第23話 おいかけっこ
郷子は牧師からの掌底による腹部の苦痛が何とか回復すると学達が駆けていった方向に向かって走った。早くあの牧師を止めなければ。砂音のホムンクルスを奪われるわけにはいかない。
しかし、その姿を見失ってしまっていた。一体どこに行ってしまったのだろう。学はホムンクルスを守り切れているのだろうか。
その時、森の奥から何か「うわああ」と叫び声が聞こえた。
「これは学の……?」
何かマズイことが起こっているのか。郷子は声のした方向に向けて足を進ませた。
しばらく走ると、今度は「HAHAHAHA!」と、牧師らしき男の笑い声が聞こえてきた。 そして虫かごを持った牧師が目の前から現れたのだった。
「て、てめぇ! 学はどうした!?」
郷子は金づちを強く握りしめ、牧師に向かって構えた。
牧師はにぃと笑い、郷子に白い歯を見せるだけだ。
するとバタタタと何か機械音のような音がどこからか聞こえてきた。
「な、なんだぁ!?」
上空に目を向けると小型のヘリコプターが降りてきた。そして次の瞬間、そのヘリから弾丸ようなのものが撃ち放たれた。
「うわっ!?」
郷子はとっさに傍にあった木の陰へと隠れた。ビシビシと弾丸が木の幹に当たっている。
「くそっ! あんなもん持ってんのかよ!」
郷子は足元に手ごろな石を見つけ、しゃがんでそれを掴んだ。
いつまでも撃ち続けるなんて事はないだろう。郷子はその瞬間を待つ事にした。
「よし……!」
約十秒後、ついにその時が来た。弾丸の音が止んだのだ。
「おらぁッ!」
木の陰から出るとヘリの姿が見えた。渾身の力をこめて石を投げつける郷子。
すると、郷子的にあまり自信はなかったが石はうまい事ヘリコプターに当たってしまったようだった。
「っしゃあ!」
ヘリは反撃しようと再び砲撃を始めたが、郷子からは大きく外れた位置へと着弾した。そしてそのまま白い煙を上げながら横にクルクルと回転し、上昇してどこかに行ってしまった。おそらく操縦不能になり逃げだしたのだろう。相手は高い技術力があるようだが、人間の方が大きいというだけでかなり有利なのだ。
次の相手は先ほどやられてしまった牧師だ。
目を向けると牧師はすでに郷子に背中を向けて走り出していた。
「待ちやがれ!」
郷子と牧師の追いかけっこが始まった。
「ん……?」
先ほど学を追いかけていった時の牧師の速度はかなりのものだったように思えたが、今回はそうでもないようだった。郷子でも追いつけるスピードだ。きっと虫かごを抱えているからだろう。中にいる砂音のホムンクルスを気遣っているのか。
郷子は何とか牧師に追いつくと左手を伸ばして牧師の服を掴んだ。
「!」
牧師は速度を落として郷子の方を振り向こうとした。その瞬間郷子は牧師の足に自身の足を絡ませた。牧師は郷子と共にバランスを崩し、虫かごを手放して倒れてしまった。
「うらぁッ!」
そして倒れたままとりあえず牧師の頭に金づちで一撃を入れた。
「うぐっ!」
そのおかげで郷子は先に立ち上がることが出来た。倒れたままの牧師に追撃を加えていく。
何度も振り下ろし動かかなくなったことを実感すると郷子は後方を振り向いて、牧師が落とした虫かごの方を見た。
「あっ……!」
すると、そこには衝撃的な光景があった。なんと虫かごの中からソルトが出てきていたのだ。針金でグルグルに撒いていたはずなのに。どうやらいつの間にか牧師がそれを取ってしまっていたらしい。もう結構先まで移動してしまっている。
ソルトは振り向き、二人は一瞬目を合わせた。
そして次の瞬間ソルトが郷子に背を向けて駆け出した。
「逃がすかよ!」
郷子はその姿を当然のように追う。今度はソルトと郷子の追いかけっこが始まった。
「案外はえー!」
森を駆けるソルトのスピードはさすがに郷子よりは遅かったがバカに出来る速度ではない。
そしてソルトの体は小さい。一瞬でも目を離せば見失ってしまいそうである。
どんどん迷いなく先へと進むソルト。まるで向かう先が決まっているようだった。この先にもしかして別の味方でもいるのだろうか。
向かう先を見ると森の木々が途切れていた。広い敷地に抜けるようだった。
郷子は思った。森を抜けたらその姿は見つけやすくなる。これはソルトはたいして何も考えずに直進しているだけなのかもしれない。
「馬鹿め! 絶対捕まえてやるからな!」
郷子はそんな声を上げてその森を抜けた。するとその先にはススキの草原が広がっていた。
「お、おいおい……」
ソルトはススキの中に突っ込んでいく。その光景に郷子は絶望した。
「く、くそッ! これじゃあ見つかんねーぞ!」
とは言いつつも郷子はひとまずススキの中に入った。草をかき分けて探そうとする。
だがもう完全にソルトがどこにいるかなんて分からなかった。
「くっ……!」
今度は足を止めて耳をすましてみる。しかし風がそれなりに吹いていてススキの穂同士がスレる音がして、ソルトが草の中を走る音がかき消されている。
「だ、駄目だ……」
郷子からはホムンクルスの事を見つける事は出来なくとも、こちらが動けばその音は大きい。ソルトからは郷子の居場所は分かってしまうだろう。近づけば離れられてしまう。これでは終わりがない。
どうする。どうする……。郷子は頭の中で必死に現状を打破する方法を考えた。
「はっ……!」
すると郷子は気付いた。そうだ。別にソルトに拘る必要はない。牧師の中にも別のホムンクルスはいるはずである。ここにいてもソルトを見つけ出せる可能性は低そうだ。だったら牧師の頭の中から取り出してしまえばいい。
「よし……!」
郷子は踵を返して走り出した。
そして牧師がいたはずの場所までたどり着いたのだが、そこには牧師の姿はなかった。
「な、なんだと……」
左右に目を向けその姿を探してみる。耳を研ぎ澄ましその足音を探してみる。
しかしもはやそこには牧師の痕跡は何も残されてなどいなかった。
郷子は歯を食いしばった。
「く、くそっ! くそっ!」
郷子は手にしていた金づちを地面に投げつけた。そして上を向き山中に響き渡るような声を上げる。
「くそぉぉ――ッ!!」
目の前にあった木に手をついて俯き目を見開いた。
「こ、こんな事ならここまでまで戻らなければ……。そうすれば今頃砂音のホムンクルスを捕まえられていたかもしれねぇってのに……」
そうだ、考えてみればあの程度の攻撃で牧師が絶命するはずがなかったのだ。一度牧師がいなくなってしまった事を経験していたというのに。
くやしさと歯がゆさでいっぱいだった。こんなに何もかもがうまくいかなくなるなんて。
「いや……そんなのは結果論だ……気持ちを切り替えるんだ……今私にできることをやらなければ……!」
だとすれば今何をすべきなのか。すると郷子はある事に気づき頭を上げた。
「学……そうだ、学は一体どこに行ってしまったんだ……」
周囲を見渡すがその姿はない。学はソルトを抱えて牧師に追われていったはずだが、郷子はそれ以降姿を見ていなかった。そういえばそのあと叫び声が聞こえたが。
「学ー! いるのかー!」
郷子は叫んで呼びかけた。その辺りにいれば返事をするはずである。
しかし、しばらくそこらを歩き回り呼びかけてみたが、学の声が返ってくる事はなかった。
「学のやつ……まさか牧師に殺されたとか……」
しかし死んでいるならその姿が見つかっても良さそうなものである。
「逃げたという可能性もあるか……」
だとしたら完全にへたれではあるが死んでいるよりはマシだろう。
「学……生きててくれ……アタシにはお前しかいないんだ……」
学は郷子にとって、この村で唯一信頼出来る相手だった。学を失えばまた郷子はこの村でたった独りきりになってしまうのだ。
「許さないぞホムンクルス……また私から奪っていくつもりなのか……」
悔しい。悔しい。せっかくここまで来たのに。ソルトさえ教授のところにもってゆけばそれでホムンクルスの脅威から解放されるはずだったのに。ホムンクルスに殺されてしまった父の仇が取れるはずだったのに。
「だが……まだ道はある。アタシは絶対に諦めないからな……!」
拳を握りしめその場で一人宣言すると、郷子は自宅に向けて駆け出した。
「そうだ……証拠はホムンクルス本体だけじゃない。私にはあのビデオがあるんだ」
あの写真一枚では確かに合成を疑われても仕方がなかったかもしれない。下手すれば中学生にも作る事が可能なものだっただろう。でも、あの映像は違う。さすがに中学生数人で自主制作出来るような代物ではない。現物には劣るかもしれないが説得力は十分にあるはずだ。
それに、砂音の殺人の証拠にもなりうるあの映像。現在彼女は行方不明で警察も動員され捜索が始まっているはず。作り物だと無下には出来ないだろう。
あの映像さえあれば、少なくとも調査くらいはされるはずである。
郷子がしばらく山道を下っていると道の先に村人達の姿を見かけた。あれは砂音を探すために組まれた捜索隊だろう。
その時、郷子はひらめいた。例え教授にビデオを見せ、それが知れ渡り警察などが動き始めたとしてそれにどれくらいの時間が掛かってしまうだろう。
郷子には時間が残されていないのだ。ソルトの事を牧師は姫と言っていた。郷子はそんな人物を拉致して教授に引き渡そうとした。もう見つかり次第殺されても不思議はない。
ここは村人達も何とか巻き込んで、ホムンクルスの殲滅活動を手伝ってもらう事にしよう。
「郷子ちゃん……?」
捜索隊たちが郷子に気付いたようだ、郷子の元までやってきた。
その中には郷子の叔父もいて、困惑した表情を向けていた。
「こんな山で一人何をしてるんだ?」
「あぁ……それは……」
今素直に現状を話したところで絶対にまともに取り合ってはくれないだろう。信じてもらうためにはこの村人達にあのビデオをどうにかして見せる必要がある。
「実は……砂音の居場所が分かったんだ」
郷子は質問には答えず、話を別方向へと持っていった。
「え……本当かい!? 一体どこに」
もちろん素直に砂音の死体の在り処を捜索隊に話すつもりはなかった。
「最近この村に大学の教授が引っ越してきただろ。あいつずっと砂音に付きまとってたんだ」
「え……」
郷子の言葉に捜索隊はざわつき始めた。
「今、おそらくその自宅に監禁でもされてんじゃねぇかと思うぜ」
「お、おいおいマジかよ郷子ちゃん」
「あぁ、行くなら早めに行った方がいいんじゃねーの」
捜索隊たちはお互いに目を合わせてうなずき合った。
「い、行くぞ! 砂音ちゃんを助けるんだ!」
山の上に登ってきた捜索隊は一斉に踵を返し、教授の家に足早に向かっていった。
「よし……あとは……」
郷子はその姿を見送ると、別方向、郷子の自宅に向けて駆けていった。
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