第13話 最近どうしちゃったのかな

 そして次の日の木曜の朝、学はいつも通り郷子の家に郷子を迎えにいった。


「現像された写真、送られてくるまでに五日ほど掛かるらしい」


「そうなんだ」


「ってことはその日までこれまでと同じようにすごせばいいんだな」


 昨日はそれまでの生活が一変してしまうのかとも思っていたが、まだ猶予はあるらしい。


「いや……もう砂音と遊ぶのはやめておけ」


 すると郷子がそんな話を始めた。学は思わず「え?」と言葉を返す。


「もう証拠は手に入れたんだ。あいつと関わったって意味なんかない」


「それは……」


「むしろあいつといればこっちがやられる可能性が増えるだけだぞ」


 確かに郷子の言うことはもっともかもしれない。砂音は小人だ。そして小人に学は二度も襲われている。自ら危険に首を突っ込む必要はないだろう。


「でも……いきなり態度変えるってのもおかしくないか」


「多少怪しまれたってかまわねぇさ。もうすぐホムンクルスは世間に暴かれんだ。あいつらはもう終わりだよ」


「そう……だな」




 学校にたどり着きしばらくすると砂音が教室に現れて学の元へと向かってきた。


「昨日はごめんね。もうすぐ秘密基地が完成するっていうのに」


「あぁいや……別にいいんだ」


 砂音は昨日、死体のようにまったく動かなかったというのに、今は活き活きとした表情を作り出している。


 この表情を作り出しているのは頭の中に潜むあの小人なのだ。砂音はもう目の前にはいない。砂音はもう空っぽなのだから。こいつは学をずっと騙してきたのだ。


「じゃあ今日はついに秘密基地の完成だね」


 砂音は両こぶしを胸の前でグッと握り締めた。


「……ごめん砂音。ちょっと今日は予定が出来ちゃってさ」


 学の言葉に砂音は首を担げた。


「予定? 予定って何かな」


「……秘密だよ。そんなの」


 学は少し突き放すような言い方でそう言った。


「えー秘密だなんて、なんだか怪しいなあ」


「……お前だって何か人に言えない秘密があるんだろ?」


「え……」


「昨日何してたんだよ。言えないのか?」


 学がだんだん冗談ではない言い方をしていると砂音は気付き始めたようだった。その顔から次第に笑顔が消失していった。


「それは……」


 少し俯き、声が小さくなる砂音。


「ま、学、何か怒ってるのかな」


「別に……そういう訳じゃないけど」


「何やってんだ学?」


 するとその場に郷子がやってきた。


「あ、郷子ちゃん」


「何話してたんだ二人で」


「あ……その昨日は用事あったけど、今日は秘密基地を完成させようかなって……」


「へぇ……だがあいにくだけど、今日は学とあたし用事があんだよ」


「学と、二人で……?」


「あぁ、行こうぜ学」


「え……あ、あぁ」


 学は郷子に服を引っ張られて教室の外へと向かっていった。


 教室の外に出るまでずっと学は後方からの視線を感じていた。




 その日の帰り、郷子と学は二人で帰路についていた。


 砂音は教室に残してきたが今何をしているのだろう。学はふとそんな事を頭の中で考えてしまう。するとそんな時、


「教授がいつ家にいるかくらいは知っておかなくちゃな」


 郷子がそんな事を言い始めた。


「あ、あぁ、確かにそうだな。写真がついたら出来るだけ早く見せにいきたいもんな」


「じゃあさっそく教授の家に今から行ってみるか?」




 平坂教授の家は郷子の家から自転車で二十分程の場所にあった。


 平屋の木造の家で結構な広さである。新築というわけではなく、昔からそこにある家を借りているようだ。


「教授は車を使い通勤しているはずだ。つまり車があれば教授はいる事になる」


 家の前にたどり着くと郷子が腕を組んで言った。


「そっか。今はないみたいだな……まぁ帰宅はもっと遅い時間だろう」


「じゃあ夜になってから来ることになるな」


「え……どうなんだそれは。子供二人でいきなり夜に家に訪ねるなんてさ」


「じゃあ休日まで待てってのか? そんな事アタシ等に言ってられんのかよ」


「まぁ……それもそうか」


 確かに。こちらは命が掛かっているのだ。そんな訪ねる時間など気にしている場合ではないのかもしれない。




 週明けの火曜日の放課後の事だった。


「学! 見て、UNO持ってきたんだよ。秘密基地にこういうのたくさん持っていこうよ」


 砂音は満面の笑みで学にUNOを差し出してきた。


「……あ、あぁいやその……」


 またなのか。先週から学はあからさまに砂音を避けているというのに。どうしてこんな笑顔を向けてくるというのだろう。学は居心地の悪さを感じていた。


「どうした?」


 学が返事を渋っていると郷子が教室の端からその場にやってきた。


「学、帰ろうぜ。アタシ達には用事があるだろ?」


「あ、あぁ」


 学は席を立つと郷子のほうに向かっていった。


「悪い。そういうことだから」


「え……」


 再び砂音を一人その場に置いて教室を出て行く学たち。




 しかし、学校から出て二人で歩いていると、


「学……郷子ちゃん」


 後方から走ってきた砂音に声を掛けられた。


「……」


 郷子はそのまま歩いて行ってしまおうとするが、学は足を止めてしまった。


「おい」


 郷子が踵を返して学を見る。


「二人とも……最近どうしちゃったのかな」


「別に……」


 学は砂音に顔を向けないままに返事をする。


「郷子ちゃんも昔みたいに戻っちゃったし……私、何か悪いことしたかな……」


「……何でもない」


「私は二人と仲良くなりたいんだよ。やっと昔みたいに戻れたと思ったのに……学まで……ねぇ、何かあるなら言ってよ! 私直すから!」


「何でもないって言ってるだろ!」


 学はその言葉に叫ぶようにして答えた。当たり前だが、小人の正体をつきとめただなんて言えるはずがない。そしてその小人である砂音と一緒になんていられるか、だなんて言えるはずがないのだ。


「ついてくるな」


 そういうと学はそのまま先に向かって歩き出した。


「気にする必要なんてねぇよあんな奴」


 十分に距離が離れたあと、郷子が学に声を掛けてきた。


「もうそろそろ写真が家に届くはずだからな。あいつはどちらにしろ終わりなんだ」


「あ、あぁ……そう……だよな」




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