第20話 ソルト

 滝の元へとたどり着いた学は小人を隠した草むらの元まで向かった。


 虫かごを持ち上げて中を覗き込む。


「……!」


 すると、中には小人が膝を抱えて座っていた。


 顔を上げる小人。そして「学……?」と確かに学の名前を呟いた。


「……お前、目を覚ましたのか」


「うん……」


 どうやら小人自身も普通に日本語を喋れるらしい。いや、喋れる奴もいる、といった感じだろうか。学がこれまで見た小人は謎の言語を話す者しかいなかったが。


 水の流れ落ちる音が辺りには響いている。


 学はその小人に対してどう接していいのか分からなかった。


「……とりあえずもう少し静かな場所まで移動しよう」




 森を進み、滝の音が気にならなくなる場所までやってきた学は付近にあった大きな岩の上に虫かごを置き、その場に座った。虫かごと学の視線はちょうど同じくらいの高さになっている。小人はいまだに膝を抱えた状態のままだ。


「……私の正体、バレちゃってたんだね」


「あぁ……」


「そうかな、とは思ってたけど……」


 やはりこの小人の中でそれは半信半疑の事だったらしい。


 何だか小人と会話する事に大きな違和感を覚えながらも、学は話を続けた。


「砂音が小人であることはお前があの崖から落ちた時から知っていた。でもそれだけだ。その実態がどういうものなのか、俺も郷子もちゃんとは知らない」


 カゴの中に目を向けると小人は顔を伏せ気味だったが学と目を合わせた。


「教えてくれないか。お前達は一体何なんだ。どうして砂音の頭の中に寄生していた」


 すると小人はすくりと立ち上がり自身の胸に手を当てた。


「私は……私の本当の名前はソルト。カイゼムという別の恒星系からやってきた。あなた達から見れば宇宙人ということになるかな」


「宇宙人……」


 確かにそのような存在かとは思ってはいたが、改めて言われると何だか信じられない気持ちになってくる。


「それで……人の頭に入って内部からじわじわと人類を侵略するのが目的ってわけなのか?」


「……それは違うよ。人間達に危害を加えるつもりなんてない。私たちはただこの場所で静かに暮らしていきたいだけなの」


「静かに暮らしたいだけ……だと?」


 学はソルトに目を向けると虫かごの乗る岩の上に手をついた。ソルトはビクリと肩を動かして少しのけ反った。


「何を言ってるんだお前は! 俺はこの前お前達の仲間に捕まった! そして頭を丸鋸で切られそうになったんだぞ! そのあとだって小人らしき三人に車で拉致されかけた! 俺の脳を奪って体を乗っ取る気だったんだろ!」


「そ、それは勘違いだよ!」


 学はソルトの訴えに眉をひそめた。


「勘違い……だと?」


「あれは脳を奪おうとしてたんじゃない。私達カイゼム人の記憶を消そうとしてただけなの」


「記憶を……?」


 学はその言葉に、怒りにも似た感情がカッと沸き上がった。


「嘘だ! そんな事言って俺を騙そうとしているのか!」


「そ、そんな……騙そうだなんて……」


「……じゃあ、だったらなんで砂音の中に入っていた。お前たちが砂音を殺したのは間違いないじゃないか!」


「そ、それも違うよ。私は……私はカイゼム人のソルトだけど……砂音でもあるの」


 ソルトは一体何を言い出すのだろうか。学には理解出来なかった。まるでトンチのような言い草だ。


「……何をワケの分からないことを……」


「砂音はね、実はお父さんとお母さんと血が繋がってない。森で発見された捨て子だったの」


「え……」


 そんな話は学は初めて耳にした。砂音が捨て子だった……?


「知らないのも当然だよね。お父さんとお母さんは私にもその事教えてないし。その事を知るはずがない私が他の人にこの事を話すわけにもいかない」


 学はひとまずソルトの話を聞くことにした。それがただの嘘なのか、聞く価値のある説得力のある話なのかを見極めるために。そのためにここまでやってきたのだから。


「生まれておそらく一か月もたっていない赤子の砂音。彼女は森に捨てられて何も出来ずに死んでしまっていた。その亡骸を私たちカイゼム人が発見したの。そして、何とかその体を修復させて、私がそれに搭乗する事になったというわけ」


 本当の砂音は生まれてすぐに死んでいた?


「私たちは人を殺した事なんて一度もない。事情があって亡くなってしまった人の体を借りているだけ」


「じゃ、じゃあ俺が知っている全ての砂音は……」


「……そうだよ。私は今のお父さんとお母さんに砂音という名を授かった時から砂音だった。だから私はずっと昔から、学がよく知っている本当の砂音だよ」


 その時見せたソルトの笑顔はどこか砂音と重なって見えた。別の惑星からやってきた宇宙人だというのに。


 学はずっと疑問に思っていた。小人に体を乗っ取られて別人になってしまったはずの砂音にどうして違和感を感じなかったのか。確かに言われた通り、出会った当初からその中に小人が入っていたとすればそれも当然の話である。


「じゃあ……郷子の父親はどうなる?」


「え……?」


「郷子の父親の頭の中にも小人がいた。それも殺したわけじゃないって事なのか」


「何それ……?」


 ソルトはきょとんとした顔を学に向けていた。


「え……?」


「郷子ちゃんのお父さんの中にカイゼム人が……? 私、そんなの知らないよ」


「……」


 もしかしてとぼけているのだろうか。


 信じ掛けていたのに。何だか学の中で雲行きが怪しくなってきたように思えた。


「……お前達の中でもお互いに誰が誰に寄生しているかというのは知らない、という事か」


「ううん……私は全ての人を把握してるはずだったんだけど……」


 全て……? そう言い切れるなんて。一体どれだけの中に小人は寄生しているのだろう。


「でも信じて。私たちは決して人間に対して敵対しようとしてるわけじゃないから」


 しばらく黙り込む。学の中で煮え切れない部分があった。このソルトを、いや小人達を信じていいのだろうか。


「学……?」


 学はソルトから視線を反らした。


「……そんなのどうやって信じることができる。何の証拠もない。お前はここから逃げ出したいがために嘘をついているだけかもしれないだろ」


 ソルトは学の言葉に悲し気な表情で俯いた。


「じゃあ、なんで私は昔からの記憶があるの。私は学と出会ってからのこれまで事、ちゃんと覚えてるよ……」


「それは……掻き出した元の砂音の脳の記憶を利用しているだけかもしれない」


「え……そんなことは……」


「俺にとっては宇宙人なんて魔法使いと同じなんだ。それくらいのこと出来たって不思議だとは思わない」


 学の言葉に砂音は反論出来ないでいた。いや、あまり論を交わす気がないようにも見えた。


「お前の事を信じてみたい気持ちはある……でも信じてそれが嘘だった場合のデメリットが大きすぎるんだ。俺や郷子は脳を掻き出されて殺されるかもしれない。俺たちが世間にお前達を暴くことに失敗すれば人類はお前達に支配されてしまうかもしれないんだ」


 学はそこから数歩歩いてソルトに背を向けたまま言った。


「論理的に考えて、やっぱり俺はお前を信じる事は出来ないよ。お前は俺達の敵なんだ。今日、お前を教授に引き渡して、それで全てはおしまいだ」


 反応がないので振り向いてソルトの様子を見ると少し俯き悲しそうな顔をしていた。


「そっか。そうだよね……。ごめんね。私、ずっと学を騙していたんだもんね……信じられるわけないよね……」


 学は心の中ではまだ迷いがある事に自身で気付いていた。先ほどの言葉はソルトというよりも学自身が判断を誤らないように言った言葉だった。


「でも……最後にお願いがあるの」


 その時ソルトは顔を上げそんな事を言い始めた。


「お願い……? なんだ」


 ソルトは山の上に目を向けた。


「私、行ってみたいな。山の頂上に。二回も行こうとして結局行けてなかったでしょ?」


 今からそんなところまでソルトと一緒に移動するというのか。


 そんな事が郷子にバレたらどうなるだろう。きっと勝手でリスキーな行動だと学に対して怒りをあらわにするに違いない。


 なぜ信じてもいない、敵だと言ったはずの相手の願いなんて叶えてやらなければならない。


「あぁ……分かったよ」


 しかし、学は気付けばそんな返答をしていた。




 当たり前だが虫かごの中からソルトを出すなんて事は出来ない。学は虫かごを腕に抱えるようにして山の頂上に向かって登り始めた。


 二十分ほど歩くと先日砂音が滑落して行った場所へと続く横道を横切った。


「ここから先は行けなかったよね」


「そうだな……お前がドジ踏んだからな」


 カゴの中を見ると、これから残酷な運命が待ち受けているかもしれないというのにソルトは全面ガラスに両手をつけて少しはしゃいでいるようにも見えた。


「あの崖から落ちた時、本当私死んじゃったかと思ったよ」


 ある意味本当に死んだとも言えるが。


「あの後お前どうやって助かったんだ? その日のうちに怪我が治ってたみたいだけど」


「あぁ、私たち外傷なら割とすぐに治せてしまう技術を持ってるから。意識を取り戻した後、ホームに何とか自力で移動して、体を回復させて家に帰ったんだよ」


「ホーム……? それってあの洞窟の事か?」


「え……洞窟の事、知ってるの?」


「あぁ、お前のあとをつけて行ったからな」


「そ、そうだったんだ」


 やはりあの洞窟の中に小人達が住まう場所があるらしい。


 それにしてもあの状態から砂音は自力で動いたのか。頭が割れて穴が開いた状態だったというのに。まぁ、本体が無事であれば何とかなってしまうものなのか。




「ついた……」


 さらに歩くこと四十分。ついに学は山の頂へとたどり着いた。


 山道をずっと登って来たので学の足には結構な疲労感がたまっていた。額は汗で濡れている。


「ありがとう。お疲れさま」


「いや……」


 最初はぎこちなかったが、気付けば小人と普通に会話している学がいた。


 景色が開き、そこからは学達が住まう村全体が、そして遥か遠方には海までもが見渡せた。


 学は手すりにソルトの入った虫かごを乗せた。もちろん落ちないように手は添えたままだ。


 山の向こうには燃えるような朝日の姿があった。村を、そして二人の顔を明るく照らす。


「綺麗だね……」


「あぁ……」


 なんだか学はその景色を眺めている時だけは二人を取り巻く環境や疑いなど、何もかもを忘れる事が出来るような気がした。ただその美しさだけを感じる事が出来ていた。


 しばらく、そのまま無言で二人は景色を眺めていたのだが、


「ん……?」


 学の視界の端に何か、動くものが目に入った。


 なんと、その手すりには大きな蛇が撒きついていて、学達の方向へと向かってきたのである。


「うわっ!?」


 学は思わず、その場から退いてしまった。


「きゃああ!」


 するとその瞬間、手すりからソルトの入った虫かごが落ちてしまった。


「あっ……!」


 学は何とか体勢を低くし、その虫かごをキャッチした。


「あ、危ない……大丈夫か!?」


「う、うん……」


 ソルトは中で転倒していたが、とくに怪我なんかはないようだった。


「う……」


 次の瞬間、まだすぐ近くに大蛇がいる事に気づき、学はそこから展望台のはじへと移動した。


 学は色々とピンチが去って「ふぅ……」と安堵の溜息をついた。


 その瞬間、何だか虫かごの中から「ぷっ……」と噴き出すような声が聞こえてきた。


「あはははは! 学あんなに驚いちゃっておっかしー」


「な、何だよ。蛇は危ないだろうが」


 笑い続けるソルト。そんなソルトを見ていると学も何だか口元が緩んできてしまった。


「ぷっ……はははは」


 二人の笑い声が朝の森に響いていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る