第17話 信じてるから

 放課後がやってきた。予定通り郷子に砂音と学が一緒に遊びにいくことがバレないようにという体で、まず砂音が先に学校を出ていく。


 その後郷子が学校を出た。郷子は砂音とは違う道を使い、先回りして殺害予定の場所で待機してもらう。学はそんな郷子の時間を稼ぐために少し時間を空けて学校をあとにした。


 そして森の前で砂音と落ち合った。


「じゃあ行こうっか」


「あぁ」


 二人は山へと続く道を進んでいった。しかし何だかその態度はぎこちない。郷子との待ち合わせ場所が近づくに連れて次第に緊張度が上がっていく。


「どうしたの険しい顔しちゃって。疲れた?」


「あ、あぁいや……そういう訳じゃないんだ」


 そういえば口数も減ってしまっていただろうか。


「ふーん……?」


 学は笑顔を無理やり作り出し、テキトウに学校の話でもする事にした。




 そして森に入って三十分ほど歩き、郷子と約束していた場所へとたどり着いた。


 開けた場所で木製の椅子とテーブルがある。きっと郷子が言っていた場所はここに違いない。


「ちょっとこの辺りで休憩しないか」


 砂音は学の言葉に「あ、うん。そうだね」と軽い返事をして先に椅子へと座ってしまった。


 郷子の姿は見えない。一体何をしているのだろう。本当にこの辺りに潜んでいるのか。


 学は今更ながら不安になってきた。もしかしたらここと同じような場所が他にもあったのかもしれない。口だけの確認だけではなく、一度ここに二人で来てもっとちゃんと確認しておくべきだったか。


 学がそんな事を後悔しながらキョロキョロと左右を確認していると、


「ねぇ、郷子ちゃんと学って喧嘩中だって言ったじゃない?」


「え? あ、あぁうん」


「誰かと誰かが仲良くなったり、そうでもなくなったり、なかなか全部がうまくいかないもんだね……」


「……そうだな」


「でも、きっとさ、私達また昔みたいに三人で笑い会える日、きっと来るよね」


 砂音が目を瞑り、胸に手を当ててそんな事をいい始めた。


 その瞬間、学は胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚に陥った。


 とりあえず「え……あ、あぁ……」と話を合わせるように返事をする。


「良かったぁ。学にそう言ってもらえるなら、うん! きっと大丈夫だよ」


 砂音は両手を胸の前で合わせて満面の笑みを学に向ける。


 いいのだろうかこのままで。こんな屈託のない笑顔を見せる砂音を殺してしまって本当にいいのだろうか。学は強い葛藤に襲われ始めた。


 郷子はどこにいるか分からない。でももうすぐなはずだ。きっともうすぐ郷子は砂音を襲う事になる。このままでは砂音は郷子に殺されてしまう。


「……な、なぁ」


「ん? どうかしたの?」


「じ、実はその……俺さ……」


 学の口から次の言葉が出かかった時だった、砂音の後方の草むらから郷子が飛び出してくる姿が見えた。


 タッタッタッタッと郷子は風のような速さで砂音に向かってくる。


 その手にはいつもの金づちが握られていた。


「えっ」


 砂音はその足音に気付き振り向いたが遅かった。


 ゴッ! と、郷子の振り下ろした金づちが砂音の頭を直撃した。


「ぐッ!?」


 郷子は手加減などしていない様子。すごく嫌な音だった。痛そうとかそういうレベルではない。普通に考えればそのまま失神し下手すれば一撃で死んでしまいそうな強さのように思えた。


 しかしなんと砂音は椅子から一度転がり落ちたあとむくりとすぐに立ちあがった。


 踵を返し、砂音は頭を片手で押さえて郷子と対峙した。


「けっ……こんな強く殴ったのに随分と元気そうじゃねぇか」


 砂音の後頭部から血が流れ出ている。白いワンピースが赤く染まっていく。


「きょ、郷子ちゃん……? 何するの……あ、危ないよ……そんなもの振り回して」


 その言葉に郷子はギリリと歯を食いしばり砂音の頭に向けてビシリと指差した。


「この期に及んでいい加減にしろよてめぇ。砂音のフリしてんじゃねぇぞ! この化け物がぁッ!」


「……!」


 砂音はその言葉に目を見開いた。


「今取り出してやんよ。お前の本体を、その頭の中からなぁ……」


 郷子は再び金づちを構え、ジリジリと砂音の方向に向かっていった。


「い、いや……」


 それに合わせ後ずさりする砂音。次の瞬間、砂音は学の方を振り向いた。


「た、助けて学……」


 切迫した表情の砂音。その声に学は何も応えることが出来なかった。先ほどはグラリと流されてしまいそうだったが、結局、砂音を追い詰めているのは学自身なのだ。そんな学が今更砂音を守るなんて、おかしな話である。


「うらぁぁ――ッ!!」


 その隙を突こうとしたのか、郷子が再び砂音に向けて金づちを振り下ろした。


「ひゃっ!」


 砂音はその攻撃を間一髪で横に避けた。金づちが空を切る。


「や、やめて……! やめてよぉッ!」


 そしてそのまま砂音は森の奥へと向かって走って行ってしまった。


「くそっ! 待ちやがれッ!」


 郷子は当然のようにその姿を追いかけた。


「お、おい!」


 学は一瞬どうしていいか分からなくなったが、結局二人の姿を追いかけることにした。




「こ、ここは……!」


 砂音が逃げた先は崖になっていた。


 砂音は思い出した。ここは以前砂音が滑落してしまった場所の近くだったのだ。


 間もなくして郷子が後方からやってきた。


「はは! もう逃げらんねぇぞ!」


 振り向き砂音は郷子に目を向ける。追い詰めたと判断したのか郷子はいったん足を止めた。


 しかしジリジリと砂音に近づいていく。


「郷子ちゃん! こっちに来ちゃ駄目!」


「はぁ?」


「この辺りは地盤が脆くなってるから!」


「はっ! そんな事言って騙されるかよ!」


 次の瞬間郷子が金づちを振りかぶり砂音との距離を詰めた。


 振りかぶった攻撃は当たらず。砂音は真横に避け、郷子はそのまま崖側へと向かう。


 そして振り向きざまのもう一撃、今度は砂音の即頭部にクリーンヒットした。


「うがっ!」


 すると今度は打ち所のせいなのか、砂音はその場に倒れてしまった。


 砂音は「うう……」とうめき声を上げながら動かなくなってしまった。


「ははッ! 終わりだ! 死ねぇッ!」


 その様子に郷子は金づちを振り上げて、さらなる追撃をくらわせようとした。


 しかし、次の瞬間だった。


「なっ!?」


 郷子の乗っていた岩盤周辺にひびが入り、土砂崩れが起きた。


「う、うわあああ!」


 郷子はそれに巻き込まれ崖下へと落ちていく。




「郷子!?」


 その時、学がその場にたどり着いた。学の目には崖から落ち行く郷子の姿が見えた。


 この崖から落ちて砂音は頭が割れてしまった。まさか郷子は死んでしまうのか?


 倒れた砂音の姿も目に入ったが、学はひとまず崖先へと向けて走った。


 崖下を覗くと郷子の姿があった。下まで落ちず、途中の壁にしがみ付いていた。どうやら一命を取りとめたらしい。


「郷子! 大丈夫か!」


「あぁ! アタシは大丈夫だ! これなら自分で這い上がれる! それより砂音を逃すな!」


 そう言われて学は後方を振り向いた。


 すると砂音が手をついてその場に起き上がり始めているようだった。


 もう一度郷子の方を向く。郷子は崖のでっぱりを利用して登ってきている。確かに郷子はおそらく放っておいてもそのうち自力でこの場に上がって来れるように見えた。


 そうだ。今郷子を助ける必要はない。そしてこのままでは砂音を逃がしてしまう。今やるべき事は……


 学はその場に落ちていた郷子の金づちを手に取り、その場に立ち上がって踵を返した。


 すると砂音も既にその時立ち上がっており、二人は視線を合わせた。


「学……」


 学は金づちをかまえ、砂音に近づいていった。学は緊張のためか呼吸も鼓動もどんどんその回転数が早まっていった。


 すると砂音は予想外の挙動をした。


「砂音……なぜ逃げない」


 砂音は学が武器を持って近づいているにも関わらず、全然その場から逃げようとはしなかったのだった。


 すると砂音は目じりに涙を溜て答えた。


「だって……私は学のこと信じてるから」


「うっ……」


 学はその言葉、その表情に足が止まってしまった。


 一体砂音はどんな理屈でこんな状況にも関わらず学を信じられるというのだろう。


 するとその時、崖の下から郷子の叫び声が聞こえてきた。


「騙されるな! そいつはお前の情に訴えてるだけだ! そうだろ! そいつは人間じゃねぇんだぞ! ホムンクルスなんだ! アタシ達の命をこれまで狙ってきた奴らと同じなんだ!」


「っ……!」


 学は郷子の言葉を聞き歯を食いしばる。そして止まった足を再び砂音にむけて進めていった。


「そうだ……やらなきゃならない……」


 感情で動いてはならない。論理的に行動しなくてはならない。


 砂音の前に立ち、金づちを両手で掴み振り上げる。


「学……」


 頭から血を流し、少し苦しそうに眉をひそめながらも軽い笑顔を向ける砂音。


「やらなきゃならないんだぁ――ッ!」


 学はそんな砂音の頭に向けて金づちを振り下ろした。


「ぎゃうッ!」


 手に伝わる反動。声を上げその場に倒れる砂音。


「ま……な……ぶ……」


 砂音にはまだ意識があるようだった。学に向け震える手を伸ばし学の名前を呼んでいる。


「や、やめろ……その声で……砂音の声で俺の名前を呼ぶな……」


「私……学のこと……」


「やめろって言ってるんだぁ――ッ!」


 グシャ グシャ!


 学はその声をかき消すように大声を上げて、さらに追撃を加えた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 砂音が動かなくなると学はその場に金づちを手放した。


「や、やったのか……!?」


 気付けば郷子が崖を登り切っていたようだった。郷子は学の横までやってきて、うつ伏せの状態で動かなくなった砂音を見下ろした。


「よ、よし……! 今すぐビデオカメラを持ってくる! ここでそいつを見張ってろ!」


 郷子は先ほどの広場に向かって走っていった。そこにビデオカメラがあるらしい。


 学は自身の両手を見た。その手は砂音の返り血で赤く濡れていた。




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