第11話 昔のまま

 その日の午後八時、学は風呂に入り湯船に浸かっていた。


 先ほどの帰り道、学は誰かに襲われることも尾行されているということもないようだった。


 しかし、何も起こらなくても常に神経は尖らせておかなければならず、精神的に結構消耗してしまったように感じられた。


 これから先も学はこんないつ襲われるかも分からない日々を送らなければならないのか。


 郷子は郷子が出歩くときは常に学が傍にいてやればいいかもしれないが、郷子の家から行き来する時はどうしても学自身は一人の時間というものが出来てしまう。


 学は風呂場の天井を見つめて「はぁ……」と深いため息をついた。




 そして次の日、学は宣言どおり朝から郷子の家へと向かった。郷子のあとで郷子の叔母が顔を出してきた。叔母から何だか微笑ましい笑顔を向けられる。


「おはようございます」


「おはよう学君。わざわざ家までやってきてくれるなんて、二人は仲がいいのねぇ」


「べ、別に」


 郷子は叔母の視線を振り払うように家を飛び出してきた。そのまま先に向かおうとする。


 学は郷子の横へと並んだ。


「ったく、本当に来たのかよ」


「そりゃあな。お前が襲われたら俺は一人になっちまうしな」


「……ところで、今日も砂音と遊ばなくちゃならないわけだが、何するかとか決まってるのか? また駄菓子屋にでも行くのか?」


「そうだな、一応考えては来たよ」




 学校での昼休みになると学は砂音に話しかけた。


「砂音、実は今日行ってみたいところがあるんだけど」


「行ってみたいところ?」


「あぁ、俺が引っ越す前、三人で秘密基地作ってたじゃん? そこどうなってるのか見に行こうと思ってさ」


「あ~! そんなとこあったね。うん、いいよ行ってみようか」




 そして放課後になると学達は三人で学校を出て、30分ほど歩き池の近くにある藪の中へとたどり着いた。


 よくみると、それらしき残骸が残されていた。


「はは……完全にボロボロだな」


 かつてそこには枝を組み合わせて屋根らしきものを作っていたのだが、完全に風化してしまっていた。


「なぁ、どうせだからさ、もっとちゃんとしたものを作らないか?」


「え……?」


「小学生のときの俺らよりはもう少しマシなもの作れるんじゃないかと思ってさ」


「うん! いいねそれ! 郷子ちゃんはどう思う?」


「……ふん。まぁ、別にいいけど」


「じゃあ決定! ここを私達の新たな秘密基地とします!」


 学の提案はうまくいったようだ。これでしばらくは毎日砂音と共に行動する口実が出来たことになる。


「じゃあどんな感じに作ってく?」


「そうだな……まぁやっぱり屋根があればちゃんと作った感はあるよな」


「そうだね」


「骨組みはそこらへんの枝を地面にさせばいいとして……」


「はい! 私近くにブルーシートが捨てられてるのを見ました」


「お、おう、いいな。それは使えそうだ」


「あとさ、最近、家を取り壊してるところあるじゃない? そこから何か色々もらえたりするんじゃないかなぁ」


 砂音はノリノリで計画を進めていく。学はそんな砂音を見て軽く混乱していた。


 砂音は一体内心何を考えているのだろうか。昨日また学が砂音の仲間に襲われていること、おそらく分かっているはずなのに。なぜそんな純心そうな笑顔でいられるのだろう。




 月曜になると、また放課後三人で秘密基地の場所にまでやってきた。


 土日を使い学達は各所から材料をかき集めた。それにより思ったよりもいいものが出来上がってしまいそうな予感が学にはしていた。


 具体的にどういうものを作る予定かというと、二つのベンチが手に入ってしまったので、それを少し話して向かい合わせ、その座板と背板にそれぞれ板を打ちつけ床と壁を作り、その上にブルーシートを被せるというものだ。


 学がブルーシートを止めるための重しとなる大きめの石を探して持ってきたときだった。


「学ー!」


「うわっ!」


 いきなり学の視界が青に染まった。砂音が横からブルーシートを覆い被せてきたのだ。


「ちょっ! こら!」


 学はとっさに砂音にブルーシートを覆い被せて仕返しをした。


「あー、見えない! 学ーどこだー?」


 砂音がおばけのようにブルーシートが掛かったまま歩き出す。


「ふん、何やってんだか……」


 郷子は案外まじめに牧師の顔を粉砕した金づちで板に釘を打ちつけている。


 ふらふらとその郷子に近づく砂音。そして砂音の体が郷子に当たり、郷子の振り下ろした金づちが郷子の手に当たってしまった。


「ぐあーッ!」


「あ、え?」


 ブルーシートから出てくる砂音。郷子は体をプルプルと震わせてる。


「コラー! 砂音ー!!」


「きゃー! 郷子ちゃんが怒ったぁ!」


 砂音が逃げ、郷子がそれを金づちを持って追いかけていく。そんな二人を見て、


「ぷっ、あははは!」


 学はつい噴き出してしまった。




 その日の帰宅中、また学は郷子を家まで送ることにした。


 もう夕日は沈みかけ、辺りは暗くなってきている。


「なぁ」


 学はふと今日の事を思い起こし郷子に声を掛けた。


「なんだよ」


「今日思ったんだけど、砂音って本当、いつも楽しそうにしてるよな」


「え……? あぁ、まぁ……だから?」


「おかしいとは思わないか。あいつが奴らと仲間だったら昨日俺が襲われた事、たぶん知ってるはずだよな。そんな事態が起こってるのに、普通あんな笑って過ごせるかな」


「……何が言いたい?」


「砂音の頭の中に本当に小人なんているのかな……って思ってさ」


「そりゃあ……。ってそんなのお前が目撃したんだろ!」


「あ、あぁ……確かにそうなんだけど」


「ったく今更何言ってんだおめーは」


 郷子は不機嫌そうに眉をひそめハァと一度軽いため息をついたあと話を続けた。


「よく考えてみろよ。仮にお前が見たことが勘違いか何かだとしたらあの神父だってお前を襲おうとはしなかったはずだろ? お前を疑うきっかけがないんだから」


「そうだな……」


 郷子の言うことはもっともだ。学は自分でも自身が言っている事がおかしいということは分かっていた。でも、どこか学の中でそれを認めたくない部分があった。


「確かにそうなんだけど……」


「けど……?」


「……お前の父親は頭の中に小人が入ってしまってからまるで別人のように変わってしまったんだよな」


「あぁ……その通りだ。実際に別人がその頭の中に乗り込んだんだからな」


「でも砂音は違う。砂音は俺の記憶にある砂音と何ら変わりはない。昔のままだ。お前もそうは思わないか?」


 学の言葉には郷子も引っかかる部分があるのか、少しの間答えは返ってこなかった。


「でも……そんなの感覚的な問題だろ? たまたま中に入っているホムンクルスの演技がうまいだけかもしんねぇだろ」


「そうかな……」


 チッ、と郷子は舌打ちをした。


「ったく、どうしたんだよ。もっとお前は論理的に考えるやつじゃなかったのか。お前は自分で目にしたものよりそんな感覚的なことを信じるのか?」


「いや……そういうわけじゃないけど」


 そう言われると学にはそれ以上の反論は出来なかった。




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