第18話 撮影

「はぁ……はぁ……はぁ……」


 ずっと激しい呼吸と動悸が止まらない。大した運動をしたわけでもないのに。


 それから何だか学の時間の感覚がおかしくなっていたようだ。さっきいなくなったばかりの郷子が気付けば学の後方に立っていた。


「カメラ、持ってきたぞ」


 郷子が持っていたのは片手で持つことが出来る最近発売されたばかりのハンディカムだった。


「あれからそいつに動きはなかったか……?」


 郷子が学の顔を覗き込んで問いかけてきたが学は何も応えない。


「おい、聞いてんのか?」


「あ、あぁ……別に何も……」


 学はやっと気づいたように返事をした。


「口からも奴は出てきてないんだな?」


「出てきてないよ……」


「そうか……ならまだ頭の中にいるってことだな」


「砂音は……死んだのか」


 学は再び頭から血を流した砂音を見下ろした。


「俺が……殺したのか……」


「いや……たぶん中の奴は死んではいねぇだろ」


 郷子は学にハンディカメラを差し出してきた。


「これ、持ってろ」


「あ? あぁ……」


 カメラを手に取る学。そして郷子は砂音に近づいてその場にしゃがみこんだ。


「頭を激しく揺さぶられて中で気絶でもしてんじゃねえのか」


 胴体を両手で掴んで仰向けの状態にひっくり返す。そしてアゴを掴んで口の中を覗き込んだ。


 小人は先日、口の中から出てきていた。だとしたらその中に入口があるはずだと郷子は判断したのだろう。


「……入口なんてわかんねえなこりゃ……仕方ねぇ」


 郷子は立ち上がると学からビデオカメラを奪い、操作を始めた。


「これから頭から直接ホムンクルスを取り出そうと思う。学はその様子を撮影してくれ」


「え……」


 郷子は再び学にカメラを手渡してきた。


「もう録画ボタンは押した。あとはカメラを向けるだけでいい」


 学はカメラを受け取るとファインダーを覗き込んでみた。するとそこには砂音が倒れている映像が映し出されている。


「映ってるか?」


「あぁ……」


 郷子が画面内にフェードインしてきたので彼女が中心になるようにカメラを向けた。


 郷子は「よし……」と、改めるようにして姿勢を正してカメラに目を向けてきた。


「今から小人が存在するということを証明してみせる」


 そして砂音の傍へと立ち再びカメラに目を向けてきた。


「小人、アタシはホムンクルスと呼んでいるが、そいつらは人の頭に寄生する化け物だ。一体今どれほどの人の中に奴らが入っているのかは分からないが、これを放置しておけば、いずれ必ず人類にとって脅威となるだろう。なぜなら奴らは人間以上の科学力を持っているからだ」


 郷子が砂音へと手を向けたので学は砂音の体へとカメラを向けた。


「ここに倒れている東山砂音という女はアタシのクラスメイトでごく普通にこれまで人間として生活してきていた。しかしこいつは既に寄生されている。ホムンクルスの犠牲者だ」


 砂音は先ほどからずっと動く様子はない。


「今まで二度も目撃しているのでそれは間違いない。まぁ、言葉でいくら説明しても信じてはもらえないだろう。今からこいつの頭の中からそいつを取り出してそれを証明しようと思う」


 郷子は砂音の前でしゃがみ込むと、砂音の体を再びひっくり返してうつ伏せにし、その頭を掴んだ。傷口を覗き込んでいるようだった。


「……これじゃあ駄目だな。開口部を手が突っ込める程度まで広げる必要がある」


 すると郷子は立ち上がり、近くに落ちていた金づちを手に取ると、砂音の頭上に立った。


「ふっ!」


 振り下ろされる金づち。その瞬間、学はビクリと肩を震わせた。


 砂音の頭へと直撃し骨の砕ける嫌な音がする。郷子はそれを何度か繰り返し、さらに砂音の頭蓋骨を砕いていった。


「よし……十分な大きさまで穴が開いた……これで手を入れられる」


 そして頭の中に手をぐちゅりと突っ込んだ。


「もっと近くで撮影するんだ」


 学が言われた通り近くによると、郷子はその中をぐちゅぐちゅとかき回すように手探りで小人の体を探し始めた。


「うっ……」


 学はその光景に胃の内容物が急激に上へと押し上がってくる感覚に陥った。


「これか……? いや、違う……」


 砂音の頭の中からは赤い、何かよく分からないものが次々と掻き出されていく。


「いたぞ……! これだ!」


 そして郷子は砂音の頭の中からずるりと小人を取り出した。


「はは……ははは! いた! やっぱりいるんじゃないか! 撮ってるか? 撮ってるよな!?」


 郷子は立ち上がり、カメラのレンズに小人を近づけてきた。


「う、うおえぇぇぇ!」


 学はついに耐え切れなくなり、食道からこみ上げてきたものを思わずその場にぶちまけた。


「き、きたねえ! お前何吐いてんだよ! っていうか自分のゲロにカメラを向けるな!」


 それと同時に目じりに涙が溢れてくる。


「はぁ……はぁ……はぁ……ご、ごめん」


「……撮影は止めるなよ」


「あ、あぁ……」


 片手で目と口を拭い、再び学は小人へとカメラを向けた。


 ぐったりした様子の小人。確かに学がこれまで見たものと同じものだ。


「それ……本当に生きてるのか?」


「さぁ……この際どっちでもいいんじゃねぇの? これが本物かどうかなんて、死んでいても専門家なら分かるはずだ。解剖でもなんでもすりゃあいいさ」


 郷子は少し距離を取り、自身の全身を映し出させた。ホムンクルスをカメラへと突き出す。


「とりあえずこれで証明は終了だ。これを見た人間に告ぐ。奴らはアタシ達の体を狙っている。人の姿をして近づき、捕まえ脳を掻きだそうとしてくる。秘密を知っているアタシ達も襲われた! いつ脳を奪われ、寄生されてもおかしくはない!」


 郷子はぐっとホムンクルスを持つ反対側の拳を握りしめた。


「戦え……そうだ、戦うんだ! ホムンクルスと人類との戦争は既に始まっているのだ!」




 撮影が終わると、郷子は広場へと戻ろうとした。


「ちょっと待て……砂音の遺体はどうするんだ」


「あぁ、そうだな……」


 二人は頭の中が空っぽになってしまった砂音を見下ろした。


「一応その辺の草むらにでも隠しておいた方はいいかもな」


 郷子は砂音の脇の下に腕を通し、引きずってその体を草むらへと隠した。


「とりあえずここなら見つかることはないだろう。行くぞ」


 広場には水道があり、そこで二人は手についた血を洗い流した。ついでに小人の体も水で適当に洗っておいた。それで目覚めるかとも思ったがそんな事もなかった。 


 そして草むらに隠してあった郷子のバッグから郷子は虫かごを取り出した。フタを開けて小人を入れる。


 郷子はフタを閉めると目の高さまで持ち上げて覗き込むように観察した。


「動かないか……」


 虫かごは学のバッグに入れて隠すことにした。虫かごなど手にしていたら、みんな気になって覗き込んでくるだろうから妥当な判断だ。郷子のバッグにはハンディカメラを入れておく。


「じゃあさっそく教授の元にこいつを持っていこう。そして全てを暴き出すんだ」


「あぁ……そうだな」




 そして二人は山を下り、教授の家の前へとたどり着いた。以前と同じように学が先頭に立ちチャイムを鳴らしてみる。


 またもや学は緊張してきた。前回は笑われたわけだが、今度はどんな対応をされるのだろう。


「ま、今回は信じないわけがねぇさ。なんたって実物を持ってきたんだからな」


「そうだな……」


 そして中から出てきたのは以前と同じ、教授の妻と思われる人物だった。


「あらあら、またあなた達?」


「えぇ。また教授に見せたいものがありまして」


「あらそうなの……」


 一応前回家の中にまで通されたので警戒はされていないようだった。作った物を自慢しにくる近所の子供くらいに思っているのだろう。


「でもせっかく来てもらったところ悪いんだけれど、ごめんなさいね、主人は今日いないの」


「えっ……そうなんですか」


「えぇ、出張に出かけてしまっていてね。戻りは明日になると思うわ」


 郷子と学は顔を見合わせた。


「明日……明日の何時ごろになりそうですか」


「え? うーん、お昼頃までにはおそらく帰ってきてると思うけど」


「そう……ですか。分かりました。ではまた明日伺います」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る