない。それに、これはお前自身のおかげだよ」


「え……それって一体どういう……」


「お前は俺を信じてくれただろ。もし俺の事を信じられず小人の記憶を俺の頭から消していたら俺はこの場に戻ってきたりはしなかった。これはお前の行いがそのままお前に返ってきただけなんだよ」


「……そっか」


 きっとこれはソルトの言っていた信じる先にあったものなのだろう。疑念を振り払い人を信じることが出来たからこそ今砂音自身に救いの手を差し出すことが出来ているのだ。


「そして俺も……お前の事、信じようと思うんだ」


「え……」


 学はひざまずいてソルトを真っすぐに見つめた。


「ソルト……お前は砂音だ。ずっとずっと昔から……いや最初から。いつも明るくて、いたずら好きで根拠のない行動が多くて、無駄に俺に信用を寄せてきて……砂音は、ずっと砂音だったんだ」


「う、うん」


「その証拠を挙げろと言われたら何もない。前にも言った通り宇宙人だったら乗り移った人間の記憶くらい呼び戻せるかもしれない」


 学は自身の胸に手を当てた。


「でもそんなのはもうどうでもいい! 俺はお前を……ここにいるみんなの事を信じる。信じたいからだ!」


 するとソルトは少しの俯いたあと学に満面の笑みを浮かべた。その目じりには少し涙が浮かんでいた。


「ありがとう……学。そう言ってくれて、私うれしい」


 それにしてもここまで来て彼らにこの事を知らせたまではいいのだが、学はまだ不安を抱えたままだった。


「それで……悪いけど、これ以降俺には今のところ何も計画はないんだ。あの村人達をどうにかする手立て……何かないか?」


 学がソルトに尋ねるとソルトは顎に手を当てて考え始めた。


「うーん……そうだね。とりあえず会議室に行こうか。みんなで考えればきっといい案も浮かぶと思うよ」




 それから学はソルトと共に部屋を出て通路を少し進んだ先にある扉へと立ち入った。


 その部屋には人間が通れそうな幅のある溝がぐるっと中央を囲うように掘られていた。そしてその溝には椅子が置かれている。いわば円卓を囲んだ掘り炬燵というべきだろうか。


「そこに座って」


 学は階段を下りて溝へと進み、椅子へと座った。ソルトはというとその円卓の更に上にある円卓の前にある椅子へと座った。人間、小人が同時に会議が出来る部屋ということか。


 するとその時牧師による放送が響き渡った。おそらく学の話を伝えているのだろう。


 しばらくすると、小人や、小人の入っているであろう数人の人間が現れた。そしてそのうちの一人は須藤だった。須藤は以前学を三人がかりで拉致しようとした人物の一人である。


「あ……」


「やぁ、学君。この前はすまなかったねぇ、いきなり捕まえようとしてしまって」


「あ、あははは……い、いえ……こちらこそ殴ってしまって……」


「ははは、もう過ぎたことだお互い水に流そうじゃないか!」


 須藤は学の隣に座り学の背中をバンバン叩かれてしまった。


「は、はぁ……」


 他の二人も見たことのある村人だ。もしかしてあの時須藤と一緒にいた二人なのか。


 少し前まで敵だと思っていた者たちがどんどん味方ということになっていく。逆に味方だったはずの村人たちが今は驚異になってしまうとは……


 どうやらメンバーは揃ったらしく学の違和感は置いてきぼりで会議は始まった。


 とは言っても学にはその内容がさっぱり分からなかった。いい案は出ているのだろうか。


「どんな話してるんですか?」


 ソルトは何か周りの者と話し込んでいる。学は隣に座る少し暇そうな須藤に尋ねてみた。


「とりあえず村にドローンを飛ばして村の様子を確認しに行くんだとよ」


 小人の一人がパソコンのキーボードのような物を机の上に置いて何やら操作している。


「ドローン?」


「ドローンってのは……まぁ、ラジコンみたいなもんだ」


「え……それってあのヘリですか? それじゃあ怪しまれるんじゃ……」


「いやいや、鳥に模したものがあるからそれを使う。すごいリアルだからバレる事はないさ」


「へぇ……そんなものが」


 もしかして今までも気付かないだけで人間は小人に監視されていたのかもしれない。


 須藤と話しているといきなり部屋の奥に映像が現れた。


「あれは……」


「ドローンからの映像だよ。もう村に向かわせてるんだ」


 外はもう結構暗いはずだが、かなり明るく見える。その速度はかなり早く、数分後には山をおり、人里の上空までたどり着いてしまった。


 すると、人が列をなし歩いているのが見えた。ドローンは電線の上に止まり、その様子をズームアップさせる。


 やはりその列は学が見たあの村人達のようだった。


 武器となりそうな物を手にとり、おそらく学のいる小人のホームに向かっているのだろう。


「郷子……」


 そしてその列には郷子の姿があった。先頭を切るようにして歩いている。


「俺のせいだな……俺があんなビデオを撮影したからこんなことに……」


「そんな事ないよ……」


 学の呟きにソルトが話に入ってきた。


「なぁ、お前達はあの村人達にたぶん勝つ事は出来るよな……?」


 圧倒的な科学力の差があるのだ。体の大きさは違えど少し武装した村人くらい訳ないだろう。


「それはたぶん……。でも、そんな事したら村人達に被害が出てしまう。それに、もし勝てたとしても、そしたらさらに問題が大きくなってしまう……人類との戦争になったら私たちは勝てないし、私たちはそんな事望んでないよ」


「そうだな……」


 それこそ一番のバッドエンドと言える道かもしれない。郷子はそれを望んでいそうだが。


 小人達は色々と話し合ってはいるが、案外いい案は浮かんでいないように見える。


「じゃああの村人達全員の記憶を消してしまえばいいんじゃないのか。俺にやったように」


「それは少し無理がありまーす」


 すると、学の問いに牧師が答えた。


「なぜだ……?」


「まず人数が多すぎまーす。あれだけの人数の記憶を消そうと思えば数日は掛かってしまいまーす」


「そ、そんなに掛かるのか」


 確かに。仮に一人当たり記憶を消す手術に二時間掛かるとすれば、三十人で六十時間も掛かってしまう。そんな人数が数日間消息を絶てば結局騒ぎは大きくなってしまうだろう。


「それに、記憶を消す事は出来ますが、他の村人には記憶がありまーす。帰ってきた村人達が全員、我々カイゼム人の存在を忘れていたら、それは明らかにおかしいことデース」


「なるほど……」


「これはなかなか厳しい状態に追い込まれちゃったねぇ……」


 須藤が頭を抱えだした。何だか頼りなく見える。宇宙人のくせに。ちゃんと考えているのか。


 学は考えた。小人達に出来ないのならば人間である学に何か出来ることはないのだろうか。


「一つ思いついた……」


「え……」


 学は再び画面に映し出された郷子の姿を見た。


「この騒ぎを作ったのは郷子だ。だとしたらそれを沈静化出来るのも郷子だけだ。あいつを何とか説得して、郷子から村人を説得させるしかない」


「なるほど……それはそうかもしれない……けど」


 ソルトは顎に手をやり、椅子をクルリと回転させ体を学へと向けた。


「でもそれって、今からあんな状況にある郷子ちゃんだけを先に説得させるって事だよね。そんなこと出来るのかな……」


「そうだな……難しいかもしれない。けど他に思いつかないならやるしかないさ」




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