第12話 洞窟
その三日後の水曜日。結局、案外学と郷子は小人にこれまで襲われるようなことはなかった。
そして気づけば秘密基地を作り始めてから早六日目。次第にその完成も近づき、残るはほとんど屋根のブルーシートを被せ重しで固体するだけとなっていた。
そして学が自身の目的が砂音の正体を暴くことにあるのか、秘密基地の完成にあるのか次第にあやふやになってきた頃だった。
「砂音、今日はついに完成しそうだよな」
昼休み、学は何気なしに砂音に今日も秘密基地を作る予定だということを話してみた。
「あ、あぁ、ごめんね。今日はどうしても外せない用事があって……」
すると砂音はその話を断ってしまった。
学は一瞬心が揺れた。まさかついにこの日が来たのか。しかしここで冷静さを欠いてはいけない。砂音に疑われてしまってはチャンスを逃してしまうかもしれない。
「へぇ……外せない用事って?」
一応訪ねてみる。もしかしたら案外普通の用事なのかもしれない。
「んー、秘密だよ」
砂音は口に人差し指を与えてそう答えた。
「秘密? なんだよ秘密って、俺にも言えないような事なのか」
「うん」
なんだかシャッターを閉めてしまったような砂音の反応に学は「……そっか」とだけ答え、それ以上突っ込んで質問をぶつけることをやめてしまった。
「ごめんね。また明日にしよう」
「……そうだな」
また明日か。もし砂音の秘密を暴いてしまえば、もう三人で仲良く遊ぶなんて事はないのかもしれない。学は砂音の正体を暴く事よりもふとそんなことを考えてしまった。
午後の休憩時間、学は郷子を校庭に呼び出してその事を報告することにした。
「そうか……砂音はせっかくの友達の誘いも断って、しかもその断った理由を学には話せなかったわけだな」
「あぁ……」
郷子は学の話にニヤリと口角を上げた。
「ついに来たな。あの時と同じだ。放課後、砂音のあとをつけるぞ」
そしてその日の放課後がやってきた。
学が他の生徒と喋っていると、砂音が「じゃねー」と、あいさつをしにやってきた。
「もう帰るのか?」
「うん、そうだよ。学は今日は郷子ちゃんと二人で秘密基地作るの?」
「え? あ、あぁ……いや、完成するときはお前がいないと駄目だろ」
「そっか……ありがと」
砂音は「じゃまた明日」と再び挨拶をし、教室を出て行ってしまった。
そのあと、学は他の生徒との会話をやんわりと終わらせて郷子の元へと向かった。
すると郷子は準備万端だったようですくりと席をたった。
「よし、行くぞ」
そして砂音の尾行が始まった。
学校を出ると遠方に砂音の姿を発見した。とりあえずいつもの通りの帰り道を進んでいく。
「バレないようにしろよ」
二人は砂音と五十メートルほど距離を開け、そのあとをついていく事にした。
ふと横に目を向けると郷子はギラギラとした目で砂音の事を見ていた。まるで獲物を追う肉食獣のようだ。郷子がそんな風になっている事も頷ける。やっとやってきたこのチャンスを絶対に逃したくないのだろう。
しかし、何だか学は郷子と意識の差のようなものを感じ始めていた。
学の中でひとつの願望のようなものがあった。それはこのまま砂音には大した用事なんてなく、そのまま家に帰ってくれないかという願望だった。
しかし、しばらく歩くと砂音は一人山へと続く横道へと入って行ってしまった。
「やっぱりか……」
「……以前入っていった場所もあの場所で間違いないのか?」
「あぁ、確かにあの小道から砂音は森の中に入って行ってた」
二人はその森の入口までたどり着いた。先には砂音の姿がチラリと見える。
「この先に何が……」
普段、砂音には何の怪しさも感じないはずなのに。やはり砂音には何か、少なくとも隠し事がある事は間違いないようだった。
「気をつけろ。ここからは足音もバレやすくなるかもしれない」
二人は何とかバレないギリギリの距離、かつ砂音を見失わない距離をおき、砂音を追いかけていった。
最初は割と山道とは言っても普段から人が通るような道を歩いていた。しかし次第に森を進むにつれて、人の道というよりは獣が使う道といった感じになってきた。
中学生の女子がこんな人里離れた道を一人進んでゆくなど、普通に考えたらありえない。
「へっ……いよいよ怪しくなってきやがったな」
郷子が小声でつぶやく。やはりそうなのか。この先には何か小人に関する秘密があるのか。
そんな道なき道を進んでいると、学はパキと木の枝を踏んで折ってしまった。
「……!」
とっさに木の陰に隠れる学と郷子。隠れる寸前に一瞬砂音が立ち止まる姿が学の目に入った。おそらく今踵を返してこちらの様子を確認しているに違いない。
遠巻きに「んー気のせいかなぁ」と砂音の独り言が聞こえる。そして、そのまま息を殺し聴覚に全意識を集中させているとその数秒後に足音が聞こえだした。どうやらまた足を進め始めたらしい。
「バレなかった……?」
顔を出し覗き見てみる。すると砂音の後姿が見えた。ふぅ、と二人は安堵のため息をついた。
「よし……また追うぞ」
「あ、あぁ……」
それからも砂音の尾行は続いたが、砂音は全然こちらに気付く様子はなかった。
これはもしかして罠なのかだろうか? それとも砂音が鈍感なだけなのだろうか。
そのまましばらく歩くと少し開けた場所に出た。
「あれは……」
砂音が向かう先には崖の側面に人が一人歩いて入れる程度の穴が見えた。どうやらそこは洞窟の入り口のようだった。
その中に入っていくのかと思いきや、その入り口付近で砂音は止まったようだった。
「あいつ……何してるんだ?」
すると何か操作をしたのか洞窟内部に明かりが灯った。そして砂音はその中へと進んで行ってしまった。
「ふん、あの様子じゃもうあの中に重要な秘密が待っているとしか思えねぇな」
なんだかその言葉は今までの学の発言に対する当てつけのようにも聞こえた。
郷子は立ち上がり洞窟入口へと向かい始めた。
「俺たちもあの中に入るのか……?」
「あぁ。それしかねぇだろ。ここから写真撮るだけじゃ何の証拠にもならねーだろうからな」
洞窟入口にたどり着いた二人。中を見ると電球が定期的に天井に配置されていて明るかった。坂道が奥へと延びている。
先に砂音の姿は見えなかった。もう結構先に進んでしまったらしい。
「よし、このまま先へと進んでいくぞ。ここから先は武器を手にして歩こう。いつ奴らに出くわすかわからねぇからな」
「……分かった」
二人は金づちとレンチ、それぞれの武器を取り出し洞窟の奥へと進んでいった。中は少し気温が低く湿っている。洞窟内は音が響くのでその足取りはかなり慎重だ。
五十Mほどまっすぐに進むと、どうやら道の先には電球が途切れているようだった。しかし、右側に続く穴から光りが漏れている。
学は息を殺しながらその横穴まで移動し、壁に張り付くようにしてその横道を覗き込んだ。
中は十帖ほどの空間。いや、部屋というべきか。赤い鉄でできている重厚そうな扉が部屋の奥に見えた。
そしてその端には低い台があり、その上に砂音が仰向けの状態で寝ていた。
学が顔を通路に戻すと、その真横にいた郷子が小声で声を掛けてきた。
「どうなってる?」
「砂音が寝てる」
「寝て……?」
郷子は学と場所を交代して中を覗き込んだ。
「……本当だな。よし、とりあえずこの様子を写真に撮ろう」
郷子は首から提げていたカメラを手に持ち砂音が寝ている様子を写真に収めたようだった。
「それで……これからどうするんだ?」
「……まだこんなんじゃ何の証拠も掴めてないのと同じだ。もう少しここで待つ。もしかしたらこれから出てくるかもしれない。ホムンクルスが」
「出てくる……」
郷子は壁際からカメラを砂音に向けて構え続けている。
学も様子を伺うために体勢を低くして郷子の下から顔を出して部屋を覗いた。
最近、学は砂音と過ごす中で、次第に本当に砂音が小人なのか半信半疑になっていた。
しかし、その次に見た光景によって、完全にそのことを信じらざるをえなくなった。
砂音の口がもごもごと動き始めた。そしてその中から小人が姿を現したのだ。
今更ながら何かの間違いであってほしかった。自分の妄想か何かであってほしかった。
これまでの砂音は砂音にしか思えなかったからだ。だが、もう砂音はこの世にはいない。いつの間にか小人によって殺されてしまっていたのだ。学はずっと偽物の砂音と一緒に遊んでいたのだ。騙されていたのだ。
郷子はその小人の姿を写真に収めていた。
遠目だが間違いない。それは以前砂音が崖から落ちた時に頭から出てきた小人と同一個体のようだった。
小人は髪をつたって砂音の体から降りると、トタトタと走り壁にある赤い鉄の扉へと向かっていった。まさかその姿でその扉を開けるつもりなのか?
いや、そうではないようだった。よくみるとその扉の下にはさらに小さな扉が存在していた。
その扉を引いて、中へと入っていく。まるで不思議の国のアリスだ。あの先は一体どうなっているのだろう。人間の立ち入ったことのない小人の世界が広がっているのだろうか。
「よし、これで証拠写真は撮れた。ここにこれ以上いればバレるかもしれない。ずらかるぞ」
すると学は郷子の声など耳にも入っていない様子でいきなり砂音がいる部屋へとずかずかと入っていった。
「は……?」
そして横たわる砂音の上に立ち肩を両手で掴んで揺らし始めた。
「砂音……! おい! 起きろ砂音!!」
次の瞬間、学は郷子に肩を掴まれ後方に引っ張られた。
「馬鹿! 何してんだ!」
「砂音が! 砂音がまだこの中にいるかもしれないだろ!」
「砂音が……?」
そして学は郷子の手を振り払い再び砂音の上に立つとその顔を引っぱたいた。
「砂音俺だ! 分からないのか!」
しかしまるで死人のように反応がない。
「くそ……! くそ……砂音……」
学は砂音の手を掴みぎゅっと握りしめたが握り返しもしてこない。何の力も感じない。
「もういいだろ……そいつはもう、空っぽなんだよ。本物はあいつに……ホムンクルスに殺されちまったんだ」
郷子は学の肩にポンと手を置いた。
「行くぞ。もう下手したらバレてしまってるかもしんねぇがな」
動かない学にしびれを切らしたのか、郷子は学の手を掴んだ。そのまま引っ張り通路へと出て洞窟を抜けていった。
森の道を足早に村に向かって下っていく中、郷子はやっと学の手を放した。
「しかしやったな。あとはこれを現像して教授に見せにいくだけだ」
郷子は首から提げたカメラを両手で持ってみせた。
学は何も言わないまま郷子の隣を歩いている。
「……なんだよ学。お前、いい加減にしろ。さっきから黙り込んでよ。まさか今更証拠を平坂教授に渡す事に抵抗でも出てきたなんて言わねぇだろうな」
郷子の言葉に学は「いや……」と、今の心境を吐露し始めた。
「正直今までは砂音を売るような真似なんてちょっと抵抗あったけど……さっきあいつの体に呼び掛けてそんな気もなくなったよ。実感したんだ。本当のあいつはもう死んでしまってるんだって。ずっとあの小人に俺たち騙されていたんだって。全部お前の言う通りだったよ」
「……ふん、ならいい」
「もう、もやもや考えることはやめにする。話を先に進めよう」
学は頭を切り替え、郷子の持つカメラへと目を向けた。
「それで、思ったんだけどその写真、現像はどうするんだ」
そうだ。写真は撮れたはいいが、いきなり郷子のいう教授へ見せにいけるというわけでもないだろう。写真には現像という工程が必用なのだ。
「そんなの町の写真屋に出していいのか? その人物に手が回っているという可能性もあるんじゃないのか……」
そうなれば証拠は完全に紛失してしまう上に、証拠を握られていると焦った小人達が一体何をしてくるのか分からない。多少無理にでも強硬手段に出てくるかもしれない。
「あぁ、それについては一応考えがある」
「考え?」
どうやら無策というわけではないらしい。
「東京の写真屋にフィルムを郵送で送るんだ。そしたら現像して返送してもらえるらしい」
「へぇ、そんなサービスが……」
「ま、日本全国の国民の頭の中に寄生虫がいないことを願っておこうじゃねぇか」
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