第16話 このままでは…
その次の日の朝。学は早めに郷子の家に向かった。しばらく玄関前で待っていると郷子が家から出てきた。
「おはよう」
学のあいさつに郷子は「ふん」と鼻息だけを返し学校に向かって歩き出した。学はその横に並ぶ。
「なんか用かよ」
「あぁ……実はその、昨日考え直してね。やっぱり俺にも手伝わさせてくれ」
その言葉に郷子は意外そうな顔を学に向けた。
「……いいのかよ?」
「あぁ、確かに俺はこれまで感情的になっていたのかもしれない。もっとお前の言う通り論理的に考えるべきだった」
学は朝の澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込んで言った。
「やろう……砂音を殺すんだ」
「そうか……」
郷子は学の言葉を聞いて、その決心を受け止めるように一度目を瞑った。
「よし、じゃあさっさと実行に移そう。実はお前が悩んでる間アタシは準備を進めてたんだ」
「準備……?」
郷子は補助バッグを開いてその中身を学に見せてきた。
「これは……」
バッグの中に入っていたのは虫かごだった。箱の部分は透明な容器で、蓋は青色で細かい網目状になっているものだ。それに丸まって束になった針金とガムテープも見える。
「捕まえたらこの中に入れようと思う。抜け出しそうだったらガムテープと針金でぐるぐる巻きにして補強するつもりだ。ま、あの体の大きさじゃ普通に考えて大した力なんてねぇとは思うがな」
「そうか……」
「それと、先日密かに購入したものがある」
「購入したもの……?」
「ビデオカメラだ」
「ビデオカメラって……わざわざこのために購入したのか?」
「あぁ、この為におじさんの金庫から金をくすねて買ったんだよ」
「え……」
郷子の言葉に学は一瞬足を止めてしまった。
「お、おいおい、いいのかよそんなことして」
「そんなのダメに決まってんだろーが。でもな、こっちは命が掛かってんだ。やれることはやっておかねぇとな。ま、ホムンクルスの証明さえ出来れば許してくれんだろ」
「それは……そうかもしれないけど」
何だかどんどんヤバい方向に足を突っ込んでいっているように学には感じられた。砂音を殺そうとしている時点で十分にヤバいのだが。
「でも、そんなビデオカメラなんて必要なのか?」
今の二人の目的は砂音の頭の中の小人を捕獲することにある。小人という徹底的な物証があればそれを撮影する必要などないように思えるが。
「捕まえただけじゃただの小人を発見したことにしかならねぇ。人の頭の中に寄生するって事を信じてもらえないかもしれないだろ。奴らの危険性を世間に分からせてやんなきゃなんねぇんだ。そうじゃないと、大人たちは大したアクションなんて起こさねぇかもしんねぇ」
「そうか……それは確かにな……」
そこまでやらないと、学達は安全にはならないかもしれない。
「それに、アタシ達がやろうとしてる事は他人から見れば完全にただの殺人にしか見えないだろ。アタシ達は殺人罪で捕まるわけにもいかねぇんだ。取り出す光景を録画しておけば、これは本当の殺人じゃないっていう証拠にもなるはず。だからビデオ撮影は必要なことなんだ」
「……そうだな」
郷子の叔父のお金で購入したというのは大問題ではあるが、それは学も仕方のない事のように思えてきた。学がうだうだ考えている間に郷子は本当に砂音を殺すための計画を具体的に進めていたらしい。
「いいか、この一回のチャンスしかアタシ達にはない。砂音のことをホムンクルスだと疑っているとホムンクルス側に完全にバレたら、砂音はもうあの牧師みたいに姿を晦ましてしまうだろう。下手したらあのアジトさえも痕跡を消されてしまうかもしれない」
そうだ。学達には小人の手がかりは砂音しかいない。これが最初で最後のチャンスとなるだろう。失敗すればそれはきっと自分達の死を意味するのだ。
「しかし、結局どうするんだ……あいつを殺すっていっても具体的にどうやって……」
「それは普通に人気のないところで殺せばいい。森の中とかな。別にアタシ達は完全犯罪をやろうって訳じゃないんだ。ホムンクルスの証明が終わるまでバレなければそれで十分だ。それさえ出来ればその殺人はのちに正当化されるはずだからな」
「そうか……」
「とはいっても人気のない所にあいつを呼び出すことはアタシには少し難しいことだった。それで学、お前なら簡単に砂音を呼び出せるだろ?」
「え……? あ、あぁまぁ」
「だからお前にはそれを頼みたい」
「……分かった」
それから二人は殺人の詳しい計画を行う事にした。
「やるなら早めにやろう。明日だな」
「明日……」
なんだか先延ばしにしたいという気持ちが学の中にあったが、こちらがいつ襲われるか分からない以上、郷子の言う通り出来るだけ早めに実行した方がいいだろう。
「ちょうど土曜で学校も昼までで終わることだしな。学校が終わったら人気のない山にでも呼び出して殺せばいい。そしたらそのまま教授の家に証拠を持っていこう」
「……分かった」
そして次の日の土曜がやってきた。
「砂音」
学は一時間目が終わったあと、教室の前方に向かって砂音に声を掛けた。
「ん……?」
きょとんとした顔を学に向ける砂音。何だか学から話しかけるのは久しぶりのように思えた。
「どうかしたの?」
「えっとその……ちょっと話したい事があるんだ。適当にその辺りを歩かないか」
学と砂音は二人で廊下を歩いていた。特に目的の場所はない。
「砂音、今までそっけない態度とってすまなかったな」
「え……」
「悪かったと思ってる」
「う、ううん……でも、なんでかなとは思ってたけど」
やはり、それは気になる所だろう。学は今回その不自然さを逆に利用する事にした。
「実は郷子にお前の事を信頼するなって言われててさ」
「郷子ちゃんに……?」
「この前お前が何の理由も言わずに俺の誘いを断っただろ? あいつはそれがどうにも許せなかったらしくてさ。最初は俺もそのくらいでって思ってたんだけど、ずっと言われ続けてたらなんだか俺もそんな気持ちになってて」
「そ、そうだったんだ」
「でもやっと思い直したんだよ。誰にだって言えない秘密くらいあるよな」
「う、うん……そう……だね」
「だから俺、お前に詫びたいんだよ。ごめん、また俺と仲良くしてくれるか?」
「うん、もちろんだよ!」
どうやら何とか砂音を納得させる事が出来たらしい。
こんな事ならば最初から無視などやめておけばよかったと学は今更ながら後悔した。
「それでさ、良かったら仲直りの証として、今日二人で遊びにでもいかないか」
「今日? いいけど。何するの?」
「あぁ、前一緒に山に登っただろ? 結局頂上まで行けなかったけど」
「え……うん」
「その山に今日こそ登りに行かないか」
「でも……一度私その途中で崖下に落ちちゃってるわけだし」
「なぁに。そんなの崖に近づかなければ落ちるはずもないさ」
「うん……そっか。そうだね!」
どうやらうまく話に乗ってきてくれたらしい。
「それで郷子ちゃんも一緒に行くの?」
学はちょうどいい質問が来たなと思った。これで話が進めやすくなる。
「あ、あぁいや……あいつはちょっと今喧嘩中でね」
「そ、そうなんだ……?」
「俺とお前が仲良くしてるところ見られたら、更に仲が悪くなってしまいそうなんだ。だから、なるべくあいつに知られない形で行きたいんだよ」
砂音は今日死ぬ。周りから見れば一時的に行方不明ということになってしまう。そんな時学が砂音と一緒に放課後どこかに行ってしまったとなれば疑われてしまうことは必須である。それを防ぐためには砂音と遊びに行く事を周りに悟られてはならないのだ。
そこで学は砂音と遊びにいくといういことを郷子にバレてはならないという設定にしておくことにした。
これにより、ほかのクラスメイトなどにも砂音と学が二人で会うとは分からないことになる。
昨日郷子が言っていたように完全犯罪を目指すわけではないが、少なくとも教授に証拠を提出するまでは砂音の殺害がバレないようにしなくてはならないのだ。
「うん……わかった」
砂音は何とか納得したらしい。話が全てうまくいき、学は心の中で安堵した。
これで砂音の殺人計画が始まることになる。本当に始まってしまうことになる。
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