第21話 不信感

 その日の朝八時、郷子は目覚めた。歯を磨き、食堂にて朝ごはんを食べる。


「結局、砂音ちゃんはまだ帰ってきてないらしいぞ」


「そうなの」


 叔父と叔母が食卓でそんな会話をしている。


「郷子ちゃん、心配するな。俺が必ず探し出してやるからな」


 叔父の言葉に「あぁ……」と適当に答える。捜索には叔父も参加するらしい。


 郷子にはずっと前から分からないことがあった。二人は人間なのだろうか。二人は郷子にやさしくふるまっているが、それは本心からなのだろうか。郷子の父がホムンクルスであった以上、他の人間よりも寄生されている可能性は高そうではあるが。


 まぁそんなことは今考えたところで分かることでもない。今日の昼頃教授が出張から帰ってくるはずだ。何とかしてあの砂音から取り出したホムンクルスをあの教授に見せて、世間に暴く。そうなれば全ての答えが出るはずだ。誰が味方で誰が敵なのか。それが分かるまでは誰も信頼なんか出来ない。唯一学を除いては。


「行ってらっしゃい」


「あぁ、行ってくるよ」


 午前九時、郷子は叔父を見送り自室へと戻った。


 郷子は焦りを感じていた。もしかしたら捜索隊はこれから砂音の遺体を発見してしまうのかもしれない。砂音の遺体を隠した場所、考えてみれば砂音が以前滑落した場所とほぼ同じである。森に捜索に出向くとしたらその周囲を探す可能性は高いだろう。こんな事ならば、もっと分からない場所に隠しておけばよかっただろうか。いや、そんな事は今更の話だ。この条件下でなんとか行動していくしかないだろう。


 もし早めに砂音が見つかった場合どうなってしまうだろう。そうなれば郷子のところまで捜査が及ぶ可能性はある。すぐに捕まらなくとも今行動を制限されれば、作戦がうまくいかなくなり郷子達はホムンクルス達に暗殺されてしまうかもしれない。


 学は十時半に郷子の家にやってくると昨日約束した。今はその時を待つしかない。




 しかし、十時半を過ぎても学は郷子の家にやってこなかった。


 時間に厳しい学なら約束の十分ほど前にやってくると郷子は思っていたのだが。


 郷子は自室で時計をチラチラと確認しながら学を待ち続けた。


 そしてついに約束の時間を三十分も過ぎてしまった。


「何してんだあいつ……」


 まさか何かあったのだろうか。むしろそう考えるほうが自然かもしれない。


 もしかしたら、以前のように学も砂音の捜索を手伝わされる事になってしまったのか? いやしかし今回学は砂音の行方不明とは関係ないことになっているはず。前回は学が砂音の居場所を知っているから一緒に出かけただけで、基本的に捜索は大人だけで行われるはずである。


 仮に学も捜索に駆り出されるような事があれば学は郷子に電話で一報を入れるのではないか。


 郷子の中の焦りは次第に強くなっていく。


 まさか学はホムンクルスに襲われてしまったのだろうか。砂音が行方不明になってしまえば学にその矛先が向かう事はありえる。ホムンクルスは学が砂音の秘密を知っているのではないかと疑っていたのだから。


 もしかしたら郷子の家にやってくる途中で狙われてしまったのかもしれない。


「……電話してみるか」


 そうすれば色々と分かる事はあるはずである。


 郷子は一階廊下にある黒電話のダイヤルを回し、学の自宅に電話を掛けた。


『はい、修道です』


 しばらくして出たのは女の声だった。これは学の母だろう。


「あの……鹿崎ですけど、学はいますか」


『あぁ郷子ちゃん。学? ごめんなさいね。学今いないのよ……』


 やはり既に郷子の家に向かってしまったという事なのか。


『なんだか朝っぱらから姿が見えなくてね……』


「え……?」


 朝っぱらから……? 学の母からは予想外の答えが返ってきた。


『砂音ちゃんもいなくなっちゃったし……もしかしたら勝手に一人で砂音ちゃんの事探しに行っちゃったのかしら……』


 学の母はため息交じりにそんな事を言う。


「あの……朝っぱらって何時くらいからいなかったんですか?」


『え……うーん、九時には部屋に呼びにいったけど、その時にはもういなかったわね。郷子ちゃん何か心当たりはない?』


「い、いえ……特には」


『そう……あの子の事なんか分かったらまた電話してもらってもいいかしら』


「はい、分かりました」


 郷子は学の母との通話を終わらせると、その場で立ち尽くした。


「どういうことだ……九時にはもういなかった?」


 郷子の家にやってくる予定の時刻は十時半だった。もちろん学の家から郷子の家までどんなにゆっくり歩いても一時間半なんて時間、掛かるわけがない。


 学はそんな朝早くから一体どこに出掛けたというのだろう。


 まさか、夜中にホムンクルスに家に侵入されて連れ去られたのだろうか?


 しかし、学の家族がいる中でホムンクルスがそんな大胆な行動をとるだろうか。ホムンクルスはかなり慎重な生物のように郷子には感じられていたのだが。


 そうではないとすると……。郷子の頭にひとつの答えが思い浮かんだ。


「まさかあの滝に向かったのか? 何で……。私に何も言わず、一人で向かって、そしてどうするつもりだ……」


 その時、郷子の中にはこれまでの学の挙動が反芻された。


 学はホムンクルスが敵であると知りながら、砂音に対して何か特別な感情を持っているようにも思えた。


 砂音の中には実はホムンクルスなんていないんじゃないかと言って敵のアジトで暴走したり、砂音の中にホムンクルスがいたとしてもそれは敵ではないのではないかとも言い始めた。


 葛藤しながらも最終的に砂音に止めを刺したのは学だったので郷子は安心していたのだが。


「まさか……学……」


 その時郷子の中で、学に対する黒い不信感が芽生え始めた。




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